第4話 家族
はぁい、こんにちは。今日もいらしてくれて感謝するわ。今日の物語は“過去”のお話。
ある二つの出会いを語らせていただくわ。人は誰でも運命を変える出会いに遭遇するもの。
でもそれは、人であるとは限らない。それはどの様な出会いだったのかしら。では、始めましょう、冒険者達の物語を。
時は現代、後にスカーレット王朝と呼ばれる統一王国。王国最大の都市であるマーハルにて、歴史的和解が行われようとしていた。戦神の定義を簡略化し、後世ネオ・スタンダード(新正統派)の創始者として記録に残るティム=ガロア牧師と、女性として初のマーハル大司教として後進の指導に尽力したとされるルフィア大司教との間で互いの信教を容認する聖約が結ばれたのである。この聖約は、信仰を理由に結婚を諦めていた恋人達を大いに喜ばせた。統一王国繁栄の先鞭となったこの祝祭に招待されたのが、冒険者ギルドより、ギルドマスター=ケイン他、統一王国よりヴァネッサ女王並びにその臣下、王都より、クレミア司祭長他であった。
「でっかくなりやがったな、ティムの野郎。」
ケインが祝福の手を叩きつつ、心情を漏らす。
「そうよね、いつの間にか身長もアタシ抜かれてたし。」
「バカ、意味が違うっつーの。」
「そ、それくらい判ってるわよ。いつまでアタシを小娘だと思ってるつもり?」
「そりゃ、別れの時までさ。でも、この姿、ブロウニーやギームにも見せてやりたかったな。」
ケインの言葉に、シアナは寂しげな表情で答える。
「そうね。」
「勝手に殺すな。ワシはここにおるぞい。」
「すまねぇ、ギーム。アンタはまだ現役だったな。」
「それよりギーム、うちの娘は?アンタが預かるって言ったじゃない。」
「残念じゃが、ワシの手には負えんかった。どうやら怖がらせてしまったようでの。お前の義妹の所へ行ってしまったわい。」
「えぇ?クレミアさんのところ?」
その後、滞り無く式典は終わり、クレミアの元で無事保護された愛娘を抱きかかえ、夫妻は
クレミアに厳しい説教を喰らったのであった。
式典後の祝賀会。飲めや歌えやと騒ぐ周囲とは裏腹に、ケイン夫妻はげっそりとやつれた表情で席に着く。
「厄災龍戦に匹敵する恐怖を感じたわ、俺。」
「ハハ・・・普段が物静かなだけに、怒るととんでもない人ね、あの方。」
「どうやら、総長にこってり絞られたようですね。」
二人に飲み物を差し出すのは、白髪交じりの壮年の男性。
『ソルディック!?』
「お久しぶりです、ご夫妻。」
軽く食事を終えた後、三人は周辺を散策する。
「そういえば、娘さんは?」
「ああ、結局クレミアに預かってもらった。」
「ソルディック、さっきの総長って何の事?」
「クレミアさんにも、女王を支える一役をお願いしています。シアナさんが僕に尋ねる、という事はケインが話していない、という事でしょうから、彼から聞くとよいでしょう。」
「ケイン、どういう事?」
「クレミアは女王の護衛女官の司令官に任じられている。つまり護衛総長。」
「豊穣の神官ってそんなに強かったかしら?」
腑に落ちない顔のシアナにソルディックは苦笑交じりに話題を変える。
「まぁ、この話はその辺にしておきましょう(笑)そういえば、クロード君達が“障壁”を越えて一月は経ちますが、何か進展はありましたか?」
「音沙汰無ぇ。むしろそっちの呪術師の予言に続きはあったのか聞きたいな。」
「メルルンは、何も見えない、と。」
「彼女ほどの予見の力でも?」
シアナの驚きにソルディックは頷く。
「西方の魔法技術がどのくらいの技量なのか、残念ながら僕達が知りえる事でありません。それでも僕も二人と同様、クロード君やイズ、そしてミレイ嬢やソニアの技量が決して劣るとは考えていません。」
「一人抜けてねぇか、おい。」
「まあ、彼女は・・・。」
「そもそも、ミレイを加えたのは、ギルドマスターの強権で俺が願い倒したんだ。で、あのセラって娘、魔法学院に改めて問い合わせたら、火力全振り娘じゃねーか。」
「ソルディックのお墨付きなんでしょ?なら問題ないじゃない?」
「あのな、クロード達は西方に戦争しに行ったんじゃないんだ。」
