第2話 帝国と王国

 はい、こんにちは。今日もいらしてくれたのね。でも物語に入る前に、少しだけ時間をいただけるかしら。それはこの西方領域についてのお話。ここは大きく分けて帝国と王国、二つの勢力があるの。正式名称はセヴェルス帝国とセヴェルス王国。なぜ同じ名称なのかは、物語で話すから、ここではこの世界での帝国と王国の意味合いについて説明するわ。

・帝国⇒軍部が直接的に政治を執り行う独裁国家。

・王国⇒正統性(血縁など)を主張する者を諸侯が推戴した国家。

つまり、帝国では軍事権を掌握する皇帝が、王国では一部の諸侯が実効支配する権力者である、という事。何となく掴めたかしら?では、始めましょう。冒険者達の物語を。


 25年前、西方領域を統一した一人の英雄が死んだ。英雄は二人の息子を共同皇帝とした上で、後事を有能な側近達に託し継承は成ったかと思えた。兄ガラーガ=セヴェルス当時12才、弟ナルキス=セヴェルス当時11才。幸福の10年の始まりだった。兄ガラーガは軍事面で、弟ナルキスは内政面で次第に頭角を現し、帝国民は繁栄を大いに享受した。

決裂のきっかけは、奴隷たち有色民に対する帝国の姿勢だった。才能があれば出自に問わず帝国での市民権を与えたいと考えるガラーガと、身分制度変革は既得権益者である諸侯が反発し内紛の火種になると考えるナルキスとで意見が衝突したのであった。何日にも及ぶ討論が交わされ、一度は矛を収めたガラーガであった。しかし、悪夢の日が訪れる。ガラーガ暗殺未遂事件である。一命を取り留めたガラーガは、これをナルキスの凶行と判断、直ちにナルキスの捕縛を命じる。しかし一足早くナルキスは彼を支援する諸侯の手によって東方へと逃亡、新たにセヴェルス王国国王として即位し、帝国は分裂した。そして15年、ガラーガは帝国の、ナルキスは王国の指導者としてそれぞれの道を歩む。

 帝国の領土拡大政策は多くの怪物を駆逐し、帝国民に新たな土地を与えた。しかし、怪物の繁殖力は人間のそれを越えていた事が、帝国軍の組織肥大化を生み軍事国家へと変容し、帝国民の多くは軍事費の増加による賦役と重税に苦しむ事になった。逆に王国は諸侯の働きにより、王国民は平和で豊かな生活を送っていた。事実上の国境線となる、南部の大瀑布へと流れる大河、その水源である北部の巨大湖は、帝国の約半分の領土でありながら王国を実り豊かな国へと育てていった。しかし、王国もまた大きな闇を抱えていた。諸侯の増長と人口増加による逃亡奴隷の増加であった。特に働き手である奴隷の逃亡は深刻で、第三勢力ともいうべき『黒の一団』を生み出す要因ともなった。国王即位時には、帝国に強い対抗意識を燃やしたナルキスであったが、残念な事に15年の安穏は彼を怠惰に変えるのに十分な歳月となっていた。

 帝国、皇都。皇帝の住む宮殿に足を踏み入れる事が許されるのは軍閥に属する者のみ。

その宮殿にある部屋の窓から空を眺める一人の青年。年の頃は20代前半か。艶やかな黒髪に琥珀色の瞳を持つ、端整、というより一つの芸術品と呼ぶに値しよう。

コンコン、と部屋をノックする音に合わせて聞こえる、朗らかな少女の声。

「ライル、入るわよ。」

扉を開けて入って来たのは、青年と同じ軍服を着た一人の少女。透き通る程の白い肌に赤毛のツインテールと深緑色の瞳は、彼女の持つ幻想的な美しさを際立たせる。そして何よりも特徴的な上向きに尖った両耳。彼女はエルフの娘だった。

