第5話 襲撃
はぁい、こんにちは。前回は、クロードとライル、二人の持つ剣にまつわる物語をさせてもらったわ。今回から再び、彼らの物語に話を戻しましょう。クロード達はシュロスと同行し、いよいよセヴェルス王国へと向かう。しかし、そこは彼らの知る統一王国とは全く別物、と呼べる王国だった。では、始めましょう。冒険者達の物語を。
セヴェルス王国エグソン公爵領に存在する中心都市マデリーン。その一等地に冒険者ギルドの拠点は存在していた。
「こう眺めると、文化面では統一王国と遜色ありませんね。」
差し出された食事を頂きながら、クロードは素直な感想を述べる。
「そう思うだろう?でもすでに、お前たちは自分達と同じ王国民とは思っていない連中が大半なんだぜ?」
「それはどういう意味です?」
シュロスは、エール酒に口を付けながらソニアを指差す。
「まず、西方世界には信仰が無い。つまり神様が存在しないんだ。」
『ええっ!?』
シュロスを除く全員が驚きの声を上げる。
「で、でも私、ここでも神聖魔法使えますよ?」
「同じ世界なんだから、使える事に不思議は無ぇよ。そもそも魔法自体が人々にとって身近な存在として根付いた世界って言った方が早いか。」
「と、言われますと?」
「簡単な傷であれば、近所のおばちゃんでも治癒魔法は使える事が出来る。ここに飛ばしてもらったテレポートの魔術師にしたって、冒険者を生業にしている訳じゃない。単にテレポート呪文が使えるだけの“テレポ屋”だ。」
「つまり、魔術そのものが生活の一部になっている、と。」
「そういう事だ、クロード。そしてもう一つ、東と大きく違う点、それが身分制社会だ。これは東よりも厳格だ。つまり王様の子は王様、奴隷の子は奴隷。生まれた時点でその一生は最初から決められている。能力の有無問わず、だ。」
「それでジャーダさんのような逃亡奴隷が南に潜んでいたのか。」
「今、その身分制度を破壊して改革を進めているのが二人。一人が今から会いに行くキャサリン=エグソン。王国の黒幕(フィクサー)、モーリス=エグソン公爵の孫娘であり後継者。」
「女性ですか。」
「彼女は武器を持たない。が、その権力とカリスマで王国を乗っ取るつもりだ。」
「その彼女に協力しろ、と言うのですね。」
渋い表情を見せるクロードに、シュロスは続けて語る。
「もう一人は、セヴェルス帝国皇帝、ガラーガ=セヴェルス。」
「皇帝自らが?」
「言っておくが、皇帝は平和主義者とかじゃないからな。ヤツは、より有能な人材を軍人として徴用する為に新たな軍学校を設立し、さらに選抜した者を特務機関として怪物討伐による実戦経験と積ませ着々と軍備力増強を進めている。全ては自身を裏切った弟ナルキスへの復讐の為に、だ。」
「お詳しいですね。」
「王国に出世街道を外れた軍閥貴族が亡命して来ているからな。外れた、とは言っても叩き上げの軍人である事に変わらん。そういった連中をキャサリンは囲っている訳さ。」
「後は、直接お会いして話してみる以外ありませんね。」
「クロード、最後にもう一度聞くが。」
「はい?」
「そのアニマ、って娘。本当にキャサリンに会わせる気か。」
「そのつもりです。彼女が追う“アニムス”は何としても止めなければなりません。」
「で、その手段は彼女が持っている、と。」
「そうです。王国、帝国云々の前に世界が滅んでしまえば全てが終わりですからね。」
「しれっと恐ろしい言葉吐く割には、表情崩さないよな、お前。」
「ボクが動揺を見せたら、アニマも動揺してしまうでしょう。彼女と約束した以上、弱みは見せません。」
「だってよ、アニマちゃん。イイ男引っかけたな。」