「そういえば、そうだったわね。」
「まぁ、クロードの力は仲間をまとめ上げる統率力だ。6人の力を合わせればどうにかやり抜くだろうよ。」
『6人?』
シアナとソルディックがケインの顔を見る。
「何だ、忘れたのかよ。以前話したクロードの師匠、剣聖ズウォードの事。」
今より21年前、臨月を迎えたシアナがエルフの里へ里帰りをしていた頃、冒険者ギルドにある討伐依頼が要請される。その内容を見たケインは自ら依頼を受託、かつての仲間を集め討伐対象が出没する、という街道へ向かった。
「それで、何故僕まで付き合う事になったのですか?」
嘆息交じりにソルディックがケインに問いかける。
「雑魚の掃除。当てになる魔術師が思いつかなくてよ。」
「それならワシでも十分じゃろ。最近、身体がなまっておったから良い機会じゃ。」
「では、答えを教えていただけますか、ケイン。」
3人の前に現れる、大剣を担いだ一体の幽鬼。
「初代北王に仕え、数多くの怪物をなぎ倒し恐れられた戦鬼が一人、『剣聖ズウォード』。」
「また物騒な相手が彷徨っていますね。」
「如何に剣聖と言えど、このまま街道を封鎖し続ける訳にもいかぬからの。」
「悪ぃな、ギーム。先に遊ばせてくれや!」
ケインは銀の大剣を抜き、幽鬼の前に立つ。
「北に響きし剣聖、ズウォード殿とお見受けする。間違いないか!」
ケインの問い掛けに、幽鬼はゆっくりと顔を向ける。
「如何にも。今日のお前は楽しませてくれるのか?」
「なら、存分に味わえ、おらぁっ!」
ケインの右上段からの打ち下ろし。しかし剣聖は、余裕を持って受け止める。
「流石、剣聖。」
ケインは一度引き、今度は体を替え左からの払いを打ち込む。
ガギイィィィン!という強烈な金属音が夜風に響き渡る。
「今度は私の番かな。」
「いや、遠慮させてもらう。」
「カカッ!まぁ、そう言うな。」
大剣とは感じさせぬ速さの連撃がケインを襲う。
「ケイン、その方向は崖です!そのままでは剣聖に追い詰められます!」
「恐らくケインの耳には届いておらん。が、ワシらの出番は無いかも知れんぞ。」
「ギームさん、その意味は?」
「幽鬼となった剣豪特有の殺気を感じぬのじゃよ。あれは、まるで稽古じゃ。」
ギームと同じ感覚をケインは感じていた。そして、この事がケインの強みである強引な突破力を封殺する剣聖の技とも言えた。やがて、ソルディックの言葉通り、ケインは崖に追い詰められる。
「万事休す、か・・・。」
「惜しい、実に惜しい。」
剣聖は泣いているかのようにケインを見つける。
「泣いて・・・おられるのですか。」
「お前の様な弟子が欲しかった。しかし、お前の剣は既に完成されておる。故に私は敵となり斬るしか道は無い。」
一瞬の間。そして二人の間に響くギームの声。
「ケイン!お前は自分の子を見ずに終わるつもりか、立てぃ、立って戦うのじゃ!」
ケインは、反射的に大剣を振っていた。先程の剣聖であれば躱せるはずの大剣、しかし彼はその身に受け笑っていた。
「何故避けなかった・・・。」
「お前の子供だ。きっと筋の良い剣士になろう。お前の剣技はお前にしか扱えぬ。故にこの私ズウォード自らが師匠になってやろう。その大剣と共にな。」
「な!?」
幽鬼の肉体は消失すると、その魂の粉は銀の大剣へと流れ込んでいった。
こうして、冒険者ケインとしての最後の仕事は幕を閉じた。
4年の後、ある日の事。
「買い出し行ってくるから、クロードの事ちゃんと見ててよー。」
「分かってるって。」
シアナ達ギルドの買い出し部隊を見送ると、ケインは薪割りに精を出す。
「しっかし、中々喋らないなぁ、アイツ。」
ケイン夫妻にとって、最近の楽しみは『パパ、ママ』どちらを先に喋るか、だった。
「だけど、逆に今がチャンスかもな、ムフフ。」
小休憩の為、ケインは斧を置き、汲んでおいた水で口を潤す。
「ふうっ、おーい、クロードお前も・・・っていねえ!」
クロードのはい回った後を追うケイン。その先は扉の開いたままの物置小屋だった。
「クロード、ここにいるのか!」
ケインが部屋を覗き込む。