「誰が入れ、と言った。」

ライルと呼ばれた青年は、少女に目を合わせる事無く、空を眺める。

「何でいつも冷たい訳?共に何度も激しい夜を過ごした仲じゃない。」

「誤解を生む表現は止めろ。怪物討伐作戦で寝込みを襲われたのは、貴様の職務怠慢が原因だろう。」

「おかげで早く任務完了したじゃない。それよりさ、見て見て。」

少女はライルの前でクルリと自慢げに可愛らしく回ってみせる。

「・・・。」

「てか、こっち見んかーい!」

「何故、その必要がある。」

「ここ、この階級章!」

「特務少佐か。おめでとう。」

「もう少し、反応無い訳?」

「他にどう反応しろ、と。」

「そ、その“可愛いな”とか、“よく似合ってる”とかあるじゃない。」

「軍服の女に言うセリフか?」

「とにかく、これでアンタと同格になったワケ。その言葉遣いも改めてもらうわよ。」

「誰が同格だと?」

「あれ・・・ライルのは星二つ?アタシは一つ・・・。」

「俺は中佐に昇格済だ。お前の方こそ、今後は態度を改める事だな。」

「うぁーん、せっかくライルに自慢してやろうと思っていたのに。」

「まさか、その為だけにここに来たのか。」

「違うよ。ガリウス将軍にライルを探して来いって言われたから、探しに来たの。」

その言葉を聞いたライルは大慌てで部屋を飛び出す。

「どうしたのよ、急に。」

少女も急いでライルの後を追う。

「今日は、今度の作戦成功を願い、特務軍団の上級士官全員に対し皇帝陛下からお言葉を賜る式典があるんだよ。陛下は記憶力が良い。その場にいなければ降格ところじゃ済まなくなるぞ!」

「なら、アタシは大丈夫かな~。まだ新参だし。」

「フレイの様な超絶美少女を、陛下が覚えていないとでも?」

「それもそうですねっ!」

フレイ、と呼ばれた少女はライルを抜き去ると、一足早く式典の場へ走り抜けていく。

「扱いやすいのか扱いにくいのか・・・分からん女だ。」


幸いにも式典は始まっておらず、二人は時間に間に合うことが出来た。

「遅いぞ、二人とも。」

歴戦の古強者らしく、重みのある声が二人をしかりつける。

「申し訳ありません、ガリウス将軍。」

「以後気を付けます、申し訳ありませんでした!」

「二人とも、自分たちが選ばれた戦士である事を忘れるな。」

ガリウス麾下、上級士官115名。そのいずれも20代前半と若く、階級章が無ければ新兵が軍属と間違う者も多くいるだろう。

「敬礼!」

進行役の武官の声に合わせ、一同が敬礼する。敬礼の先には奥の間より姿を見せる軍服姿の人物。やや小柄だががっちりとした筋肉質の体格は、日頃から鍛錬を怠る事無く生きてきた証であろう。縮れた髪ともみあげまで繋がった豊かな髭は、文明人よりは野人を彷彿させる。だがこの男こそがセヴェルス帝国第二代皇帝、ガラーガ=セヴェルスその人なのである。

ガラーガは式典の壇上に立ち、同じ様に敬礼する。皇帝の動きに合わせ、敬礼を解く一同。

「私の顔を見た者は、将軍以外は初めてであろう。私がこの帝国の指導者、ガラーガ=セヴェルスである。ここに立つ諸君には、共通する出自がある。それは全員が下層階級出身であるという点だ。そして脱落していった者達の様に、命を落とすこと無く、今ここに立っている。私は待ち望んでいた。諸君の様な才気あふれる猛者を。諸君には全てを与えた。戦場で生き残るすべを。剣を。矛を。斧を。槍を。破壊の魔法を。癒しの魔法もだ。そして諸君は今、一個の軍団と呼べるだけの力を持った。大いに誇ると良い。」

(ながーい。それにたいくつー。)

(だからといって俺にテレパスでボヤくな。そろそろ本題だ、少しは真面目に聞いておけ。)

(ふぁーい。)

「以前、初代皇帝の書庫から、ある記録を見つけた。それは、皇都より北方にある山中に古代遺跡に似た扉が発見された、という冒険家の調査報告だった。初代皇帝は調査団を組織して北方に派遣した。だが、扉は固く閉ざされ誰も開ける事は出来なかった、という。その後、北方に怪物が多数出現した事で扉の存在も忘れられてしまった。しかし、先日北方の怪物掃討が終結を見た事で、軍団兵が興味本位で扉の調査を行った。その扉は開いていたそうだ。」

ガリウス将軍始めとする上級士官達は身じろぎせず、沈黙を保ったまま皇帝ガラーガの話を聞く。約一名を除いて。

(zzz・・・)

