第6話 ”至高の芸術品”

 はぁい、こんにちは。今回、いよいよエリストリールが、敵のオベリスク“ギシリトール”と対決する事になるわ。クロードは初めての戦闘をどう乗り切るのか。では始めましょう。冒険者達の物語を。


セヴェルス王国、エグソン邸。

「行こう、アニマ。」

クロードはアニマの手を取り、グラスを交わし談笑する人々を抜け、屋敷の外へと出る。

「クロードは、怖くないの。」

アニマは力強く手を取るクロードに問いかける。

「臆病だったら、最初からこの仕事を選びはしないさ。」

やがてクロードは立ち止まると、アニマに笑いかけながら話す。

「その代わりこれが終わったら皆に全部話す予定だから、一緒に怒られる事だけは覚悟してくれるかな?」

その言葉に、アニマは強い希望を感じたのか大きく頷く。

「うん!」

クロードは空を見上げつつ、アニマに依頼する。

「幸い、豪邸だけにここは広い庭園だ。空中なら障害となる建造物も無い。アニマ、この場所に彼を呼び出せるかい?」

「やってみる。」

アニマが天に向け、その右手をかざす。

「エリストリール、アニマの言葉に応じよ。」

次の瞬間、猛烈な爆風が庭園を襲い、草花が吹き飛ばされていく。

「しまった、風圧の事を考えていなかった・・・。」

「先に行くね。すぐにクロードも呼ぶから。」

そう言うと、アニマは夜空に現れた純白のオベリスク“エリストリール”に吸い込まれるように飛び上がっていく。

「アニマ、待った!ドレス、ドレス!」

アニマの脱ぎ捨てたドレスを掴んだまま、クロードはエリストリールの操縦席へと収納される。

「参ったな。これじゃあ、ただの変質者だよ。」

「ワタシは特に気にしないのに。」

「ボクにとっては死活問題の案件だよ。さすがに二度目となったら信用問題さ(笑)。」

「・・・次からは気を付ける。」

「併せて恥じらいも取り戻してくれるとボクは嬉しいかな。と、そろそろ邸宅から野次馬が出てきた。アニマ、敵の方角は?」

「方角の指示はワタシから出す。クロードはエリストリールの操作を。」

「了解。じゃあ、改めてよろしく頼むぜ、“エリストリール”。発進!」

人々の喧騒を背に、エリストリールは空を駆ける。

「しかし、初めての戦闘がまさか礼服で、とはね。」

苦笑するクロードに対し、アニマはクロードの操縦技術に驚嘆する。

「凄い・・・。とても初めて操縦する人とは思えない。」

「称賛の言葉として受け取っておくよ。以前エリストリールから伝えられた記憶で自分なりの解釈はしていたからね。だから、こういう事も出来る。“来い、ズウォード!”」

クロードの言葉に応じ、エリストリールの右手に握られる、鈍き銀色の大剣。

「少し飛ばすよ。敵が王国領域に入るまでに行動を喰いとめたい。」

エリストリールは大剣を背に乗せると、更に加速を付け西の空へと向かっていった。


一方、東の空へ向かって駆けるディザの操る“ギシリトール”と彼の支配下にあるオベリスク“ザッカリン”15機。ディザの得意戦術は奇襲である。故に今回の出撃も敢えて夜襲を選択したのだった。

「どうした、ギシリトール。」

「・・・・。」

「敵のオベリスク?例のアニマって子供と関係があるのか。」

「・・・・。」

「そうか、お前の因縁持ちのオベリスクに一緒に乗っているのか。これなら、アイツの目的も果たせて丁度手間も省けそうだ。ならば、貴様も手を貸せ。16対1、ボクが負ける道理は無いのだ!」

ディザもまた、ギシリトールの指す方角を目指し、東の空へ加速する。


「クロード、敵機が近づいてくる。相手側も気づいたみたい。」

「どうやら、相手は君の国を焦土にしたオベリスクのようだね。エリストリールの記憶によれば、その名前は“ギシリトール”。波長の合う少年兵を使い捨てにしたあげく、戦火を拡げ続け、星の生命を奪おうとした。」