「ズウォード、ズウォード♪」
そこには、置いた覚えのない、ケインの大剣が静かに眠っていた。
「まさか、息子の最初の言葉をアンタに取られるとはな・・・。弟子をよろしく頼むぜ、剣聖さんよ。」
「そんな事があったのですね。」
ソルディックは、ケインの話に感慨げに相槌を打つ。
「そういや、お前は子育てに参加しなかった親だったな。」
「政務に追われた時期と重なりましたからね。子育てはヴァネッサと宮女に任せきりでしたね、僕の場合は。その件があって、クロード君に例の大剣を譲った訳ですか。」
「いや、アイツは実力で勝ち取った。12の時、俺との一本勝負で。」
「娘と一緒に見てたけど、凄い試合だったわ。剣聖の話は、その後知ったから、当時のアタシは長剣を習得する事を強く勧めていたの。でも普段は素直なのに、この時ばかりは頑として聞かなくて、親子だなー、とは感じていたのを覚えているわ。」
「いや、あの頑固さは母親似だろう?」
「アタシは素直で評判のギルドの女将さんですけど?」
「怒らすと怖いからな。」
ケインは、シアナから目を逸らしボソリと呟く。
「夫婦喧嘩は、国元へ帰ってからでお願いしますね(笑)。しかし、12才でケインを破ったのは、クロード君に天賦の才があったからに他ならないでしょう。加えて日頃の鍛錬があっての才能が萌芽した戦いだったと、僕は捉えます。」
「あの時のクロードから感じたのは“剣聖の気迫”だった。アイツに俺は剣を仕込んじゃいない。だからアイツの剣は剣聖から学んだ技のはず。今更ながら格の違いを知ったよ。」
「当り前じゃない。クロードはハーフエルフなのよ。戦い方そのものがケインと違うのよ。」
「それは魔法剣士、という意味だろう?クロードはあの時、まだ魔法には手を付けていなかった。純粋に戦士としての戦いだったはず。」
「ちがーう違う。ケインはその剣聖を守護霊か何かと勘違いしていない?」
「いや、普通そう思うだろう?」
「僕もそう思いましたが。」
「たぶんクロードはズウォードをイズと同じような親友として見ている。守ってもらう、戦わせる、では無く、共に戦う。だからケイン、あの時のアナタは、クロードと剣聖、ほぼ同化した二人と戦っていたのよ。人間とエルフ、異なる血を持つあの子だからこそ、全ての存在に対して偏見を持たない。だからこそ、皆に頼られる冒険者のリーダー役として誇れるほどの息子に成長してくれたのだと思う。」
「流石は母親。よく見てらっしゃる。」
ソルディックの優しい誉め言葉に、シアナは思わず頬を染める。
「そ、そりゃあ自慢の息子ですもの。」
「俺は最初、イズみたいな悪ガキになると思っていたんだけどな。誰に似たんだ?」
「クロード君は、間違いなくお二人の息子さんですよ。イズもまた、僕と女王の息子です。腹芸だけは受け継ぎませんでしたけど(笑)。」
ソルディックの言葉にケインは苦笑する。
「帰って来たら少しは褒めてやれよ。イズの力の源泉は両親への反骨心、与えられるよりも手に入れようと、もがき足搔く道を選択した男だ。」
「ええ、帰って来たらあの子の冒険譚を心ゆくまで聞かせてもらうつもりです。」
三人は、遠い西の夜空を見つめる。彼らの子が向かった西方の空を。
時は遡り、今より15年昔、帝国安穏の10年最後の年。
広大な屋敷の庭園で剣を打ち合う、一組の父子があった。
「どうした、ライル。その実力でオルトロス家を継ぐつもりか。」
恫喝する訳でも無く、ただ事実だけを冷淡に語る男。少年ライル=オルトロスは、この男が好きでは無かった。
「まだ、終わっていません!」
ライルは、剣に呪文を付与する。
「ほう、雷の付与呪文か。以前よりは、手数は増えてきたようだな。」
「いくら父上でも、放電の衝撃にまで耐えられるはずは無い。当てさえすれば俺の勝ちだ!」
ライルは果敢に攻めるも、相手の男は剣を交えること無くライルの攻撃を捌く。
「お前は殺気が強すぎる。いくら相手が憎かろうが、殺意は心に秘めろ。そして闇の魔を高めるのだ。」
だが、半狂乱になって攻め立てるライルに父の声は届くはずも無く、彼はただ闇雲に剣を振り回し攻撃する。時が経つにつれ、次第にライルの攻撃の精度が上がり始める。