「扉の事実を知った指揮官は、数名の部下を連れて扉の奥へ調査に向かわせた。が、誰一人戻る事は無かった。その報告を受けた俺は、50人規模の部隊を組み再度調査に向かわせたが、今度もまた生還者はいなかった。」

ガラーガは台に置かれた水瓶の水を一飲みすると再び話を続ける。

「そして今、50人の調査隊を行う。これが本題だ。向かう者は俺の右手の方へ、拒むものは左手の方へ集まれ。拒否は諸君の自由だが定員に未達の場合は俺の独断で決定する。」

各人は、それぞれの思いのまま、2つに分かれていく。

(リスクに合わない選択はしない。今は拒否の選択を・・・ってフレイっ!」

ライルの目先には、参加側でスヤスヤと立ち寝するフレイの姿があった。

「お前、まだ寝てたのか!」

ライルは慌ててフレイを揺り起こす。

「んにゃ、終わった?」

「終わったじゃない、さっさと移動するぞ。」

「時間だ。ガリウス将軍、人数を確認してくれたまえ。」

「承知しました。」

「えっ・・・。」

呆然とするライル。

「参加50名。辞退65名。間違いありません。」

ガリウス将軍の返答に拍手で答える皇帝ガラーガ。

「さすがだ、君の部下は実に優秀だよ。」


参加者には後日説明が行われるとされ、式典は終わった。

「ふぁー、やっと終わったぁ。」

大きく伸びをするフレイの足元で、ライルは頭を抱えてうずくまる。

「うん、どうしたのかね?ライル=オルトロス中佐。」

「どーしたじゃねーだろ、どうしてくれるんだ逆に!」

「いつものクールな君はどうしたのかなぁ。いくら入場を許された上級士官とは言え、大声上げるのは良くないと思うよ、我輩は。」

「お前、たぶん状況を何にも判ってないだろう?」

「ん、何のこと?」

「おお、ここにいたか二人とも。」

ライル達の前に手を振って現れたのは、ガリウス将軍だった。

「あ、パパだ。パパ~。」

両手を振って答えるフレイ。ガリウス=ヴァルザックは、これまでにも多くの戦士を育ててきた人材育成の達人であった。行き場のない孤児たちの中から才能のある子供を引き取り、

養子として迎える事で彼らの後ろ盾となり、怪物退治という仕事を与えてきた。フレイは、彼の人生の中において最高の自信作と言える戦士だった。ガリウスは、義娘を抱き寄せるとライルに言う。

「まさか、お前まで参加するとはな。」

「言わないでください。」

ライルは目を逸らし、吐き捨てるようにボヤく。

「ねー、パパ。古代遺跡の扉の奥って何があるの?」

「しっかり聞いてるじゃねーか、テメー!」

「実は私も情報が掴めておらんのだ。しかも前回全滅した50人は下級士官といっても実力では全体でも上位の武官だった。よほどの怪物でなければ全滅は考えにくい。」

「皇帝陛下が何かを隠していると?」

「滅多な事を言うな、ライル。陛下は兵士の生命を大切に考える方だ。だからこそ、現在最強と考えうるお前たちに託したのだ。セヴェルス王国打倒という悲願を胸に秘めてまでも。」

