第36話 収録
「すみません、解決しました」
「よかったです。それじゃあ始めましょう」
「改めて、よろしくお願いします」
しろねこがそう言い、他の四人も一緒に一礼して挨拶をする。
さっきのリハーサルより人が増えたような気がしていた。スタッフというより、何かの視察みたいな雰囲気の人もいる。
「どうせ名前だけだろ?」
「歌も顔も悪くないんだけどね……」
「顔に関しては出さないって言ってるんだから。厳しいだろうね」
「snowdropのプロデュースだから、下手なものは見せられないだろうけど……所詮素人。これが見納めかな」
偶然にも、玲人はそう話しているスタッフの声を聞いてしまった。何様のつもりだと思ったが、立場は明らかに向こうが上なのだから、仕方ないと割り切った。
特にこういう場は、見ている人全員がファンなはずがない。そういう怖さもある。
それでも、やれるんだってことを少しでも見せつけないと、気が済まない。このスタッフだけじゃなく、所詮歌い手なんてと見下した記者も、何も知らずに暴言を吐くアンチも、自分の考えが恥ずかしくなるくらいに見返してやりたい。玲人はそう思った。
それは言い過ぎかもしれないが、口に出さなければそれくらいがちょうどいい。
「はいじゃあ行きまーす」
スタッフの合図でもう一度心臓の音が聞こえるくらいまで空間が静まった。
それから曲が流れ始め、sextet clockの初めてのステージが始まった。
目いっぱいの眩しいライトと、響き渡る歌声、集まる視線、全てが気持ちいい。
なぜかいつもより体が軽く、練習以上のやりやすさ。いい意味で変なバフがかかったみたいな感覚。本番に強いだけじゃ言い表せないほどの変化。もちろんいい意味だ。
そのおかげで、玲人は余計にステージが楽しく感じた。
そして、ステージからそれを見ている人を見る余裕もあった。
見ていたスタッフも、あの色々言っていた人たちも、驚いて言葉が出ないといったような表情をしている。
さらにその後ろに、先ほど収録をしていたvivid gemの一人が見ていた。顔を見ただけで名前が出てくるほどではないので誰だかはわからないが、彼も目を輝かせてステージを見ていた。
初めてのステージはこうしてあっという間に終わった。
「はいカット。確認します」
余韻をたっぷり残して、収録が一旦終わった。
珍しく玲人は息が上がっていた。久しぶりに全力でやったな、という印象だった。
「Aria大丈夫?」
「大丈夫。楽しかった」
「僕も楽しかった」
玲人はこはくとそう言葉を交わす。
そして数分後、確認が終わり、収録は一発で終わった。
「お疲れ様」
「よかったよ」
「さすがに頑張っただけあるね」
控え室に戻ると、白夜、夕真、碧空彩がそれぞれそう言って五人を労った。
玲人自身も、気持ちよくやれたし、反応を見るになかなかの出来で、少しは見返せたのかなと思った。
「どうでしたか? 今日の僕たち」
「そうだね……完成度はなかなか良かったよ。放送が楽しみだね」
「よかった……」
こはくは白夜にそう言われて安心したようだった。
「逆にどうだった?」
「僕は……楽しかったです。みんなに助けられて、ここまでできるようになって、ライブも頑張ろうって思いました」
「そっか。頑張って」
白夜はこはくの思いを聞いた後、他の人にも同じことを聞いた。
「オレはまあ、無事に終わってホッとしてるって感じっすかね。上手くできてたなら、よかったです」
「ボクは、色々あったけど……なんとかできて、よかったです」
「俺は、久しぶりに全力出したって思えるようなステージでした」
「ぼくは……まあ、楽しかった」
「うん。いいね。そう思えたなら、これはいい経験になったと思う」
シキ、さくら、玲人、しろねこの順でそれぞれそう言った。
「次はいよいよライブだから、ここからはそれに向けて頑張っていこう。とりあえず、今日はお疲れ様」
「まっすぐ帰って、ゆっくり休んでね」
白夜と夕真がそう締めくくり、これにて解散となった。
衣装を片付けたり、そういうのは白夜と夕真を中心としてやるから、他は早く帰っていいと言われ、建物を出た。
辺りはすっかり暗くなっているが、さすが都会なだけあって、人通りや車通りは多かった。
「あの、」
駅まで全員で行って解散しようと話しながら駅に向かおうとすると、建物を出たところで誰かがそう呟いた。その声は五人と碧空彩の誰のものでもなかった。
その声の方を振り向いてみると、そこにいたのは一人の少年。ただの少年ではなく、それはさっきの収録でsextet clockのステージを見学していたvivid gemの一人だった。
「ああ、さっき見てた」
しろねこはすぐにそう返した。
「はい。vivid gemの
「リーダーだったよね」
「あ、はい。よく知ってますね」
「まあ、ぼくは白夜たちと付き合い長いから。虹プロのことはよく知ってるよ」
「そうなんですね」
しろねこ側が業界へは新人のはずだが、なぜか向こうだけが敬語を使っていることに玲人は違和感を感じたが、二人が何も言わないのでこのまま見届けるしかなかった。
「あ、ここまで話して今更だけど、ぼくはsextet clockのしろねこ。よろしく」
「よろしくお願いします」
そういえば、としろねこは思い出したようだった。本当に今更すぎる。
「さっきの収録、すごかったです。なぜか惹きつけられるというか、目を奪われるみたいな。それくらい、いいパフォーマンスだったと思います」
「ありがとう。そっちもすごかったよ。さすがオーディションで選ばれただけあるね」
「僕たちも、日々努力しているので」
「だよね」
今セククロは、vivid gemのリーダーに褒められたということだ。それに気付くのに少し遅れたが、それに加えて驚きのあまり反応ができなかった。まさかそんなことを言われるとは、想像もしていなかった。
「よければ、これからも一緒になることがあるかもしれないので、連絡先交換しませんか」
「ぼくでよければ」
「センター同士ってことで」
「わかった」
そして二人は連絡先を交換した。
「じゃあ、またどこかで」
「今度連絡しますね」
「うん」
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