「クロードだけには頼らない。最後のケジメは自分で付けます。」
「さて、そろそろ時間だ。上で爆睡している連中起こしてくれるかな、ソニアちゃん。」
「あ、はい。皆さん呼んできますね。」
シュロスはクロードの肩を叩き、噛み締めるように告げる。
「オレは自分を犠牲にしてルフィアを救った事に後悔はしていない。だからクロード、お前も後悔する選択だけはするな。アニマちゃんじゃ無く、お前自身が、な。」
「そのつもりです。自信はありませんけど(笑)」
再び顔を合わせた7人は、キャサリンとの会合の場であるエグソン邸へと向かう。
エグソン邸、貴賓室。豪華な調度品が並べられ、中には今にも襲い掛からんばかりの迫力を醸し出すミノタウロスのはく製も飾られていた。
「立派なお部屋ですわねぇ。」
「迂闊に触るな、姉。払える賠償金なぞ私らには無いぞ。」
「まぁ、オレには見慣れた成金屋敷の光景だな。」
「悪態付くな、イズ。招かれたとはいえ、相手の心象次第では敵に回す事にもなりかねん。」
「ミレイさんの言う通りさ。イズにとっては窮屈だろうけど、少しの間だけ辛抱を頼む。」
「・・・。」
アニマは何一つ言葉を発する事無く、ただクロードの手を握る。
しばしの後、供の者を従えた軍服姿の女性が対面するクロード一行の中央に座る。髪は短く整えており、装飾品も髪の留め具程度で抑えていた。耳にした公爵の孫娘とは全く違う戦闘姿勢での登場に、クロード一行は改めて緊張感を持って彼女と対峙する。
「ようこそ、東方からの冒険者殿。私がこの会合の主催者であるキャサリン=エグソン。概要は、使者であるシュロスより聞いていると思うけど、改めて話させてもらうわ。私はこの“老人の国”を若者へ取り戻したい。それも出来る限り血を流す事無く。その為の協力をお願いしたく、今日、貴方達を招いたの。」
「ボクの名はクロードと申します。統一王国ヴァネッサ女王の特使として書簡を預かっています。内容に付きましては、先にシュロス殿にお話しした通り、障壁が解かれた際には友好的な交易を女王は望んでおられます。しかし、それはこの西方領域を覆う、不穏な“瘴気”
が消え去った後の話。その“瘴気”の正体は、このアニマと名乗る少女が語るアニムスという人物が画策する“星の生命”を奪おうとする胎動に他ならない、とボク達は考えます。キャサリン嬢、『オベリスク』という言葉に聞き覚えはありますか。」
キャサリンは眉一つ動かさず答える。
「無いわ。お爺様からも、その様な言葉は聞かされておりません。」
「では、空を飛ぶ巨大な甲冑兵の存在、そして同じく空を飛ぶ船の存在は。」
「知りません。東にはその様な兵器が存在するのですか?」
「統一王国にも存在しません。ボクはアニマを通じてこの甲冑兵『オベリスク』によって滅んだ世界を見ました。“星の生命”とは、今まさにボク達が踏みしめている大地そのものです。
アニムスという存在は、この『オベリスク』を人間に与え争わる事で、大地の力を弱らせる、それが逆に“星の生命”を熟す力となり、熟した力を己の力として取り込む、そうして力を拡大させてきました。キャサリン嬢、もし貴女がこの存在を隠しているのであれば、ボク達は貴女に協力出来ません。世界存亡の危機に、政争など全くの無意味なのはお分かりでしょう。ですが、この王国がオベリスクに襲撃されたのであれば、ボクとアニマが必ずお救いします。」
「それではまるで、アナタが『オベリスク』とやらを所持しているように聞こえるけど?」
「ご想像にお任せします。」
「一つ、よろしいでしょうか。」
軍服を着た若者が席を立ち発言を要求する。
「発言を許可します。」