「でも、今のオベリスクからはアニムスの気配は感じない。」

「アニムスにとっての最悪のイレギュラーは、このボクさ。その証拠を見せるよ。」

「クロード・・・?」


王国と帝国を隔てる大河の上空、エリストリールとギシリトールは、遂に相まみえる。

「アニマという女を渡せ。そのオベリスクに載っているのだろう。」

「せめて名乗りくらい上げさせてもらっても良いかな?ボクの名はクロード。王国でも帝国でも無い、東の障壁を越えて来た冒険者だ。」

「東の障壁を越えて、だと?」

「ああ、東の呪術師が女王に西方に不穏な兆しがある、と予見した事から、ボクを含めた冒険者5名が障壁を越え、この西方領域に足を踏み入れた。」

「その東の冒険者が何故オベリスクを使う!」

「アニマの依頼さ。アニムスの目的は、この“星の生命”を喰らいつくし、より力を増大させる事。しかし、その為には本来の力を取り戻す必要がある。アニマはその失った力を宿した一人の少女だ。よく聞け、アニムスに従えば全てが滅ぶ。そうなっては帝国も王国も無いぞ!」

「ボクは帝国軍特務中佐、ディザ=クルーウェル。皇帝陛下が望むものは全て捧げてきた。今、皇帝陛下は王国を望んでおられる。その鏑矢にボクを命じられたのだ、今更後になど引けるものか!やれ、ザッカリンよ、ヤツの腸を引き裂きアニマを引きずり出せ!」

ディザの号令と合わせ、ザッカリンがエリストリールを取り囲む。

「聞く耳持たず、か。なら、終わらせようか。行くぞ、ズウォード!」

次の瞬間、エリストリールが二体に分離したかと思うと、瞬く間にザッカリンを撃墜していく。一体は大剣で。もう一体は、光線を放つ長筒を持って。ディザの反応速度を遥かに凌ぐ速度で動くエリストリールに対し、ディザは恐怖というモノを痛烈に感じていた。

「・・・15機、15機だぞ。15機がほんの数刻で全滅・・・ありえない、ありえない!」

「まだ続けるかい?」

「当り前だ、まだボクにはギシリトールがある!」

緑色の輝きを放ち、ギシリトールは、その手に剣を召喚する。たちどころに剣は鞭のようなしなやかな動きを見せ、エリストリールに襲いかかる。

「その速さでは、ボクを捉える事は難しいかな。」

「これならどうだぁ!」

ギシリトールは、大剣を持ったエリストリールの足元を狙う。が、その攻撃は当たるどころかすり抜け、逆にエリストリールの大剣が、ギシリトールの右肩口に襲い掛かる。

「ぎゃあぁぁぁぁ!」

大剣の振るったエリストリールに合わせ、長筒を持つエリストリールが、光線を射出する。

「一つ、二つ、三つ!」

光線は、それぞれギシリトールの左肩、左太もも、右太もも、と正確に貫いていく。

「い、痛い、何故こんな痛みをボクが受けるんだぁ!」

「本来はアニムスが受け持つはずの痛覚を直接受けているんだ。痛いのは当り前さ。」

「何いぃ?!」

「もう一つ教えるなら、そのギシリトールは大破しても復活する。でも、ディザ、君はどうだろうね。アニムスが直接この場に居ないのは、君自身がギシリトールを動かす為の道具(ツール)でしかないからに他ならない。君は彼に利用されたのさ。その強大な力を行使する為に必要な走狗としてね。」

エリストリールの機体に紅い線が走る。それまでの白く神々しい姿が、血の涙を流す鬼に似た姿としてディザの目に映る。

「バ、化物・・・。」

「その化物に、君は宣戦布告をしたんだ。敵前逃亡はどの国でも重罪だよな?」

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

とうとう、ディザの中の恐怖が爆発した。彼は操縦桿を握り、回避行動に出る。

エリストリールは長筒を構え、逃げるギシリトールに照準を合わせる。

「この場で撃墜しなかった理由が君に判るかい?単にその機体の爆発の余波が読めなかったからだよ。この“クリシュナ”は、アニマの父上、亡国の王子がギシリトールから奪った、一瞬で国を焦土に変える事も出来る光線銃(ビームライフル)。今、アニムスが最も欲しがっているであろう武器さ。さぁ、受け取れアニムス、これが“エリストリール”からの宣戦布告だ!」

