第7話 亡命者二人

 はぁい、こんにちは。前回は、クロードの操るエリストリールの圧倒的な勝利、そしてこの騒動に乗じたガリウス大将軍による軍事クーデター勃発と大きく物語が動き始めたわ。ガリウス大将軍の示した国是に対し、反発する姿勢を見せたライル。果たして彼は何を選択し、何を求めるのか。では始めましょう、冒険者達の物語を。


「お前さぁ、少しはリーダーとしての自覚を持てよ。」

ギシリトール撃破後、王国に帰着したクロードとアニマ。しかし、エグソン邸は彼らの想定していた以上の騒動となっており、二人はイズ以下パーティーメンバー一行にしっかりとお灸を据えられる事になった。

「面目ない。エリストリール出現時に発生した、風圧の計算を考慮していなかったボクのミスだ。」

「それもあるけどよ。オベリスクとアニマの件、オレ達にもはっきり話さなかっただろ?」

「ああ。帝国側とアニムスが接触していない可能性も考えて、明確な事は話さなかった。」

その言葉を聞いて、イズは痛烈な右拳をクロードの顔面に叩き込む。

「なぁクロード。オレとお前は兄弟同然の仲だ。意見の違いから何度も殴り合った事もある。

だから言わせてもらうぜ。お前はヴァネッサ女王の親書を預かった統一王国の使者だ。いざとなれば、オレに責任押し付けよう、とか勝手な事考えてんじゃねぇぞ。」

イズの一撃で吹っ飛ばされたクロードに対し、心配したアニマとソニアが駆け寄る。しかしクロードはそれを制し、左顎を擦りながら立ち上がる。

「ハハ・・・。久しぶりにイイの貰ったな。もちろん、女王からの依頼を忘れたつもりは無い。イズ、ボク達には使えるカードは少ない。エリストリールも、正直使いたくは無かったカードだ。だけど、今オベリスク戦というカードを王国側としてボクは切った。キャサリン嬢はボク達を利用するつもりだろうが、こうなった以上、王国にも動いてもらう他は無い。」

「それなんだけどよ。明日付き合ってもらえねぇか?キャシーも一緒だ。」

「キャ、キャシー?お前、ああいう悪役令嬢キャラ苦手じゃなかったか?」

「そういう、身も蓋も無いコト言うなよ。彼女にはこの国を立て直してもらう必要がある。

が、彼女が目指す政体には根拠が必要だ。」

「根拠?」

「そう。彼女は諸侯の勢力増大の責任は国王の無策にあり、搾取されるだけの国民の不満を彼一人に向けさせる事で改革を断行しようと考えていたのは聞いていたよな?」

「まぁ、何となく・・・。」

苦笑いで頭を掻くクロードに、イズは呆れた表情をするも話を続ける。

「それじゃあ問題の先送りになるだけだ。で、オレはキャシーに提案した。」

「どんな提案を?」

「明日、王宮へ行く。幸い、このエグソン邸からも近い。と、言うよりここの爺様が自分の監視下に置いた、というのが正解なんだが。」

「じゃあ、明日会いに行くっていう相手は・・・。」

「ああ、セヴェルス王国国王ナルキス=セヴェルスご本人だ。さっき、キャシーの爺様にも話をした。セヴェルス帝国の大将軍、ガリウス=ヴァルザックという人物に頼れ、と。15年前に起きた現皇帝暗殺未遂及びナルキス亡命事件の主犯格らしい。この二人を引き合わせ、

王位を返上し、庶民となる算段を取る。」

「その案では、現皇帝が承諾する可能性は限りなく低い。危険だ。」

「お前が言ったとおり、エリストリールってのがモノの数刻で殲滅する力のある兵器なら帝国側にも大々的に知れ渡っているはず。それに、オレ達はあくまでもヴァネッサ女王の使者であり、国王の護衛は立ち寄った街で【ぐ・う・ぜ・ん】依頼されただけに過ぎない。」