「ありがとうございます。自分は、帝国より亡命した軍閥貴族の一人です。クロード殿の発言、皇帝ガラーガは我々に対し、何度も鼓舞していた事を思い出しました。古代遺跡にある古(いにしえ)の武器は一瞬で街を滅ぼす程の威力であり、その力で帝国は再びその全域を手中に収める事が可能なのだ、と。ですが、その扉を開ける手段が見つからずガラーガの怒りの矛先は次第に成果の出ない調査隊を指揮する軍閥貴族に及び処刑されました。両親を失った同士は、帝国では奴隷以下の身分に落とされます。自分は彼らを憂い、共に亡命を決行した経緯があります。」
その言葉に、クロードはがっくりと肩を落とす。
「ありがとう。座ってよろしくてよ。」
「失礼しました。」
「クロード、私への疑念は晴れたかしら。」
「はい。これで帝国側へオベリスクが手に落ちた可能性が高くなりました。キャサリン嬢、どうか貴女の力で、南に棲む逃亡奴隷達の保護をお願いできませんか。」
「なら、私の政争に協力しなさい。今の王政の皮を被った寡頭政治を破壊するの。」
「かとう・・?すみません、正直ボクは政治には疎くて。」
「クロード、オレが変わるぜ。あ、キャサリンさん、オレはイズって言います。要は、既得権益者、特に大規模農園を持つプチ独裁者を一掃したい、と。」
「あら、少しは話が分かるようね。正にその通りよ。」
「クロードの言った奴隷達の身柄はどう保障されるつもりで?」
「当面はエグソン家とタルジーズ家で囲う事にするわ。それに対し、残りの二公がどう出るかだけどこちらには冒険者ギルドと門閥貴族軍の二つの力があるから、正直のところ向こうが反乱するのを待つ状態なのよね。」
「国王一家は?」
「国王ナルキスには反乱を招いた責任がある以上、極刑よね。家族は権力と離れた場所で隠居させるわ。」
「国王と二公、まとめて処分する気かい、お嬢さん。」
「そんなドスを聞かせた声で威嚇しても無意味よ、坊やさん。」
「そういう事言ってんじゃねぇ。全部がアンタの盤上でコトが進むのか、って言っているんだよ!」
「進ませるわ。」
キャサリンの目にある覚悟。最初の言葉通り、彼女は老人から若者に国を取り返す鏑矢となるつもりなのだろう。
「アンタの言い分は正しい。アンタの終着点は奴隷解放どころじゃない、その先の『民主共和政』。違うかい?」
イズの発言にキャサリンは驚きの表情を見せる。
「だけどそれには、『民衆側の指導者』が必要だ。アンタ達の呼んでる「黒の一団」の逃亡奴隷を束ねるジャーダっていう元逃亡奴隷の黒エルフがいる。彼女を“虐げられている側”の代表として使え。アンタは、権力を手中にしたところで溺れる女じゃないのはよく分かる。
オレは溺れる方を沢山見てきたからな。だけどな、これだけは知っておけ。『権力とは腐敗しやすく、絶対的権力は絶対的に腐敗する。されど、偉人が常に悪であるとは限らない。』」
「誰の格言かしら?」
「オレ様のだ。」
「肝に銘じておきますわ。」
「少なくとも、オレの相棒は目的の為に悪に染まる男じゃねぇ。国王だけに罪を押し付けて
んじゃねえぞ。この国の腐敗は国民全員の責任だ。その頂点に立とうとしている自覚を無視して、何が『私の政争』だ。笑わせんな。」
イズの言葉に、クロードは改めて頭を下げる。
「イズ、ありがとう。」
「その為にオレを誘ったんだろう?気にするな。」
「私は何か悪い夢でも見たのだろうか。イズが難しい事を話している。」
「セラちゃん、それはお姉ちゃんも同じです、まだ疲れが残っているのですわ。」
困惑するソニアとセラに対し、笑いながらミレイが語る。
「二人とも、あれが本来のイズさ。本人曰く、一度叩き込まれた帝王学は消えないんだそうだ。だから美辞麗句を述べて、さも悟ったかのように語る権力者を許せないんだとさ。」