「じゃあ、フレイ思いっきり暴れて来ていいよね。」

「ああ、もちろんだとも。楽しんで来なさい。」

「ひょっとして、俺必要ありませんでした?」

「いや、定員不足の時はお前を第一候補に推薦する予定だったが?」

「・・・長生きするよ、将軍。」

かくして帝国軍精鋭上級士官50名は、北方の死地へと旅立つ。


一方、セヴェルス王国。こちらは、地方豪族が諸侯と名を変え実質的な貴族政による政治体制によって治められていた。中でも、エグソン公、シェイブロン公、タルジーズ公、フィリップス公による『四公体制』は強固あり、国王の意見を通させる隙を微塵も見せる事は無かった。先帝の時代より、大規模農園により収益を得てきた東方諸侯には帝国に対する不満を常に持ち続けていた。15年前身分制度変革を唱えるガラーガに対し、危機感を持った諸侯はナルキスを抱き込みついに決起する。ガラーガ暗殺未遂事件である。若い理想主義者のナルキスを篭絡する事など、老獪な四公にとって大して難しい事では無かった。四公にとって一番の課題は怪物出現等による治安の悪化、そして帝国による東征の可能性であった。全長約2000キロメートル、最短の川幅でも約30キロメートル、大瀑布近辺の河口付近に至っては優に100キロメートルを超えるとされるこの大河は、帝国の軍事力でもって渡航する事は容易では無いとされていた。しかし、需要と供給がある限り物流は動く。東からは主に食糧や奴隷が、西からは主に出世街道から外れた軍閥貴族達が流出するようになっていった。国王にとっても、西の洗練された文化に再び触れる事は大きな喜びになった。ナルキス国王は決して無能では無い。むしろ、家臣の意見に耳を傾け反省をする良き心を持つ国王だった。しかし、家臣の意見に流されやすい、という面においては致命的に無能であった。

こうして、セヴェルス王国内は『四公派(メジャー)』と『軍閥貴族派(マイナー)』に分かれ熾烈な権力闘争が巻き起こるのだった。

 セヴェルス王国、王宮内。数多くある会議の間の一室。議長席に座るのは、白髭を蓄えた老人。杖を持ってはいるものの、その目は未だ現役である事を伺わせる。彼の名はモーリス=エグソン。齢75にして四公の中では最大の発言権を持つ、王国の重鎮である。

卓を囲み、それぞれの席に着く四公のメンバー達。

「タルジーズ公。父上はどうされた。」

モーリスの重みのある声に、タルジーズ公と呼ばれた青年は恐縮しつつ答える。

「はい。先月から父は体調が優れず家を出ることもままならない状態であり、若輩でありますが、私ジョダーユが代行として参上した次第です。」

「そうか。如何に魔法が発展しようとも当人の不摂生を治す魔法など存在せぬ。今のうちに父上から学んでおくことだな。」

「はい、お言葉ありがたく受け取らせていただきます。」

「シェイブロン公、フィリップス公。貴殿らの体調はどうか。」

呼ばれた二人もまた、どちらも中年太り特有の大きなお腹を抱えていた。

「私も最近はワインの量が減りまして、歳には勝てぬものですな。」

「同じく、書類への押印にも手が震えてしまい・・・お恥ずかしい限りで。」

「ご子息に家督を譲る予定は?」

「いえいえ、まだまだ勉学の身でありまして。」

「私の息子も、まだ時期早々かと。」

「私は今日の会議を持って、四公を引退する事にした。」

モーリスの発言に一同は愕然とする。

「突然、何を言われるのですか!」

「そもそもご子息は数年前に事故でお亡くなりになっていたはず。後継は決められたのですか?」

「どうかお考え直しください。エグソン公。」

「私の役目は終えた。これからは若者の時代。」

モーリスは手を叩く。扉が開き、中に入るのは一人のドレスを着た若い女性。

「こんにちは、皆さま。」

「キャサリン嬢!?」

「エグソン公、本気ですか!」

「キャサリン、君が?!」

モーリスは席を立つと、キャサリンに席を譲る。

「お爺様、いえエグソン公爵は言われました。『これからは若者の時代』と。なので、マイケル=タルジーズは、この輪の中に入ります。でも、シェイブロン公、フィリップス公、あなた方二公は、私の考える輪の中に入りません。それはあなた方の愚息も同様。私の最初の仕事は、この四公の輪を解体する事です。」