「イズの説明を聞く限り、ボクはその護衛メンバーに入っていないようだね。」

「まぁ、そうなるだろう?後、ミレイ姐さんにもキャシーの護衛としてここに残ってもらうつもり。残りのメンバーは軍閥貴族からの補充になるかな。オレ達、帝国側の事全く知らねぇし。」

「悪くない案だと思うよ。後は、国王が承諾するかだけど。」

「させるさ。王家の重みはオレ自身が一番良く知っている。王族ってのは、特に一度関係に亀裂が入るとあっという間に瓦解していくんだよ。その時、オレはクロードと出会い自分の進む道を選択する事が出来た。国王は、流されるまま今の座に居る。キャシーの爺様も言っていたよ。“国王に与えたのは身体の安全のみだった。”ってな。」

「この件、明日、ボクって必要かな?」

「逃がすかよ、オレ達の出立まではお前がリーダーなんだからな!」

こうして翌日にはクロード、イズ、キャサリン、ジョダーユの4名が王宮へ向かう事となった。


一方、ルビーと名乗る女性が駆るザッカリンに率いられ、ライルとフレイはトリスタンの居城へと飛ぶ。

「ねぇ、ライル。あれ、ステビアのオベリスクじゃあ・・・。」

「確かに。何故彼女までもこの城に。」

「その件は、当主自らご説明になられるかと。着陸します。城に傷を付けぬようご配慮を。」

「破壊した日には、とんでもない額の修繕費を請求されそうだ。フレイ、気を付けろよ。」

ライルの心配もどこへやら、ラフィーノースは静かに着地をしてみせる。

「何か言った?」

(逆にプレッシャーかかるじゃねぇか・・・。)

多少不安定さはあったものの、ライルのアゼルファームも城に傷つける事無く、着地に成功する。

「まさか、あの戦闘の時より緊張するとはな。」

「では、当主の元へご案内します。」

それぞれのオベリスクを降りると、5人の搭乗者は全てが女性であった。彼女達は全て特務隊の軍服を着ており、階級は全員少尉であった。

「君達も特務隊士官か。」

「質問は全て当主に。私達には質問に答える資格も義務も存在しません。」

ライルの声かけに対し、ルビーは、けんもほろろに言葉を返す。

「愛想悪い子達だね?ライル」

不機嫌にするフレイをなだめつつ、トリスタンの待つ奥の間へとライル達は案内される。

「ご命令通り、お二方をご案内しました。」

「ご苦労様。下がっていてよくてよ。」

トリスタンの指示に従い、5人は奥の間から退席する。

「トリスタン。聞かせてもらおうか、お前の目的を。」

「まずは座りなさいな。でも話は少し長くなるから、覚悟はしておいて頂戴。」


トリスタンの招集し応じ、入室するステビア、そして顔を包帯で覆い隠した姿の人物。

「ディザ・・・なのか。」

「笑いたければ笑うがいいさ。だが、今の俺は生き恥を晒しても生きる道を選んだ。」

「二人ともお座りなさい。さぁこれで、あの遺跡でオベリスクを手に入れた5人が揃ったわ。」

「なら説明してもらおうか。アンタは何を企んでいる。」

「事の発端はガリウス=ヴァルザック、今は皇帝ガリウスでしょうかね、15年前に起こした彼のクーデター失敗から始まったわ。アタシは当時、近衛兵側としてガリウスに協力してガラーガを暗殺する予定だった。でも気が変わったの。それでアタシは実行犯を斬り倒した。」

「公称34才、ってのも嘘っぱちか。でなければ、その後の特務隊将軍への転身も計算が合わねぇ。」

「あら、アタシは20代って言ったはずよ?そして特務隊将軍時代にアタシは一人の原石と出会った。シンシア=オルトロス。アナタの義姉に。」

「ああ、知っているさ。義姉さんが、このプロトワンで当時最強とされた邪龍“ティアマト”を倒した事も。」

「彼女の実力を見出したのはアナタの御父上。人間的には外道だったかもだけど、その実力は帝国の拡大に大いに貢献したと言えるわね。でも外道はもう一人いた。それがガリウス。」