夜も更け、一日目の会合を終えた一行はエグソン家主催の晩餐会に招待される。ここでの主役は、ソニアとセラ、二人の淑女であった。社交界での嗜みは一通り教えられてきた二人の気品ある振る舞いに多くの参加者は魅了された。もう一幕の主役はイズとキャサリンによるダンスだった。彼女たちの立ち振る舞いを見ながら壁際で見守るクロードとアニマの二人。
「クロードは参加しないの?」
アニマの問いにクロードは苦笑いで答える。
「どちらかと言えば、楽しそうに笑っている皆を見る方が好きだからね。」
「実は踊れないクロード。」
図星を指され、クロードは動揺しつつも否定する。
「そ、そんな事はないよ。じゃあ、一緒に踊ってみるかい。」
「いいよ。」
予想外の答えに、クロードは自らの過ちに気づく。
(そういえば彼女、王子の娘だった・・・)
諦めたように、クロードはアニマに手を差し出す。
しかし、その手は握られる事無く、彼女は両手で頭を押さえ蹲(うずくま)る。
「アニマ、どうした?」
「来る・・・オベリスクが私の方に向かって・・・来る。」
「遂に・・・来たか。」
時は遡り、帝国領北方で発見された古代遺跡最深部。ライル達一行は、『オベリスク』と呼ばれる巨大甲冑兵と共にいた謎の少年アニムスと遭遇する。
アニムスはライル達に続けさまに語りかける。
「さぁ、もっと近づいて見てごらん。君達を呼ぶ声が聞こえてくるはずだ。『早く我々を使え』という声が。」
「君、名前は?・・・うん、わかった!」
フレイが頷くと、その姿がオベリスクに吸い込まれていく。
「おい、フレイ!」
「この子の名前、“ラフィーノース”だって。長いから、私はラフィって呼ぶね。」
「本当に大丈夫なのですか?フレイさん。」
「じゃあ、先に外で遊んでくるね。おいで、ロイ!ジィ!」
フレイの掛け声と共に二振りの長剣が、ラフィ-ノースに握られる。
「フレイの剣が、甲冑兵に合わせて顕現した?」
「そう、このオベリスクは君たちの持つ能力に合わせて強さを発揮する。さっきの現象も、
あのフレイって娘の能力によるもので、オベリスクはそれを補っただけに過ぎない。」
「よーし、飛べ、ラフィ!」
フレイのオベリスクは炎の剣を高く真上に上げると、オベリスクの保管庫の屋根目掛けて錐もみ状に飛翔し突撃する。剣は屋根をこじ上げ、遺跡全体を大きく揺らす。
「どっかーん☆」
「アイツめ、俺達まで生き埋めにする気か・・・。」
ライルは、フレイの開けた大穴を見上げると思わず悪態を付く。
「それよりもどうする気だい?君たちは。」
アニムスの挑発にライルは一瞥をくれると、声のする方角へと向かう。
声のするオベリスクに立つライル。すると、彼の剣が何かを語るように7色の輝きを放ち始める。
「お前か、アゼルファーム。俺と義姉さんを呼んだのは。なら使わせてもらうぞ、その力を。」
ライルもまたオベリスクに吸い込まれていく。
「トリスタン、俺はフレイを追う。後は任せる。」
「勝手な子ねぇ。仕方ないわ、お行きなさい。」
フレイの開けた空洞へ向け、ライルのオベリスクもまた飛翔する。
「ステビア、貴女も早く脱出しなさい。」
「でも、ディザが・・・。」
「その子ならボクが面倒を見るよ。彼は才能の原石だ。失うには惜しい。」
「アニムスさん?」
「ならアンタに預けるわ。アタシもまだ死にたくないですもの。でもその子は皇帝陛下のお気に入りだから余り傷つけないようにしてチョウダイね。」
「ああ、もちろんさ。」
(思考がはっきり読み取れるのは、ステビアという女と、このディザというガキだけか。一体、何がこのアニムスの感知能力を阻害している?)