先程の戦闘とは違う、高出力の光線がギシリトールを襲う。その光に呑まれたディザは、断末魔の声を上げる間も無く、ギシリトールの爆風と共に消え去っていった。

「ふぅ、初戦にしては上出来かな。」

「クロード、何故クリシュナの事を・・・。」

「ああ、エリストリールに見せてもらった記憶から教えてもらった。“グロリアーナ”についても、ね。」

「でもあれは・・・。」

「うん、ボクとしても使う事は無いと思いたい。それと、一人会話に参加させてもらっていいかな。」

「え?」

「こうして話すのは初めてじゃな。お嬢さんよ。」

「だ、誰?」

「これこれ。先程、ワシの剣技を見せたであろう。剣聖ズウォード。クロードの師匠じゃ。」

「さっきの、クロードの魔法じゃ・・・?」

「そこまでの魔法を使う人はいないと思いたいね。さっきのはズウォードに指示して大剣単独で動いてもらったんだ。そうしたら、エリストリールの力によって幻体が出現して、結果二体に相手には見えた訳。」

「ワシの方は実体が大剣じゃからな。体に攻撃しても当たらぬ、という事じゃ。」

「実体だったとしても、あのディザと名乗った搭乗者が勝てる道理は無かっただろうけど。」

「このお爺さん、いつからクロードと?」

「ずっと、さ。最初の出会いの時から全ての会話を聞いている。」

「・・・・。」

「どうした、アニマ。」

「どうやら照れておるようじゃな。少しづつ、王族の娘だった頃の感情を取り戻しつつあるのかも知れん。」

「感情を?」

「あまり喜ばしい事では無いぞ、クロード。戦場ほど冷静な判断を求められる場所は無い。アニマという戦う事に特化した、物言わぬ武器であった方が幸せな場合もある。」

「ズウォード、それは違う。」

「ほう?」

「ボクが手を握った相手は、アニマと名乗るまだ小さな女の子の手だ。彼女は救いを求めた。

だからボクはその手を取り冒険者として契約した。彼女が感情を取り戻す事は、ボク個人にとっても喜ばしい事。決して不安要素にはならないさ。」

「よう言った。それでこそワシが追い求めた、“至高の芸術品”よ!」

ズウォードは、高らかに笑うとクロード達の思考外へと消え去っていく。

「久しぶりに暴れられて気が緩んだかな?いつも以上に饒舌だった。」

クロードは操縦桿を握り、アニマに語り掛ける。

「帰ろう、アニマ。皆のところへ。」

「はい!」

月明かりに照らされ鈍い輝きを放ちながら、エリストリールは東の空へと戻っていった。


ギシリトール爆発の衝撃波は皇都へも届くこととなり、都内は一時騒然とした様相を見せる。そして誰よりも驚いたのは、ディザを唆し送り出したアニムス本人であった。彼は皇宮のベランダから衝撃波が襲った方角を見やり唖然とする。

「ギシリトールが墜ちた、だと。馬鹿な、15機のザッカリンと合わせ16機と互角以上に戦ったというのか。だとするなら一体何者だ、エリストリールの搭乗者は。それにあの威力、間違いなく“クリシュナ”の力。クソっ、あの王子め、どこまでボクの邪魔をする!」

「どうした、先程の衝撃がよほど怖かったのか。」

バスローブ姿のガラーガがアニムスを抱き寄せ、優しく抱き寄せる。

「そうです陛下。敵が、敵が恐ろしゅうございます。」

「安心せよ。お前は誰にも奪われる事は無い。この俺だけのものだ。」

ガラーガに抱きかかえられながら、アニムスは次の一手を模索する。

(いつまでもこの茶番を続けてはいられなさそうだ。次の手駒を早急に探さねば。)


一方、皇宮を取り囲む形で、若い士官達が続々と集結しつつあった。彼らの大半は先の古代遺跡調査において同士を失った調査隊の同士であり、あのガリウス大将軍の門下生でもあった。そう、ガリウスは皇都が混乱する今を利用し、ガラーガを捕縛せんとここに決起した。いわゆる、軍事クーデターである。

時は前日に遡る。ライルはガリウス大将軍の招集を受け、ヴァルザック邸を訪れていた。

「一つ聞いていいか?」

「ん?何かな、ライル君。」

「俺は、ガリウス大将軍の招集を受けてこの場に居る。何でお前までも一緒に、さも当然の様に俺の横に座ってる訳だ?」

「えー、だって今日は、ライルがパパに『娘さんをボクに下さい!』っていう日でしょ?」

「いつからそんな関係になった、あん?」

「アタシは今からでも全然オッケーですよ、オルトロス中佐。」

(ダメだ、何を言っても勝てる気がしねぇ・・・。)