「フレイにも聞かせるべき話なのか。」

「聞いてもらう必要があるわ。ガリウスが研究機関に開発を進めさせた武器が“ソウルスティーラー”、文字通りの魂の力を盗み、己の力と変える武器よ。でもこの武器には大きな欠陥があった。吸い取った魂の力によっては、使用者の精神に支障を起こし逆にソウルスティーラーに呑まれ自死する者が続発したの。でもシンシアは初めて使いこなし、その剣はプロトワンと名付けられた。でもティアマト討伐以降、彼女の戦い方は狂気を滲みだすように変わっていったわ。今となっては聞くことも出来ないけれど、討伐以降、彼女はティアマトが生み出す狂気に常に苛まれる事になっていたはずよ。」

「親父は、その狂気を受け入れ義姉と情事を重ねた、というのか。」

「少なくとも、彼女はこの狂気にアナタを巻き込む事を避けた。そして自らの魂を捧げ、アナタを護る剣となった。当時のアナタの供述調書を見る限り、ね。」

「では、フレイも同じ狂気を?」

「彼女は別。数多くの臨床試験の末、ソウルスティーラーに高い抵抗を持つ最高の適応者(アダプター)。ツインヘッド・ドラゴンの持つ、2つの魂が奏でる狂気を受けてなお、戦いに興じる事を可能にした、ガリウスの生み出した究極の兵士。」

「わぁ、大佐に褒められちゃった。」

照れ笑いを浮かべるフレイに、ライルは頭に拳骨を入れる。」

「少しは状況を把握しろ!」

「せっかく場を和ませようと思ったのにぃ。」

フレイは泣きながら、ステビアに抱き付く。

「そして今、フレイ=ヴァルザックに気兼ねなく強権を行使出来るのは、アナタとガリウスのみ。その意味が分かるかしら?」

「彼女の扱い次第では、帝国全土が焦土と化す、と?」

「今の彼女ではさすがに難しいでしょうねぇ。でもアカシックレコードが解除されれば、あるいは・・・。」

「アカシックレコード?」

「簡単に言えば、彼女のリミッターを外す事よ。その場合、彼女の肉体が喪失して意識自体は彼女のオベリスクに取り込まれる可能性が高いけど。」

「冗談じゃ無い、いくらガリウス大将軍でも、手塩に育てた娘にその様な非道を・・・。」

「やるわよ、あの男は。その為に待ったのですもの。」

ライルは左手を額に当て、沈痛な面持ちでトリスタンに問いかける。

「最初の質問に答えろ。アンタの企みは何だ?」

「いい加減、俺も会話に参加させてもらうぜ。トリスタンの目的も一緒に話してやる。」

「お前、ディザで良いんだよな?」

「ああ、貴様がよく知っているディザ=クルーウェルだ。トリスタンの目的は、アニムスの持つ知識だ。オベリスクの構造、オベリスクの行動を補佐する人工知能、とも言うべき意識体の存在。そしてギシリトールを撃破した巨大な光線。そして何よりも、どの様な手段でこの帝国にたどり着いたのか。ヤツに全て吐き出させる。」

「あの子供が簡単に吐くはず・・・ソウルスティーラーか!」

「ああ、俺がソウルスティーラーを使って、ヤツの魂全てを吸い出す。ギシリトールを操って知った、“アニムス”というのは、ギシリトールを操るために必要な力の集合体で、意識体としての奴は人間の魂と同じ、要は管理人みたいな存在なんだよ。つまりヤツの狂気と俺の狂気、どっちが上かで勝敗が決まる。」