ステビアは声のする
「お前は・・・アグリコーン?わかった。私の名はステビア、お前の同士だ。」
ステビアもまた、オベリスクを駆り空へと昇る。
「アナタがアタシの乗機ね。・・・アナタの名前はジアゼパム。そう、イイ子ね。じゃあ、アタシを載せてチョウダイ。」
トリスタンもステビアと同じく、オベリスクを駆り、空へと昇っていく。
「・・・何だ、今の不協和音は。まあいい。さあ、起きろ、小僧。」
アニムスは、ディザを揺さぶると無理やり目覚めさせる。
「お前・・・さっきの・・・。」
「このまま崩落に紛れて死ぬか?それとも、再び皇帝の賛辞を得るか。」
「今のボクに・・・何が出来る・・・。」
「このボクがサポートしてやろう、と言っているんだ。コイツと共にな。」
「どういう・・コトだ?」
アニムスが指差す方向にそびえ立つオベリスク。それは、緑と白の輝きを持つ、他と一線を画す存在を放っていた。
「かつてボクが人間だった頃の乗機。名を『ギシリトール』。」
「だけど、あのオベリスクはボクを呼んでいない。」
「なら奪い取れ。使い方なら手取り足取り教えてやる。」
ディザはよろめきながら、崩落する岩を避けつつ、ギシリトールへ近づく。
「ほらほら、早くしないと岩で潰れて終わりだぞ。」
アニムスが言葉を吐く前に、ズドォン!とひと際大きな岩が崩落する音が鳴り響く。
「チッ、結局無駄だったか。来い、ギシリトール。」
しかし、アニムスの声にギシリトールは動く様子を見せない。
「ギシリトールは、このディザ=クルーウェルを受け入れた。さあ、サポートしろ、アニムス!」
(しっかり自信も取り戻したか。せいぜい楽しませてくれよ、養分さん。)
一方、先行したフレイを追ったライルだったが、全てが初めてのオベリスクの扱いに苦戦を強いられていた。
「何故だ、何故思い通りに動かん!」
空中での状態制御がやっとのライルのアゼルファームに対し、フレイのラフィーノースが逆に接近して来る。
「何を手間取っているかなぁ、オルトロス中佐は。」
「簡単に操作しているお前が異常なんだ。」
「この子は『動かそう』とすると逆にいう事を聞かないよ。ライルなら分かるはず。ティアマトの時と同じ様に使えばいいの。」
「ティアマトと・・・同じ・・・。」
ライルは目を閉じ、心の中で剣に手を置く。
「ティアマト 起動。」
ライルの言葉と同時にアゼルファームの手に握られる漆黒の剣。
「ほら、出来た♪」
「大したものだ、お前は。」
「よーし、次は実戦だぁ。」
「は?」
フレイのラフィーノースが炎の剣を取り出すと、容赦なくライルのアゼルファームに斬りかかり始める。
「待て待て!何を考えている、お前。」
「だって、ライル最近相手してくれないじゃん。」
「お前の相手は色々大変なんだよ!」
「そう言いながら、しっかり避けてるじゃん。」
「当り前だろ!当てたら“炎の傷跡”で爆殺狙う気満々じゃねぇか。」
ラフィーノースの連撃を交わしつつ、ライルは“影の盾”を発動させる。
「あー、それズルい。」
「ズルいもへったくれもあるか。」
ライルの戦法は、受け主体である。敵の太刀筋の先の先を読み、一撃で仕留める。攻め主体で相手の防御を切り崩すフレイとは真逆のスタイルであるが、それ故に先に攻め疲れてしまうフレイにとっては相性が悪すぎる相手であった。が、スタミナを含めた全ての力を搭乗者の持つ魔力に依存するオベリスク戦では、ライルにとって無尽蔵のスタミナを持つ怪物
を相手に戦うのと同じであった。
(まずいな、このままでは俺の集中が持たない)
「二人とも、何をしているのです!」
ライルを救ったのは、ステビアの二人を制止する声だった。