そんな会話をしている間に、ガリウスが部屋に入室する。軍隊での訓練が長い二人は、つい条件反射でガリウスに敬礼をする。

「ハハ、ここは私邸だ。敬礼は不要だよ。」

三人はテーブルを囲み、ソファに座る。

「フレイ、悪いが席を外してくれないか。今日は彼と相談しておきたい事があってね。」

「分かったわ、パパ。じゃあライル、また後で☆」

ライルに軽くウインクをすると、フレイは席を外し退出する。

「何を考えているんだか・・・。」

「私はむしろ大歓迎だがね。」

「親バカも大概にして下さい。」

「親バカ、か。夜分にすまなかった、どうしても話しておきたい事があってね。」

「何でしょう。オベリスクの事でしたら既に調査報告書を提出済のはず。」

「君は今回の犠牲者について、どう感じている?」

「犠牲者、ですか。特務隊自体が皇帝陛下に忠誠を捧げた代償に、若くとも上級士官として帝国から恩恵を受ける事を許された組織です。犠牲者には同期も多かったですが、理不尽な任務であろうと皆甘んじて受け入れたと思います。」

「本気でそう思っているのか?」

「どうされたのです。大将軍らしくない。」

「私は、その臆病さ故に大将軍にまで昇進した。自らで血を汚すより、他者に汚させた。」

「しかしそれは帝国の為では?」

「そうだ。だがガラーガという男の欲望の為では無い。」

「ガリウス大将軍・・・。」

「あの男の野心は、この先も膨張し続けるであろう。その手駒としてこれ以上優秀な若い命をむざむざ散らせる訳にはいかぬ。お前達は、未来の帝国に必要な存在なのだから。」

「俺に、クーデターに加われ、と?」

「お前にはフレイの保護を頼みたい。」

「嫌です。」

「即答か(笑)。」

「アイツには、まだまだ大将軍が必要です。純粋なまでに子供なんです、彼女は。」

「その様に育てたからな。」

「えっ?」

「究極の兵士。ソウルスティーラーの完成によってフレイの兵士としての戦闘力は、千人の兵士以上の力となった。そしてラフィーノース、と言ったか、あのオベリスクによって彼女の力は私の想像を遥かに凌ぐものとなった。」

「フレイは、あの玩具を絶対手放しませんよ。」

「だが、お前の言葉なら聞く。アニムスと戦うにはフレイが自由に力を出せる場が必要だ。」

「それが俺だ、と。」

「クーデター決起の際、アニムスは必ず抵抗するだろう。そうなればヤツの引き連れてきたオベリスク、全てが敵になる。」

「!?」

「フレイには、その動き出したオベリスクの全機破壊を命じている。動かない事に越したことは無いが、念には念を、だ。」

「アンタ、何て無茶な命令を!」

「私は度を越した命令を部下に与える男ではない。お前自身が一番身近で感じたはずだ。

出来る事なら、私があの子の側で補佐をしてやりたい。だが、皇帝として立つ以上、若者たちの先陣に立つ責務がある。」

「・・・決行は何時です。」

「好機とみれば。アニムスという小僧に時間を与えるのは得策ではない。」

「トリスタンは知っているのですか?」

「気づいてはいる。が、ヤツとは袂を別った。」

「トリスタンも皇帝位を狙うと?」

「それは分からん。が、何らかの形で干渉を行う可能性は高い。」

ライルは、自らの長剣に目を落とし、意を決してガリウスに問う。

「ソウルスティーラー、このティアマトの事ですよね。以前、トリスタンからこの剣がプロトワン・・・最初に鍛えられた剣と聞きました。そしてそのプロジェクトの総指揮官が当時のガリウス大将軍だった事も。可能性の話です。この剣に人間の魂が存在していたなら、再び人の姿に戻る手段はありますか。」

「私からは、無い、としか言えぬ。すまんな。」

「分かりました。義姉が救えないのなら、フレイを守ります。」

「そうか、立ってくれるか。」

「あくまで、皇都に戦火を拡げない為です。大将軍の為ではありません。」

ライルは立ち上がると、ガリウスを睨みつけ吐き捨てるように告げる。

「結局は、アナタもガラーガ皇帝と同じでしょう。自らの欲望の為に、若者を洗脳し戦地に送る。俺は親の情を知らずに軍人となった。その意味でフレイは残された唯一の家族のようなもの。アナタはその俺の情を利用してクーデター計画に巻き込もうとした。」