「何を馬鹿げた事を。如何に我々とて、単独で軍閥貴族らと抵抗できると思ってか!」

「抵抗?私にはそのような考えはございませんわ。」

「では、どうするつもりかね、キャサリン嬢。」

「吞み込みますわ。全て。」

「全く話にならん、奴らが我々と手を組むというのかね。」

「私と、なら別ですわ。」

キャサリンは同様する3人を尻目に席を立つ。

「もう良いのかね、キャサリン。」

「ええ、お爺様。これが私の最初で最後の“四公会議”です。」

そう言い終えると、二人は従者と共に部屋を後にする。


「キャシー、待ってくれ!」

マイケルは、キャサリンの後を必死で追いかける。

「あら、マイク。」

「あら、じゃないよ。一体どういうつもりなのか教えてくれよ。」

「貴方が小さい頃からお父様の事業を継ぐために努力を重ねてきた事は、私も良く知っているから爵位剥奪なんてならない様忖度するから心配しなくていいのよ。」

「そういう事じゃなくて、君の本心が知りたいんだ。」

「マイク、軍閥貴族の子息たちと交流を持った事は?」

「王命で禁止されているんだ、出来る訳ないだろう?」

「じゃあ、私兵隊長や、農園で働く奴隷とは?」

「それは僕の仕事じゃない。」

「私は話したわよ。少なくともエグソン領に住む人々とは。」

「何でそんな危険な真似を!」

「そうね、危険よね。でも兵士や奴隷はその危険が日常。そして軍閥貴族は、彼らの不満に巧みに入り込もうとしている。」

「まさか、王国の乗っ取りを!?」

「声が大きいわよ、マイク。貴方が小心者なのは昔から知っているけど、生真面目な性格なのも知っている。だから先に釘を挿しておく。言い寄って来る連中に気を付けなさい。今は仕事に集中するのが一番かもね。」

「君は何をする気なんだ。僕だって男だ、君を守りたい気持ちはある。」

「その気持ちだけ頂いておくわ。じゃあね、マイク。」

立ち尽くすマイクに後ろ髪惹かれる事無く、彼女は次の目的地へと向かう。


エグソン領中心都市マデリーン。セヴェルス王国と言うが、王領と呼べる土地は王宮を中心としたごくわずかな土地であり、王国の大半は四公による統治であった。中でもエグソン領は北部を中心に気温の安定した穀倉地帯を手にしており、地方豪族時代から東部最大の領土を保有していた。当然、このマデリーンも王国最大の人口を誇る都市として発展を続けていた。キャサリンは、配下の護衛を連れ、ある場所へ向かう。“冒険者ギルド”である。東西の違いはあれども、怪物の類は時に平和に暮らす人々の生活を脅かす。四公はそれぞれ私兵を招集する手段としてギルド設立を選択した。つまり、王国には四つの冒険者ギルドが存在するのである。キャサリンは、特に気後れする事無く兼業となっている酒場のカウンターに進む。カウンターの奥には店主らしき禿頭のいかつい体格をした男の姿が見える。男は、キャサリンを見つけると、軽く会釈をする。