「何って、実戦だよ?」
「何で本気の殺し合いしてるのか聞いてるんだよ、彼女は。」
「アタシも追いついたわよ。じゃあ、これで皇都へ戻るわよ。」
「大佐、ディザ中佐は?」
ステビアの質問に対しトリスタンは無言で後ろを指差す。その先には、白と緑で輝くオベリスクがあった。
「あれが、ディザのオベリスクか。」
「あー、あれもかっこいい!」
次の瞬間、4人は思わず息を呑む。
ディザのオベリスクの背後に付き従うかのように複数のオベリスクが追随していたのだった。
「悪いな、待たせてしまって。これがボクのオベリスク『ギシリトール』だ。今はアニムスの力を借りて地下の保管庫にあったオベリスクを引き出してきた。数は150体。」
「150体?!」
ライルは、その数に思わず目を見張る。
「これを同時に操れるのはアニムスだけだ。ボク達じゃあ出来ない。でも、これで皇帝陛下も満足なさるに違いない。フフッ、アッハハハハハハハ!!」
皇都に無事帰着した彼らであったが、オベリスクの存在は徒に皇都を混乱させかねない、というトリスタンの指示の元、一度近隣の森に隠す運びとなった。そして改めて後日、皇都にて古代遺跡の調査報告が行われた。
皇都 謁見の間
「それで、貴様は見たのだな、そのオベリスクとやらを。」
不機嫌な表情の皇帝ガラーガが、調査隊総責任者であるガリウス大将軍に対し詰問を行う。
「はい。しかしながら陛下。あれを武力して扱うには時期早々かと。」
「未来ある幹部候補生をほぼ全滅させておいて戦争に使うな、というか!」
「いえ、そうではありません。我々の知識が追い付いていないのです。」
「まさか貴様、その武力でこの俺に弑逆を図るか!」
バン!、と大きく開かれた扉。
近衛兵がすぐさま扉の前に立ちふさがり、武器を構える。
「どいてくれないかな。こっちも待たされているんだ。」
その響きは確かに爽やかな少年の声音、だが本能が危険を知らせたか、近衛兵らは声の主に道を譲る。
「お、おお。これは奇跡の産物か。」
皇帝の目に映るのは、小姓の服に身を包んだアニムスだった。
「お初にお目にかかります、皇帝陛下。ボクこそが、陛下に勝利をもたらす奇跡。アニムスと申します。」
「陛下、この少年は危険であります、どうか人払いを!」
「将軍。謁見の時間は過ぎた。早々に立ち去れい。」
ガリウスは近衛兵に両脇を掴まれ、その場を退場させられる。
「奥の間へ来たれ、アニムスよ。時間はある。お前の事をゆっくり教えてくれ。」
「ええ、教えましょう。心ゆくまで。」
皇都ヴァルザック邸。大将軍の名声を頼りに門を叩く若者は数多く有り、言わば私塾となっていたこの邸宅では、ガリウスの目に叶った若者が日夜勉学に励み、軍学校へ通っていた。
中でも特務軍学校は彼らの憧れであり、邸宅で目にするフレイの存在は、その容姿の可憐さも相まって崇拝の対象でさえあった。その邸宅の夜での一幕。
「このような夜更けに何の用かな、トリスタン。」
「陛下にお目通りを願って追い出されたって聞いてね。いつまでもアニムスを引っ張っておくからよ。忠告したでしょう?」
「あんなモノをあの男が見たら、即刻宣戦布告だ。また帝国を血の海に沈めたいのか。」
「それよりアナタはどうなのかしらねぇ。皇帝暗殺未遂事件の主犯さん?」
「私はあの男を監視しているに過ぎん。出過ぎた行動を起こせば鉄槌を下すのみ。」
「ソウルスティーラー。プロトワンは、まだ健在よ。彼女と一緒にね。」
「何の話だ?」
「まーだとぼけるつもり?戦争が勃発したら、アナタが大切に育てたクーデターの為の手駒を大量に失ってしまう。現に今回だけで45名失っている。」