「無茶苦茶だ。それにお前が第二のアニムスにならない、という保証はどこにも無い。」

「この顔で、残りの人生、生きる事が出来るか?貴様なら。」

するり、とディザは顔から包帯を外して見せる。思わず悲鳴を上げるフレイ。ライルもまた、右手で口をふさぎ動揺を隠す。

「俺はこれから皇都へ向かう。奴が囚われている牢獄へ行き、そこで決着を付ける。」

「力を手に入れ、お前は何に使う気だ?」

「エリストリールとの決着を付ける。あの時は恐怖で逃げ出し、背中を狙撃された。こうして生き残った以上、二度も同じ轍は踏まぬ。」

「復讐のみが、お前を生にしがみ付かせるか・・・まさかお前を哀れに思う日が来るとはな。」

「お前も戦えば分かる。あのオベリスクの強さを。そして、何故俺がここまで執着するのかも。あれは芸術品だ。オベリスクを破壊する為に生まれたオベリスク。それがエリストリール。それは搭乗していたクロードと名乗る冒険者も同じだろう。太刀筋を鈍らせる俺の手を使わせず、迷うことなく叩き伏せる。恐ろしいまでの使い手だ。」

ディザの目は恍惚とし、遠くの空を見上げるかの様に語る。

ライルは再びトリスタンに向き直り、問い詰める。

「トリスタン、アンタが帝国を支配して喜ぶタイプの悪人では無い事は、俺自身がよく知っている。真意は何だ、言え。」

「そういう怖い顔は御父上よりガリウス似よね、ライル。そうね、言うなれば“怖いもの見たさ”かしらね。アニムスを掌握したディザのギシリトールが勝つか、覚醒したフレイのラフィーノースが勝つか、それとも、王国の守護者エリストリールが勝つか。」

「帝国も王国も、全て焦土と化しても見物する気か。」

「もちろん、最後まで生き残る自信あっての発言よ。アタシが推測出来ないのは、フレイの持つ潜在能力だけ。彼女が覚醒した場合、止められるのは恐らくアナタだけ。だからアナタがアタシと会った事をガリウスに報告した、としても彼は罪に問わないわ。現時点でフレイを最も効率よく、戦線で扱えるのはアナタだけですもの。」

「俺はガリウスを信用しない。だからといってアンタと共闘するつもりも無い。」

「ではどうするの?」

「王国へ亡命する。フレイを連れて。」

「好きにしなさい。アタシは止めないわ。」

ライルは立ち上がると、フレイに近寄りその手を握る。

「ちょっとライル、痛いよ。」

「いいから来い。城を出るぞ。」

「皇都へ戻るの?」

「帝国を出る。王国へ亡命するんだ。」

「ええっ!嫌だよ、パパや皆とお別れなんて。」

嫌がるフレイを引っ張り、ライルはオベリスクの待つテラスへと向かう。

「これは他でもない、お前の為だ。ガリウスは、お前の力に制限を掛ける事で自身の魔力で肉体が崩壊しないよう仕組んだ。だが、アイツも追い詰められれば必ずその枷を解く。フレイ、その時、お前がお前自身でいられる保障はどこにも無い。俺は家族の愛情を最後まで得る事無く育った。俺は、お前を、失いなく・・・無いんだ。」