「当たる!」
父に対して振り下ろした剣。が、ライルが目にしたのは漆黒の盾で剣の魔力を打ち消した父の姿だった。
「上出来だ。」
父の一閃がライルの左肩を打ち立てる。
「あ、ぐああぅぁ・・。」
「治癒師を呼べ。今日の稽古は終わりにする。」
男は立会人の執事に命じ、屋敷へと戻っていった。
オルトロス家はセヴェルス帝国において、代々名将を輩出した事で知られる軍人の家系であった。バドゥ=オルトロス。ライルの父である彼もまた、名将と知られ多くの怪物討伐
で名を挙げていた。しかし、部下を囮に使う戦術を好み、徒に部下を死なせる悪評は、やがて兵士の命を重んじるガラーガの耳に障るところとなり、この時は閑職に追いやられていた。この事は幼年期のライルが受けたいじめにも繋がり、彼の人格形成における構成要素の一つとなっていく。そしてこの年、あの皇帝ガラーガ暗殺未遂事件が起きた。ガラーガは事件に加担したと判断した一族に対し、老若男女問わず全てに処刑を命じた。その一覧にはオルトロス家の名も刻まれていた。オルトロス家を救ったのはガラーガを暗殺者から救った当時の近衛兵トリスタン=ラジャンの口添えだった。そんな粛清の嵐が落ち着いたある日、ライルは、ある女性を父親に紹介される。
「今日からお前の義姉になる。名はシンシアだ。」
澄み渡る青く長い髪、髪と同じく明るい空色の瞳。そして何よりも少年の心を掴んだのはその曇りない笑顔だった。
「シンシアです。年は16。ライル君とは少し離れているけど仲良くしてね。」
「は、はい!よろしくお願いします。」
これがライルの初恋の相手であり、最も敬愛する女性シンシア=オルトロスとの初めての出会いであった。
シンシアと生活を共にした2年は、ライルの荒んだ心を十分に癒してくれた。そして、彼女はライルが目指す目標に相応しいだけの資質を持った軍人であった。2年の月日が流れたある日、ライルは父より特務軍学校への編入を命じられる。
「この家を去れ、という事ですか。」
「お前が望んでいた事だろう。それにこの学校は皇帝陛下自ら創立を命じられた名誉ある軍学校だ。成績上位であれば、すぐにでも怪物討伐に行くことになる。シンシアの様に。」
「義姉さんも、同じ学校に・・・。」
「強くなりたいのだろう。愛してくれなかった私を打ちのめしたいのだろう。なら行け。」
しばしの沈黙の後、ライルは答える。
「行きます。行って強くなります。」
こうしてライルは特務軍学校への編入となった。この軍学校で、ガリウス将軍、トリスタン、ステビア、そしてフレイと出会い、ライルは確かな成長を得るのだが、それはまた別の話。
事件はライルが16才の時。雷雨の中、一日繰り上げて帰宅を許可されたライルは急ぎ慣れ親しんだ実家へと向かった。
「逸りすぎて夜に着いてしまったな。親父はどうせ留守だろうし、今晩はさっさと寝てしまおう。」
ガラーガによる領域拡大政策により、バドゥにも再び活躍の場が与えられる事になり、彼もまた家を空ける事が多くなっていた。
「親父の部屋に明かり・・・人影が二つ?」
ライルは急ぎ家の玄関に手を掛け、鍵を開ける。
「誰もいないのか。“透明化”!」
自らの姿を消すと、ライルは二階にある父親の部屋へと進む。
「盗賊か。誰もいない間を狙いやがったか。」
舌打ちしながら、ライルは扉に耳を傾ける。そして、聞いた。いや、聞いてしまった。
雨音より激しく軋むベッドの音、そして雷鳴よりも激しく喘ぐ女の声。その声はライルにとって知らぬで通せる声では無かった。
「義姉・・・さん。相手は親父・・・なのか?」
ライルは、襲い来る吐き気に必死に耐えた。もはや思考が追い付かず、何とか扉を離れ、その場を凌ごうと試みる。しかし、男の声が彼を制止する。
「父親の情事を覗き見、とは下らぬ趣味を覚えたものだ。」
「てめぇ・・・、今日こそ決着を付けてやる!」
「外で頭を冷やして待っておれ。付き合ってやろう。」
かつての稽古場だった庭園。雷雨に打たれ、一人立つライルの前に姿を見せる、黒衣の将軍、バドゥ=オルトロス。