「ご機嫌麗しく、お嬢様。」

「堅苦しい挨拶は不要、と言わなかったかしら、ゼノス。」

「しかし、その様なドレス姿で来店されては、こちらも礼を示すべきというもの。」

「嫌だ、私のした事が。」

「時にご用件は?」

「シュロスは、どこに?」

「あいつなら裏庭で新入りの稽古つけていますよ。」

「ありがとう。」

そう言い残すと、キャサリンはそそくさと裏口へと足を進める。

「そらそら、もっと攻めて来い!」

一人の若者が、無精ひげを伸ばした男と模擬戦を行っていた。

「うらぁっ!」

若者が大きく振りかぶり、男の頭上目掛けて剣を振り下ろす。しかし男はそれを交わすと、若者の横に並んで立ち、その剣の柄を鷲掴みにする。

「そらよっ!」

男はそのまま若者の手首を捻り投げ飛ばす。痛みに耐えきれず剣を手放す若者。

「お見事。」

キャサリンは、拍手を送り二人を称賛する。

「お嬢様?!」

「おや、キャシーちゃん。おめかししてどちらまで?」

「帰り道よ。稽古の方はお終い?」

「そうだな。コイツの手首ちょいと捻ったから、少し休憩するわ。」

そして二人は酒場に戻る。

「こんなテーブル席で良いのかい?」

「その方が護衛の目利きが通るらしいわ。」

「確かに、襲撃するには難しい位置取りかもな。」

「シュロス、私始めるわ。」

「ついに来たかぁ。ねぇ、もう少し考え直さない?」

「無理ね。」

「即答かい。」

「私がここへ来たのは、その事を伝えるのともう一つ、貴方に貸した恩を返して貰う為。」

「今度はどんな化け物退治ですかい。」

「東の障壁が開いた可能性が高い、との報告があったわ。近辺にはあの「黒の一団」の潜伏する領域がある。となれば、東からの調査隊と彼らが接触する可能性が高い。」

「で、俺は何をすれば良いのかな?」

「東からの使者を王国側に引き込みたい。貴方も東に戻れるチャンスになるでしょう?」

「確かに好条件だけど、オレが居なくなってキャシーちゃん寂しくならない?」

「全然。」

「迷いの表情すら出しませんねぇ、お嬢様。」

苦笑するシュロスに対し、キャサリンは続けて答える。

「シュロスという戦力を失うのはとても痛手です。しかし、元々この争いはあなたとは縁のない争い。巻き込むつもりはありません。」

「そう言ってくれるのは助かるけどよ、一つ聞いていいか、お嬢様。」

「どうぞ。」

「そこまでして、女王になりたいのか?」

「誰が女王になるといいました?」

キャサリンは席を立ち、去り際にシュロスに対し軽くウインクをする。

「私が目指すのは、フィクサー(黒幕)ですわ。」

「あ、・・・そう。」

「テレポート用の魔術師を手配します。その先で、案内役の奴隷に従って森を行きなさい。では、ご機嫌よう。」

(絶対、オレを東に帰す気無いだろ、このアマ。)

 こうして、老獪さで四公をまとめ上げ、王国に安寧と発展をもたらしたモーリス=エグソン公爵は隠居を宣言し、その孫娘であるキャサリン=エグソンが後を継ぐことになった。王国はこの若きフィクサーを中心に、老人の国から若者の国へと大きく変貌を遂げる事になる。