ライルの告白に、やや驚いた顔を見せたフレイだったが、すぐににっこりと笑うとライルに問いかける。

「ライルは・・・私の事、好き?」

「ああ、好きだ。大好きだ。」

「ありがとう、その言葉だけで嬉しいよ。」

「フレイ?」

フレイは、ライルの問い掛けに応じる事無く、そのままラフィーノースに搭乗する。

「おい、待てフレイ!」

フレイを追い、ライルも慌ててアゼルファームに搭乗する。

トリスタンの居城を背に、夜空を舞う2体のオベリスク。

「ライル、私はパパの元へ戻る。」

「何を馬鹿な事を言う。今までの話を聞いていなかったのか?」

「私が何の代償も無くこの力を得たと思う?」

「!?」

「女の私が、普通に考えて男の腕力に勝てる訳が無い。私の同期はその実験で一人、また一人と消えた。」

「お前だって軍を抜ければ一人の女性だ。俺が誰にも責めさせはしない!」

「ライルは、優しいものね。でもそのせいでライルを死なせたくないの。」

「アゼルファーム、限界まで魔力をくれてやる。もう一度、俺に力を貸せ!」

ライルのアゼルファームが必死の想いで右手をラフィーノースに差し出す。しかしフレイのラフィーノースは、その手を払い除けるとアゼルファームを凌ぐ加速を見せる。

「ライル、私は元の居場所に戻る。私が私で居られる戦場に。好きだと言ってくれて私も嬉しかった。ありがとう、そしてさようなら。大好きだよ、ライル!」

ラフィーノースは踵を返し、皇都の空へと去っていく。ライルはただ彼女が時折放つ光をじっと見つめていた。

「俺は別れの言葉を言わない。必ず、その呪縛からお前を取り返す。」

が、しかし彼の魔力は遂に底を突き、アゼルファームは地上へと落下し始める。半ば気を失いかけた彼を救ったのは、意外にもステビアの乗機アグリコーンだった。

「大丈夫ですか、ライルさん!」

「ステビア・・・か。」

「まずは皇都から離れましょう。近くの森へ。」

何本かの木をなぎ倒しながら、二機のオベリスクは着地に成功する。オベリスクの胴体にある機乗口が開き、ライルが崩れるように落下するのをステビアが受け止める。

「何故、君が?」

「トリスタンから暇を貰いました。私も貴方と共に亡命します。」

「よく奴が許したな。」

「彼は女性士官の権利拡充を以前から皇帝に訴えていました。そして、オリジナル機体であるアグリコーンの所持する私の身の安全を心配し、声を掛けてもらったのです。」

「だから、あの席にいたのか。」

「そういう事です。」

「なら何故、俺を追いかけて亡命を?」

「ライル=オルトロスを追いかけていた女性は、フレイ=ヴァルザック一人だけでは無いのですよ?」

「・・・ZZZ。」

精魂尽き果て眠るライルを見つめ、ステビアは大きくため息を付く。

「全く、勝手な人。精一杯の告白のつもりだったのに。」

ステビアは周囲にかく乱魔法を掛け、オベリスクと周辺の折れ曲がった木々を隠蔽する。

「皇都の混乱はここ数日は続く、とトリスタンは言っていたから、何とか1日程度は持ってくれる事を祈りましょう。」

ステビアはライルにブランケットを掛けると、自らも同じようにブランケットで暖を取る。

翌日、二人は魔力の回復具合を測りながら日没と共に動き出す。亡命先となる、セヴェルス王国のある東の空へ向かって。


時は少し遡り、セヴェルス王国王都内王宮。前日の言葉通り、クロードはイズらに引き出させ王宮内の謁見の間に来ていた。

「今日も礼服か。」

「鎧姿よりはよっぽどマシ。むしろ動きやすくて楽チンだろう?」

「お前は戦闘スタイルが格闘じゃないか。」

「まぁ、そういうな。ここまで来たら覚悟を決めろ。」

「ホント、お二人は仲が良いのね。」

「よお、キャシー。ジョダーユ君も昨日はお疲れ。」

「彼女のダンスの相手をして頂いて、僕の方こそお礼を言わせてもらうよ。普段は彼女に振り回されてばかりだからね。」

「えっと、今更だけど誰だっけ、イズ」

「セヴェルス王国を実質支配する四公の一家、タルジーズ公の御曹司。彼とキャシーは年か近い事もあって、普段から親交が厚い。要は彼女に巻き込まれたクチってヤツさ。」

「ああ、納得。」

「そろそろ時間ですわ。皆さん、よろしくて?」

四人は玉座の前に恭しく跪く。姿を見せた国王は、目元が浅黒く落ち込み、病的にやつれた表情を見せやせ衰えていた。

(40手前には見えねぇな。ありゃ。)

(毎日何かに怯えてきた顔だね、多分。)

(二人とも、王の前ですよ。)