「待たせたな。」
ライルは無言で剣を抜く。
「久しぶりの再会に言葉も無しか。お前があの女を好いていた事を俺が知らんと思っていたか。使い古しでいいのなら、譲ってやらんでもないぞ。」
バドゥの言葉が終わる前に、ライルの姿が消える。
「“影の盾”よ。」
バドゥは、暗闇の盾を出現させ、ライルの気配を探る。
「だがライルよ、お前にあの女は似合わぬ。あの女は皇帝陛下暗殺計画に加わった軍閥の家門。奴隷以下の身分になるところを俺が拾った女に過ぎん。むしろ、オルトロス家の一員となった事で上級士官への道も与えてやった。むしろ寛大だと思わぬか?」
「なら、何故あの人を妻にしなかった。アンタは女として愛したんだろう。」
「私の血を継ぐのはお前だけだ。奴隷以下の女の血が混ざった子供など豚の餌にもならんわ!」
バドゥは声の方角へ剣を振りぬく。が、手ごたえは無く、再び盾を構える。
(挑発にも乗らぬか。成長した、と褒めるべきか。)
激しい雷雨の中に混じる、バチッ、という音。
(雷の付与呪文を唱えたか。この雷雨の中だ、相手が私で無ければ悪い判断では無い。)
そして背後から襲い掛かるライルの一撃!
「残念だったな、かつての頃と同じ結末だ、ライル!」
影の盾を構えバドゥはライルを待ち構える。
しかし、襲い掛かって来たのは、ライルの発動させた“影の盾”だった。
盾と盾がぶつかり合い、その中間に白いフレアを放つ黒い太陽に似た球体が出現する。
「あ、アストラルゲート(星幽門)・・・」
驚愕の表情を見せるバドゥに対し、ライルは追撃の言葉を放つ。
「俺は貴様より遅く、この盾を発動した。つまり影の盾という障壁が消失した瞬間、貴様はゲート行きとなる。敗北を認めろ、バドゥ=オルトロス!」
「分かった、俺の負けだ。早くゲートを閉じろ、ライル。」
しかし、ライルはバドゥの要請に応じない。
「最初から閉じる気などあるか。このまま消えろ、豚の餌め。」
バドゥは、もはや半狂乱になりながら、剣を空に振り助けを乞う。
その時、バドゥの左腕を何者かが肩口から切り落とす。
切り落とされた左腕を吸い込み、アストラルゲートは消失した。
「あ、ああああぁ!」
バドゥは苦痛で悶絶する。切り落としたのは、軍服姿のシンシアだった。
「シンシア、アンタも俺の邪魔をするのか。」
「違うわ。ライルにもこの男に恨みがあるように、私にも恨みがある。生まれる事を許されなかった子ども達の仇、という恨みが。」
再び、激しい嘔吐がライルを襲う。
「何故、相談してくれなかったのです。」
「この男がアナタを愛していたのは本当よ。そしてアナタを産み亡くなったお母様を。私はその代用品だっただけ。」
「違う、それは絶対に違う。」
「ライル、この帝国はアナタが思う以上に穢れているわ。だから、アナタの手で変えてみせて。きっと、この剣がアナタを救う。」
シンシアは剣を抜くと剣に語り掛ける。
「ティアマト 起動。」
すると、闇夜に照らされる6色の輝き。
「やめろ義姉さん!なぁ誰でもいい、止めてくれよ・・・。」
ライルの願いも虚しく、シンシアは瀕死のバドゥに止めを差す。塵となって消えてゆく二人を目にしながら、ライルの意識は遠くに消えた。
次にライルが目を覚ました時には、既に雨が上がり、大空に虹がかかっていた。彼に遺されたのは、シンシアがティアマト、と呼んだ漆黒の剣だった。ライルはティアマトを抜き語り掛ける。
「お前が、ティアマトなのか?」
ライルの問いに輝きで答える剣。あの時6色だった輝きは1つ増え、7色でライルに応じる。義姉の象徴であった“青”の輝きを加えて。
バドゥとシンシアの失踪事件は、結局未解決事件として処理された。そして、この頃からライルはぼんやりと虹を探して空を眺めるようになるのだった。顔を思い出せない義姉の記憶と共に。
今日はここまで。また次回お会いしましょう。
私の名は≪アンノウン≫。誰も知らない物語を語る、語り部よ。
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