「私にどうしろというのだ。貴様は皇帝位など興味の無い話だろう。」
「そうね、世界が滅んでしまったら皇帝も何もあったものじゃないもの。」
「世界が滅ぶ、だと?」
ガリウスは思わず立ち上がる。
「大きな声出さない。子供たちが起きるわよ。」
「望みは何だ。」
「フレイのアカシックレコードを教えなさい。アニムスを封じるにはあの子に犠牲になってもらう他に手は無いわ。」
「それは出来ん。」
「あら、情が移ったのかしら?」
「フレイの暴走を止める手段は無い。アニムスの前に世界が滅ぶぞ。」
「あるわよ。ライルという緊急停止装置が。」
「彼まで巻き込む気か!」
「どの口が言っているのかしら?調査隊50人の大半は彼の同期よ。45人、いえ、アナタの考えでは48人の死を目の当たりにさせ、皇帝への不信感を高めさせるのが目的だったのでは?彼は間違いなく、今まで同情的だったフレイの義父でもあるアナタに忠義を尽くすでしょうねぇ。」
「貴様の目的は何だ?」
「死なない程度に楽しむ事かしらね。それじゃあ、フレイの件、考えておいて下さると助かるわぁ。」
両手を握りしめ肩を震わせるガリウスを尻目に、トリスタンは館を去る。
皇都近辺。トリスタンの居城。
トリスタンは胸の大きく開いたドレスを靡(なび)かせ、豪華なソファでムダ毛の無い足を披露する。その対面には、特務隊の軍装をした少女5人。
「確認、ソウルスティーラーの装備を絶対忘れない事。相手は未知の存在、アタシ達の世界の魔法が通用すると思わない方がいいわ。」
『了解であります。』
「目的は、アニムスの引き連れてきた150体の内、5体の奪取。姿形が同じのを選ぶこと。いいわね。奪取に成功したら、相手の方がアナタ達向けに仕様変更してくれるから動かす事は難しくはないはずよ。」
5人全員が直立しトリスタンに対し敬礼をする。
「“ルビー”以下5名。作戦に移ります!」
5人は疾風の速さで、トリスタンの前から姿を消す。
「後は、アニムスが言うアニマの存在かしら。まだまだ謎は多そうね。楽しみだわぁ。」
明後日、皇帝ガラーガより、ディザ=クルーウェル中佐に勅命が下される。
「僭称国であるセヴェルス王国に対し、宣戦布告の一手として大河沿いに点在する王国の諸都市を破壊せよ。セヴェルス帝国皇帝ガラーガ=セヴェルスの名において命ずるもの也。」
「この命に代えましても、必ずや果たしてみせます。」
ギシリトールに乗り込むディザにアニムスが声を掛ける。
「君の力では、ボクみたいな真似は出来ない。でも15機までなら君でも何とか扱えるはずだ。連れていくかい?」
「他ならぬキミのアドバイスだ。喜んで引き受けるよ。」
(オベリスクの遠隔操作は、常人の精神力ならすぐ崩壊する。君の役目は既に終わっているけど、もし帰って来たらもう少しだけ友達ゴッコに付き合ってあげるよ。帰って来たらね。)
ギシリトールに搭乗するディザ。すると森の鳥たちが激しく羽ばたいて散った後、15体のオベリスクが上空で待機する。
「ギシリトールよ、この量産型オベリスクに名前はあるのか?」
「・・・・。」
「“ザッカリン”、か。了解した。」
ギシリトールが上空に舞い上がり、ザッカリンが後を追う。
「セヴェルス帝国特務中佐ディザ=クルーウェル。搭乗機ギシリトール、出撃する。目標セヴェルス王国大河沿岸部。全て破壊尽くしてやるぜ!」
今日はここまで。また会える日を楽しみにしているわ。
私の名は≪アンノウン≫。誰も知らない物語を語る、語り部よ。
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