そして、クロード一行は古代遺跡の扉をくぐり、長い階段を下りていく。

クロードはウィスプを召喚し、周囲を見渡す。

「足元に気をつけて。水気が多いから滑りやすい。」

ゆっくりと階段を下りた先は、大広間と呼べるほどの広さの空間。

「クロード殿。壁に矢の当たった痕跡がある。恐らく、長の軍勢、ここで戦った。」

「しかし、矢も死体も無いという事は回収されたのかな。」

「死霊術で全員衛兵にされた可能性がある。用心した方がいい。」

セラの助言に従い、慎重に次の扉を開ける。

次の部屋からは、骨戦士との戦いが続いた。骨戦士との戦いは、剣や弓といった急所を狙う武器との相性は最悪である。結果的にここでの戦闘の主役はイズとなった。

「おっしゃー、完勝!」

「また雑兵相手に喜んでいる。」

「そこで変な燃料投下をするな、セラ。」

倒した骨の残骸を丹念に調べるジャムカに対し、クロードが問いかける。

「何かありましたか?」

「先代の長の遺品があれば、と思い探しております。ジャーダ様には長との思い出が少なかったですから。」

「そうですか。ボク達で手伝える事があれば、声を掛けてください。お手伝いします。」

「ありがとう、クロード殿。」

「それにしても思ったより手応えが無いね。どう思う?クロード。」

「何とも言えませんね。正直戦っているのはイズ一人だけですし。」

「俺様が強いだけに決まってるっしょ、姐さん。」

「誰かこいつの口をふさげ。うるさくてかなわない。」

「まぁまぁ、セラちゃんも落ち着いて。」

そして一行は最下層と思われる巨大な壁画の描かれた大広間に出る。

その中央に立つのは一体の巨大な怪物。

「この部屋だけ、随分と天井が高い。正面の怪物がここの守護者かな。」

「図体だけデカい耐久力オバケってところだろ、どうせ。」

「やっとぶっ放せる。一撃で終わらせる。」

「壁画の内容が気になるところだね。でも今は戦闘注視。」

「皆さん、回復は任せてくださいねー。」

最後に無言で頷くジャムカを見たクロードは号令をかける。

「全員、攻撃開始!」

「氷の拳撃(アイス・ナックル)!」

最初の攻撃は、イズの拳から始まった。怪物の脇腹をえぐり取るほどの衝撃だったが、その傷は瞬く間に癒えてしまう。

「野郎、再生能力(リジェネレイション)持ちか!」

「なら、その前に滅ぼす。」

セラが一歩前に出て、呪文の詠唱を始める。怪物が阻止せんと突撃を掛けるも、クロードの大剣がこれを喰いとめる。

「まだ、メインディッシュは出来ていませんよ。お客さん!」

「グオォォォ!」

「我、汝の罪を罰する者なり。地獄の業火より生まれし鎖、汝に罰を与えん。鎖よ拘束せよ!」

セラの指先から地獄の業火をまとった鎖が、蛇のようにうねり怪物を拘束していく。

「と、これならボクの出番はここまでだな。」

クロードは慌てて怪物の近辺から走り去る。

「業火の鎖よ、咎人を締め付けよ!骨の髄まで焼き尽くせ!」

苦悶の声を上げ、のたうち回るも鎖は決して怪物を離すことは無い。

「割とエグくね?この呪文。」

「今一番彼女の不興を買っているのは自分だと知っておいた方がいいよ、イズ(笑)。」

「え?」

「爆ぜよ、業火の鎖(チェイン オブ ヘルファイア)!」

セナが詠唱を終えると同時に鎖は爆散し、怪物は木っ端微塵となって消えていく。

「きゃー、セナちゃんカッコ良かったですぅ。」

「姉、お前も仕事しろ。」

ジャムカは、怪物の爆心地で何かを手にする。

「クロードさん、ありました!長の持っていた護符です。」

「良かったですね、ジャムカさん。これでジャーダさんに良い報告が・・・。」

ジャムカが掲げたのは、赤子の頭の大きさほどの黒い立方体だった。

「何か禍々しくね?」

「明らかに怪しい。そもそも爆心地に残る程の重さには見えない。」

「除霊した方がよろしいのでは?」

「本当に護符だったらどうする気だ、ソニア。やめておけ。」

「ジャムカさん、その手にあるのは本当に護符なのですか?!」

クロードが問いかけた瞬間、黒い立方体がジャムカを呑み込んでいく。

「う、うあぁぁぁぁっ!」

唖然とする一同。ジャムカの肉体を呑み込んだ立方体は、再び同じ肉体を持った怪物へと変化する。

「何が起きたんだ?」

再び目にした怪物を前にイズが呟く。

「怪物の本体はあの立方体だった。そして、近づいた相手の欲しいものと誤認させ、手に取ることで再び肉体を手に入れる。なかなかに優秀な守護者だよ。」

「ならもう一度焼き尽くす。」

「いや、ボクがやろう。セナ、君には無理だ。」

「さっきの力を見ただろ、クロード。私なら一撃で奴を屠れる。」

「さっきと同じ集中が保てるなら、ね。でもボク達はジャムカが取り込まれるのを見てしまった。さっきまで仲間だった人を。だから、リーダーとしてボクが眠らせる。」

「それならお前だって同じだろ!」

「いいから見てな、セナ。」

「ミレイさん。」

「冒険者は、時に非情な選択に迫られる。優柔不断な性格のリーダーではパーティーを全滅に追いやる事だって多い。私がアイツとパーティーを組むのは土壇場での判断に秀でているから。イズを見てみな。出しゃばりなアイツも邪魔はしない。」

「・・・分かりました、見届けます。」


クロードは大剣を抜き怪物に斬りかかる。しかし、イズの時と同様、瞬く間に傷は癒えていく。

「能力はさっきと同じか。なら!」

一度、怪物との距離を取ったクロードは、手にした大剣を敵の頭上目掛けて放り投げる。そして大剣を指差し、命じる。

「行け、ズウォード!」

ズウォードと呼ばれた大剣は、空中で一度制止すると、意思を持つかの如く、怪物の頭上に突き刺さる。

「グオォォォ!」

その痛みに耐えかね、苦悶の声を上げる怪物。しかしクロードに襲い掛かろうとするも、その都度、大剣が雷を発し怪物を足止めする。その合間に、クロードは、両手を合わせ呪文の詠唱に入る。クロードが一言ルーン発する度に大剣が雷を発し怪物を貫く。