キャサリンに窘められ、大人しく静かに国王の口上を受ける二人。

「では、異国の使者よ。王への書簡をこちらに。」

王の従者がクロードの前に立ち、女王の書簡の受け取りを行う。

クロードは立ち上がり、従者に書簡を渡すと再び跪き、王の返答を待つ。

「ご苦労であった。書簡の内容については吟味の上、追って礼状を渡す。よってしばしの間、王宮内での滞在を許そう。」

国王は、抑揚のない儀礼的な返答を返し、一行をねぎらう。

「そんな生活で満足かよ、王様よ。」

イズは立ち上がると、国王に対し厳しい口調で挑発する。

「イズ、この方はセヴェルス王国の国王陛下なのですよ!その様に挑発的な・・・」

さすがのキャサリンも、イズの言動に対し厳しく注意を促す。

「ああそうですか。オレも王位継承権第一位だったぜ。ま、過去の話だけどよ。」

「貴様のような冒険者風情が王族というか?」

国王は震えた声でイズを窘める。

「ああ、本名イズファニール=スカーレット。統一王国ヴァネッサ=スカーレット女王の第一子さ。俺は次期国王として徹底的に帝王学を叩き込まれた。王族としての儀礼も全部。だけど俺は自分の意志で捨てた。全部捨ててアンタのいう冒険者の道を選んだ。なぁ、王様よ。

15年前に起きた事件には同情するよ。だけど、その後アンタはこの地で何かを成しえたか?

王族として教育を受けたなら、国に対する理想を持っていたはずだ、違うか!」

「私は・・・私は恐ろしかった。力で相手を支配する軍人達が。兄は軍人達を優遇し過ぎた。

いつかは足元を掬われる、私は何度も兄上に諫言した、したのだ。」

国王は頭を抱え、玉座から声にならないうめき声を上げて慟哭する。

イズは無言で前に進み、衛兵を無視して玉座の前に立つ。

「なら逃げようせ。王様。兄貴の前で、『王様辞めます』って言えばいいじゃんか。」

「今、何と言うた?」

「帝国に行け。兄貴の前で自分の本音を吐け。この国の事は気にするな。若い連中はちゃんと育っている。キャサリン達が王様の必要のない、民草の為の国を作ろうとしている。」

「私は・・・兄と和解がしたかった。だが、私の為に命を懸けて皇都に行くなどという忠義者など、もはやおらぬ。」

「いるぜ、ここに。」

「貴様がか?」

「ああ。本当に困っている人であれば、貴賤を問わずその手を差し伸ばす。それが俺達“冒険者”さ。アンタは長く内に籠り過ぎた。行こうぜ、皇都に。」


多少、ひと悶着はあったものの、無事役目を終えたクロードは、キャサリンと一緒に控室にて茶を一緒に飲む。

「全く、生きた心地がしませんでしたわ。」

「ジョダーユ君、泡吹いてたね・・・彼、大丈夫かな。」

「早々に別室に搬送されたから、大丈夫だと思いたいのですけど。クロードさん、余り慌てていないご様子ね。」

「話の内容自体は聞かされていたからね。まさか、ここで啖呵切るとは思っていなかったけど(笑)。」

「不思議な人ですね。話を聞くうちに、いつも間にか旧来の友人のように何でも話せる気にさせる・・・。」

「それがアイツの魅力です。どうか仲良くしてあげてください。」

「それはもちろんです。彼の力無くして王国の改革は成しえません。」

部屋に響くノックの音。扉が開くと従者に案内されたイズが入室する。

「あれ、二人だけ?」

「誰かさんのせいでね(笑)。」

「根性無いヤツだなぁ。」

「その点につきましては、さすがにジョダーユを擁護させていただきますわ。」

「取り合えず、時間の許す範囲で国王と話し合ってきた。キャシー、お前の爺様、相当悪党だわ。」

「どういう意味ですの。」

「あの国王は内政特化型だ。彼が精力的に動くと、損をするのは保護したはずの王国側の既得権益者。即ち四公、になる。なので国王には定型的な仕事を与えてやる気を削ぎ、本来の能力を発揮出来ないように封じた。」

