第35話 リハーサル
vivid gemの収録が終わると、次はsextet clockの番だった。
一度控え室に戻った後、スタジオの準備ができてからもう一度同じスタジオに入った。
セットは何も変わっていない、同じステージ。まだ光が当たっていないからか、さっきとは別物に見える。
そんなポエムのようなことを思っている暇もなく、リハーサルが始まった。
まずはそれぞれの位置の確認。これは他の機材の準備をしている間に、自分たちでやろうという話になった。
何度も練習してはいるが、場所が変わったからか、なんだか雰囲気が違う。
平らな床と、少し上がったところにあるステージでは多少違うというか……
そもそもこんなに周りに人がいて多少なりとも見られていることが久しぶりなので、そういう意味でも違和感を感じているのかもしれない。
基本的な立ち位置はセンターがしろねこで、その右が玲人、こはく、左がさくら、シキという順で並ぶ。そしてそれぞれの歌うパートになれば真ん中やライトが当たる方などの目立つ方に移動する。
玲人とこはくは、曲のパート分けでもセットのところが多いので、ダンスもセットのところが多い。だから色々個別に教えていたこともあった。
一通り立ち位置を確認し終えると、イヤホンのようなものとマイクを取り付けられ、それが終わるとスタジオが一度静まり返る。
「はい。えー、リハーサル始めていきたいと思います。よろしくお願いします」
おそらくここで一番偉い人がそう言った。
すると、ステージの下から別のスタッフの人がしろねこにマイクを手渡す。
「初めまして、sextet clockのしろねこです。こっちがAria、こはく。こっちがさくら、シキです。今日はどうぞよろしくお願いします」
しろねこは他のメンバーを指しながら一人ずつ紹介し、そう挨拶をした。
これは毎回やっているのか、今回初めてだからなのかわからないが、玲人はしろねこの挨拶に合わせて一礼しておいた。
それからカメラ、音源、マイクの確認を兼ねて、リハーサルが行われた。
今回は凝った演出もそんなに無いと聞いているので、おそらくこれが本番に一番近い。そう思って、玲人はもっと緊張してきてしまった。期待もあるが、それどころではない。
曲が流れ始めれば、自信を失っている場合ではない。玲人の場合は特にそうだ。唯一の踊り手として、下手なものは見せられない。リハーサルなのでそんな本気になってやる必要はないが、気持ちだけはそんな気持ちになっていた。
初めて自分の声がマイクを通して空間に響く感覚、カメラという誰が見ているのかわからない恐怖、曲に合わせて変わるライト、レーザー。そんな雰囲気は今まで感じたことがない、異様だった。
「はい、オッケーでーす」
「ありがとうございます」
一曲を通して、みんな緊張しているのか、やはり変な感覚ではあった。でもそれはこのリハーサルで随分改善されたような気がした。
「やばい……緊張で動かない……」
控え室に戻る途中、こはくはそう呟いた。
「いや、案外大丈夫そうだったよ」
「ほんとに?」
「うん」
「じゃあ……大丈夫か……」
これは励ますための嘘ではなく、実際にこはくは緊張でガチガチには見えなかったからだ。
それから控え室に戻り、衣装に着替えた。
やっぱり自分の衣装があるというのは嬉しかった。顔出しをしないということで、画面のピントが合っていない状態のような画面で放送されることになるので、衣装がちゃんと放送に映るかどうかはわからない。つまりただの自己満だ。
玲人は自己満で十分だと思っている。踊り手も、アイドルも、玲人は自己満でやっている。
衣装に着替えて、いよいよ収録本番を迎えた。
「ねえさくら」
音源とマイクをもう一度確認し、最終確認をしている最中、しろねこがさくらに声をかけた。
「大丈夫?」
「えっと……?」
「腕」
「あ、なんか痛いんだよね……」
「そりゃ、血出てるしね」
「血!?」
そう声を上げてさくらが右腕を見ると、確かに血が出ているのが見えた。
「でもそんなに出てない。大丈夫」
「ならいいけど……衣装は直さないと。予備なんてまだ用意できてないし」
「た、確かに……」
血が出ていることに気を取られていたが、よく見たらちょうど傷がある部分の衣装の袖が何かに切られたように破けていた。しかも、衣装は急に早めに作ってもらったというのもあって、予備用なんてものは用意できていなかった。でも、このままにしておくわけにもいかないだろう。
「すみません、ちょっと問題が発生して……五分くらいお時間貰ってもいいですか」
「わかりました」
しろねこが現場を仕切るスタッフにそう話をつけ、収録は一旦止まる形になった。
するとすぐに碧空彩が青い小さなプラスチックの箱を持ってきて、それをしろねこに渡した。
「ありがと」
その箱の中身は簡易的な裁縫セットだった。
「今はとりあえずこれで見た目誤魔化そう。映像が鮮明じゃなくてよかったよ」
「あ、ありがとう」
しろねこはテキパキとしろねこの袖を繋げていく。
「でも、何で破けてるの? 何か引っかけたりした?」
「いや、そんなことは……」
「そっか」
まるで何か鋭いもので切ったように、袖は綺麗に破けていた。衣装合わせの時はもちろんそんなことはなかったので、運んでいる最中に何かあったのかもしれない、と玲人は思った。
「そういえば、さっき来る時誰かぶつからなかった?」
「あ……あったね、そんなこと」
「なるほど……あの時か」
シキが思い出したことは、さくらにもしろねこにも覚えがあった。確かに玲人にも、そんなことがあったような気がする。事実のようだが、ぶつかったから何があったのかというのは考えつかなかった。
「よし、できた。ほつれるかもしれないけど、一曲分だけ我慢して。終わったらちゃんと直してもらおう」
「ありがとうしろねこ」
しろねこが一時的に直した縫い痕は、手縫いにしては綺麗にできていた。
「何でそんな都合よく裁縫セットなんて持ってるの?」
玲人は少し気になって、しろねこにそう聞いた。
「まあ、結構便利なんだよ。ライブの時はよく持ってる。急にほつれが気になったり、新しい服のタグが付けっぱなしだったり、ボタンが取れかかってたり……色々あるからね」
しろねこは裁縫セットを碧空彩に渡し、代わりにティッシュと絆創膏を受け取りながらそう答えた。
そしてさくらの傷口についた血をとりあえずふき取り、絆創膏を貼って、応急処置を終えた。
「じゃあ、一回集まろう」
しろねこがそう声を掛け、ステージの中央に全員が集まり、円陣を組んだ。
「こはく、よろしく」
「えっ、あぁ……」
こはくは急に振られて戸惑っていた。どうやらしろねこはこれをやるという話をしていなかったようだ。そういえばやってなかったと今思い出したようだ。
「初めてのステージ、全力で、成功させよう。頑張ろー!」
「おー!」
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