「ライル、そうでは無い。この決起を起こさねば、いずれ帝国は崩壊するのだ。」

「なら、フレイを巻き込むな!良き父親のふりをして、才能ある養女をクーデターに加担させる。その心を弄んだ事は、俺の親父が義姉にした仕打ちと何ら変わらないぞ。」

「私は前回の反省を経て15年掛けたのだ。この機会を逃せば次は無い。」

「俺は、貴方が多くの身寄りの無い子を養子として育て、上級士官への道を用意して下さった事は尊敬しています。可能であれば、今まで通りの皆から尊敬される大将軍であって欲しかった。お望み通り、フレイの補佐はします。ですが、それでも貴方が皇帝位に即位するのであれば、俺はフレイを連れて東へ亡命します。」

そう言い残し、ライルは部屋を退出する。

「ライル、部屋でトランプやろう♪」

「いきなり出て来て、トランプかよ。お前、直観強いから俺が勝負にならないんだよな。」

「ちゃんと手加減するからさ。」

「・・・そう言われては男が廃る。全力で相手をしてやろう。」

「やったぁ♪」

遠ざかっていく足音を聞きつつ、ガリウスはニヤリ、と笑みを浮かべる。

「フレイを遠ざければ傷つかずに済むものを。その甘さだけは母親似、か。」

ガリウスは、棚にある愛用のパイプを取り、火を付け紫煙を燻らせる。

「人は利が無ければ動きはせぬ。それはいくら時代を経ようと変わらぬ節理だ。ライルよ、お前はあの父親を反面教師にし過ぎた。人間に欲は必要不可欠。その事実を理解し抑制出来る者こそ、君主として国の頂点に立ち人心を導く資格を得る。お前は私の優秀な後継者と思っていたが、残念だよ。フレイがお前には靡くことは無い。私が彼女のアカシックレコードを握る限り、な。」


そして時は再び、ギシリトール撃墜時の皇都へと戻る。

爆音で騒然となる中、ガリウスは自らの門下生を邸宅に集わせ決起の声を上げる。

「時が来た。今、この騒乱に乗じてガラーガ=セヴェルス並びにアニムスなる小姓を捕縛せよ。近衛兵とは極力騒動を起こすな。彼らも同じ帝国民、敵は先の二人のみと心せよ。では行け、未来の帝国を担う若者達よ、自らの手で未来を掴み取るのだ!」

歓声と共に皇宮を取り囲む士官達。

兵たちに混じり、ガリウスが声を掛ける。

「通信魔法に通じる者はおるか。」

「は、ここに。」

一人の若い兵士がガリウスの前に立つ。

「全軍、並びにフレイ、ライル両名にも伝えよ。今より皇宮へ突撃を開始する、と。」

「承知しました!」

こうして、ガリウス率いる門下生達は、皇宮への突撃を開始した。

近衛兵と門下生達との武力の差は歴然だった。近衛兵は戦闘の無い皇宮での警護生活を送って来た上級士官に対し、門下生達は特務隊出身者。皇帝の命令で遠方の怪物相手に戦い生き残ってきた精鋭である。その戦力差は歴然であった。