「私が国王陛下に初めて拝謁した頃には既にあのような感じでしたけど。」

「15年って月日はそれだけ重いんだろうよ。」

「それで、皇都へ行くメンバーは決めたかい?」

「まぁ、王様筆頭に、オレ、シュロスの兄貴、ソニア、セラ。後、道案内役に軍閥貴族から腕利きの精鋭を3人ほど欲しい。」

「王国に残るのはボクとアニマ、ミレイさんか。」

「よっし、じゃあ冒険者ギルドで前祝とすっかぁ。」

「あら、私の邸宅で無くて。」

「ボクもギルドの酒場がいいかな。アニマは心配だけど、この格好はさすがに限界だ。」

こうして、ジョダーユの回復を待った後、一行はそれぞれの帰途に就く。


冒険者ギルドの酒場は、その日多いに盛り上がった。何といってもエグソン家からの無礼講、という事でタダ酒目当ての連中が大勢詰めかけたのだった。

「こりゃ、落ち着いて飲めないな。」

「流石に話す雰囲気ではありませんわね。私の邸宅に移動しましょう。」

クロード達一行は、仕方なくエグソン邸まで徒歩で移動をする事になった。

「シュロスさんにミレイさん、イズさんにキャサリンさん、クロードさんにアニマちゃん。皆楽しそうで何よりですわ。」

「正直に言え、姉。男が欲しい、と。」

「そんなセラちゃん、私は豊穣の女神にその全てを捧げた身、そのようなやましい事など考えた覚えはありません。」

「豊穣の女神の教えは『産めよ増やせよ』だったはず。行き遅れるな、姉。私には男は不要だから要らぬ心配はするな。」

「こんな姉想いの妹を持って、おねぇちゃんは幸せですぅ。」

「だから抱きつくな。蒸れる。」

クロードは、和気あいあいの二人を見て呟く。

「うーん、ちょっと不安が残るなぁ。」

「やっぱり心配?」

「大切な仲間だからね。正直一緒に行きたい気持ちは強いよ。でも、この件はイズに任せたものだから彼を信じる。」

「私もクロードを信じる。」

「ありがとう、アニマ。」

「!」

「アニマ?」

「近づいてくる。オベリスク二体。」

「中々休ませてくれないか。イズ、先に行っててくれ。オベリスクが王国に接近中らしい。」

「何?・・・こればっかはお前に頼るしか無ぇ、頼んだぞ、兄弟!」

「ああ!」

クロードとアニマは仲間たちを別れ、エリストリールが召喚可能な場所を探す。

「クロード、あそこ。」

アニマが指差した先には、狩り終わったばかりの麦畑があった。

「ここなら十分だ、アニマ頼む!」

アニマの召喚に応じ、エリストリールがその姿を現す。

「今回は回収物、無さそうだな。これも感情を取り戻しつつある、という事なのかな。」

アニマの力によりクロードもまたエリストリールに機乗する。

「アニマ、方角指定を頼む。」

「この二体からは敵意を感じない。何か意図があるのかも。」

「取り合えず、相手の様子を見るしかないか。行こう、アニマ。」

「うん。」

エリストリールが西の空を飛んで向かった先、果たして二機のオベリスクの姿があった。

「待て、エリストリールの搭乗者。我々に敵意は無い。」

「事情を説明してもらおうかな。ボクの名前はクロード。東の障壁を越えた先にある統一王国から来た冒険者だ。訳あってセヴェルス王国に協力している。」

「私の名はライル=オルトロス。元帝国軍人。同行者はステビア=ユーリカ。同じく元帝国軍人。両名ともセヴェルス王国への亡命を希望する。」


今日はここまで。また会える日を楽しみにしているわ。

私の名は≪アンノウン≫。誰も知らない物語を語る、語り部よ。

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