「雷が、渦状に・・・何の呪文なの。」

「オレも知らねぇ。言えるのは、あの大剣には自我があるって事だけさ。」

「そろそろ伏せろ。来るぞ。」

「来るってなに・・きゃっ!」

全員が伏せるのを見計らったかの様に、クロードは呪文を発動する。

「解放せよ、ズウォード。雷撃の渦(ヴォーテックス・ライトニングボルト)!」

大剣が光り輝き無数の雷が怪物を貫く。

「こっからが本番だ、セナちゃん見ておきな。」

「クロードの身体が、金色に輝いている・・・。」

クロードの指先がタクトを振るうかのように空を切る。

「ファースト タイム。」

乱反射する雷光が再び怪物の身体をえぐる。

「セカンド タイム、スリー タイムズ、・・・」

クロードが指先を振るう度、怪物に乱反射した雷光が突き刺さる。

「魔法が途絶えない・・・。」

「あの呪文は、本来はもっと強力な呪文だ。だけどオレ達がいるからアイツは力を抑えて怪物の命を削っている。怪物とはいえ、さっきまで仲間だった人を。オレには出来ない。でもクロードやミレイ姐さんは出来る。だから、セラちゃんもアイツを信用してやってくれないかな?」

「私が信用していないのは、お前であってクロードでは無い。勘違いするな。」

「せっかくいいフォローしたと思ったんだけどなぁ・・・。」

「お、お気持ちはちゃんと通じましたから、気を落とさず、ね?」

何度目かの雷光の攻撃の後、ついに怪物の膝が崩れ落ちる。

「これは返してもらうよ。戻れ、ズウォード!」

クロードの声に応じ、大剣は彼の手に戻る。

「集え、雷よ。ズウォードの元に!」

大剣に乱反射を繰り返していた雷が収束し、大剣が白い輝きを放つ。

「うぉぉぉっ!」

クロードの放った一閃、怪物に耐える力はもはや残ってはいなかった。

怪物は崩れ去り、再び黒き立方体に姿を戻す。

ズン!

容赦ないクロードの突きが立方体を粉砕する。

「終わったよ、皆。」

「お疲れ、兄弟。」

「お疲れさん。」

「さっきは出しゃばった事言って、・・・反省してる。」

「お怪我は無いですか?何もお手伝いできず、すみません。」

「ハハ、大丈夫ですよ。ソニアさん。セラさんも、見届けてくれてありがとう。」

ミレイは壁画を眺めてクロードに問いかける。

「クロード、これ何の絵だと思う?」

「甲冑を着た兵士ですかね。戦いの様子に見えますが。」

「こっちの甲冑兵は長い筒みたいなもの抱えているぜ、何だコレ。」

「こっちの絵はお船らしきものが描かれています。でも帆も櫂もありません。」

「この球体の絵は何だろう。水晶球のようなものだろうか。」

しばしの時の後、壁画が揺れ下に沈み込んでいく。

「ここが宝物庫・・・」

「いや、目の前にあるの、どうみても棺だろ?」

「暗くてよく見えないな、クロード、ウィスプ出せるか?」

「はい、ミレイさん。・・・魔法が使えない?」

「松明付けましたわ。」

「ありがとう、ソニア。棺、開けてみるか?クロード。」

「はい、お願いします。」

しばしの時間、棺を調べるも全く動く気配が無い。

「無理だな。コレは。」

「収穫無しなのは心残りだが、仕方ないか。」

残念がるメンバーを前にクロードが言う。

「皆、一度宝物庫の外に出てくれないかな。試しておきたい事があるんだ。」

「ん?まぁ、お前がいうならいいけど。」

「ありがとう。じゃあ、他の皆も。」

全員が外に出ると、まるで確認したかのように壁画がせりあがる。

「お、おい本当に大丈夫なのかよ!」

「た、たぶん(笑)」

「たぶんじゃないだろ、おいクロード!」


閉ざされた宝物庫。

「呼んだのは君かな。ウィスプが消えた時に感じた。」

クロードは大剣を抜き、棺の前で様子を伺う。

「そう、呼んだのはワタシ。」

すると棺の蓋が動き、ウィスプが周囲を照らす。

棺から現れたのは一糸まとわぬ姿の一人の少女。

絹のごとき白い肌と腰まで届く白い髪。そして揺らめく炎に似た紅い瞳は、彼女が人ならざる存在である事を明確に示していた。しかし、クロードは思わず息を呑む。

(綺麗だ。)

「ワタシの名はアニマ。」

そういうと、少女はクロードに手をさし伸ばす。

クロードは微笑み、少女の手を取る。

「ボクの名はクロード。“大剣のクロード”って呼ばれている。ご用件をお伺いしましょう、アニマさん。」


今日はここまで。ではまた次回、お会いしましょう。

私の名は≪アンノウン≫。誰も知らない物語を語る、語り部よ。

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