ガリウスは、近衛兵らの血で染まった謁見の間を進み、玉座に腰を下ろす。

やがて、捕縛された二人がガリウスの前に引き立てられる。

「ガリウス、一体何のつもりだ!」

「見ての通りです。しかし、今の貴方には用は無い。」

「目的はボク、ってかい。確かにギシリトール撃破は想定外だったけれど、修正の範囲内。今すぐ陛下とボクを解放しないと、皇都がどうなるか知らないよ?」

「なら、やってみせるといい。」

「舐めるなよ、クソジジイ!」

猛り切ったアニムスの目が黒から緑に変わる。

 一方、ザッカリンが潜む森の上空で待機する二機のオベリスク。

「ねぇ、どうしてこのまま森を燃やしたらいけないの?」

「さっきの爆風聞いただろう?もし、あれと同じ爆発をされたら皇都ごと消し飛ぶだろうが。」

「あ、そっかぁ。」

「・・・森が揺れている。来るぞ、135体のオベリスク。」

「どっちが多く倒すか、競争だね♪」

「もう勝った気でいるのか・・・どのみち俺が勝つがな。」

「じゃあ、私が勝ったらライルがフレイに何かをオゴる、ライルが勝ったら、フレイにライルが何かをオゴる、でどう?」

「いいだろう、受けて・・・いや、待てオイ。」

そして上空に浮上する130体のザッカリン。

「よーし、さっさと片付けよう~。」

「皇都へは、一匹も漏らすなよ、フレイ!」

ラフィーノースとアゼルファームは、二手に分かれてザッカリンを挟み込む。

ラフィーノースは、燃え上がる剣を交差させる。すると、二首の炎をまとった竜の首が交差させた剣の間隙からその姿を見せる。

「焼き尽くせー、ツインヘッド・ドラゴンファイヤー!」

竜の炎が嘗め回すように、ザッカリンを包み込む。その熱量に耐えきれなくなった機体から次々に爆散していく。

「いや、あんな強力な魔法じゃなかっただろう・・・オベリスクには魔法を強化する力もあるのか。なら、こちらも!」

ライルはアゼルファームを敵陣奥深くへ進ませる。

「アニムスが操っているにしては、動きが緩慢だな。無人機の限界、といったところか。」

アゼルファームが、手にしたティアマトで敵を斬る度に次元の狭間が浮き上がり吸い込まれ消失していく。ライルが使用した呪文は、闇魔法の一つである『次元斬』と呼ばれる付与呪文。本来は闇属性ダメージを与えるにしか過ぎない強化のはずが、今は文字通り次元の狭間を斬り、相手を一瞬で消し去る力を剣に与えていた。

「クソッ、アゼルファームに乗っての闇魔法は危険過ぎる。何か手段は無いか、アゼルファーム!」

すると、アゼルファームの手に合ったティアマトが、長筒の形に変化する。

「何だ、この武器は。これもティアマトと同じ、というのか。」

アゼルファームより、狙撃銃と化したティアマトの操作方法がライルの頭にインプットされる。

「なるほど、こういう事か。」

アゼルファームが、次々に敵を狙撃していく。命中の瞬間、次元の歪みが発生し、周囲のザッカリンも巻き込んで消失していく。

「相手の動きに合わせて撃つ、正に俺にとっておあつらえの武器だ。感謝するぜ、アゼルファーム!」

もはや、二人に敵は無く、結局二機は傷一つ付く事無く、130機のザッカリンを撃破したのだった。

「私の勝ちだよね、ライル。」

「この乱戦でどうやって数えたんだよ、オマエは。」

安堵もつかの間、再び飛来するザッカリンが5機。

「まだ残っていやがったか。」

「お待ち下さい、私たちは敵ではありません。」

「あれ、誰か乗ってる?」

「私はトリスタン様を主君として仰ぎ、お仕えする“ルビー”と申す者。ライル=オルトロス、フレイ=ヴァルザック、お二方を居城にお連れするよう、命じられここに参上しました。」

「トリスタン、だぁ?」


全身を激しい痛みが貫く。網膜に焼き付くのは、血の涙を流す白いオベリスク。

(このボクが、誰よりも強くあるべきはずのボクが何も出来なかったなんて、陛下にどうお詫びしたらいいんだ・・・)

「おのれ、エリストリール!」

「気が付いたようね。」

「い、生きているのか、ボクは。」

「奇跡的に。大佐に命じられて、半信半疑で駆け付けたら、貴方を発見した。というより、アグリコーンが貴方を見つけてくれた、が正解ね。」

「ステビア。どうして貴様がここに?」

「先にお礼を言ったらどうですか、特務中佐。と、言ってもその肩書も直に“泡沫と化す”でしょうけど。」

「どういう事だ?」

「話は大佐から聞いて。私は面倒事に巻き込まれたくなかったから、大佐側に付いただけ。」

ディザは、身体中に痛みを感じつつ顔を触る。

「あまり触れない方がいいわよ。魔法の回復にも限度があるんですから。」

「ステビア殿。手鏡を貸していただけるか?」

「余りおススメはしないけれど。」

「覚悟は出来ている。」

手鏡に映るディザの顔。そこには、人々に称賛される芸術品の如き美しさの青年の顔は無く、醜く焼け爛れた男の顔が映し出されていた。

「ありがとう、ステビア殿。俺を助けてくれて。」

「ディザ・・・?」

「俺を君に逢わせたのは、ギシリトールに吸われた兵士達の怨念だ。そして使い捨てにされたアニムスへの恨みだ。ヤツに復讐するには全くもって相応しい顔ではないか!」

「アグリコーンで大佐の城まで送るわ。もう動けそう?」

「当然さ。この痛みが、俺が今死んでいない事を教えてくれている。さぁ、連れていけ。どうせあのカマ野郎の事だ、ロクな事考えちゃいないだろうけどよ。」

そしてディザを回収したアグリコーンは、トリスタンの居城へと飛び立つ。こうして、帝国の動乱はその幕を開けた。


今日はここまで。また会える機会を楽しみにしているわ。

私の名は≪アンノウン≫。誰も知らない物語を語る、語り部よ。

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