第33話 衣装合わせ

 そして土曜日になった。


 今日は朝から事務所に集まって、予定通り衣装合わせをすることになっていた。ついでにその後、衣装のままでパフォーマンスができるかを確認するためのリハーサルのようなものを行い、何かあればすぐに直して本番に備えるようにするらしい。


「Aria、おはよう」


 駅を出て事務所に向かう途中で、玲人はこはくと合流した。


「こはく、おはよう。いよいよだね」

「うん。ちゃんとした衣装着たことないから、楽しみ」

「そっか。こはくはほんとに全部初めてなんだよね」

「そう。ライブも、テレビも、人前で歌うことも、同じようにネットで活動してる人と仲良くなるのも……」

「えっ、そっから!?」

「だって僕ニートだもん……」

「ニートは関係ないでしょ。むしろその方が活動時間取れて色々できるんじゃないの?」

「いやぁ……配信して、編集して、配信してーってやってたから、他の人と関わることなくて」

「四・五万フォロワーいてコラボしてないとか……ほんとすごいんだな、こはく」

「ま、まあ、三年もやってるし……」


 伸びる手段で一番いい方法は、フォロワーが多い人――大手とのコラボだが、それを何もやらずにここまで来たのはすごいとしか言いようがない。これは何かの才能だと玲人は思った。



 そんな話をしながら、二人は事務所に到着した。


「おはよ、二人とも」


 まず事務所にいたのはしろねこだった。


「もうみんな来てるよ。まあ、全然待ってないけど」

「一応時間には間に合ってるから……」

「うん、大丈夫。まあ、みんなで見ようとは言ってたから、早く行こ」


 しろねこにそう言われ、三人は事務所の奥に向かった。


「おー、来たー」

「こはく、Aria、おはよ」


 事務所の奥に行くと、さくらとシキがそこにいた。


「おはよ」

「おはよー」


 玲人とこはくは二人にそう返した。


「この部屋で待ってるってさ、白夜さんと夕真さん」

「だから、早く行こ? こはく」


 シキとさくらは早速そう言って、催促した。


「えっ、何で僕!?」

「リーダーだからに決まってるじゃん」

「こんな時だけ都合よくリーダーって……」


 こはくはそう言うが、こういう時だからこそリーダーが先頭の方がいいと玲人は思った。


「とにかく、こういう時のためにリーダーがいるんだから」


 しろねこにそう言われ、こはくは渋々両開きの大きめの扉を開き、中に入った。他の四人も後に続く。


「うわぁ……」


 その扉の先の部屋は、ここまで見てきた事務所の部屋より広い部屋だった。そしてその真ん中に、お店にあるような首から下だけのマネキンが置いてあり、それに見覚えのある服が着せられていた。


「すごい……」

「ほんとに立ち絵通り……」


 こはくと玲人はそれぞれそう呟いた。


 着せられていた服は、sextet clockのメンバーイラスト、いわゆる立ち絵でそれぞれが着ていた衣装だ。メインカラーが黒でそれぞれのメンバーカラーが差し色になっている、サイバーパンク風の衣装。それが今、五人の目の前にある。


「実物こんな感じなんだ」

「ちょっとコスプレっぽいけど」

「イラストそのまま衣装にしたらそうなるでしょ」

「それもそっか」


 一方シキとさくらはそう話す。


「どう? 見た目は」


 一通り感想を言ったところで、その様子を見ていた白夜がそう聞いた。


「すごい本格的な衣装で……」

「うん。最初に衣装だけデザインしてもらってて、元々準備はしてたんだけど、テレビに合わせて早めに準備してもらった」

「なるほど……ありがとうございますっ!」


 さくらはコスプレかと言ったものの、気に入っている様子だった。


「というか、こんな部屋あったんですね」

「そうだね」


 他の四人に付いて衣装について話しに行った白夜に代わり、夕真がそう答えた。


「この部屋は、ちょっとした撮影ができるスタジオで。宣材写真とか、MVとか、そのリハーサルとかで使えるかなって思って作った。動画の企画とかで使っていいから、使うときは言ってね」

「あ、はい。ありがとうございます!」


 そんな部屋まで揃っているのか……と玲人は驚いた。


 事務所が入るオフィスビルは大きいはずなのに、ワンフロア丸々を借り上げていて、こんな設備まであって、普通じゃないんだろうなということは薄々気付いてきた。それができるような大企業にも思えないが、実際できているのだから、何かあるのだろうと玲人は思った。



 一通り衣装を確認した後、五人は衣装に着替えてそのスタジオに再集合した。


 着心地としては、袖の端が横に広がっていてボリュームがかなりあって重いという印象。あとはあちこちについている、何のためにあるのかわからない紐をドアに引っ掛けそうで危なかった。というのが玲人の感想だった。


 だが玲人はコスプレダンスでこういう衣装は経験しているというのもあって、デザイン自体に抵抗はなかったし、これが自分だけの衣装だということが純粋に嬉しかった。


「じゃあ早速、リハーサルやっていこうか」


 全員が集まるとほぼ同時に場所のセッティングが終わり、白夜の合図で位置についた。


「いつもと色々違うから、それに慣らす感じで。靴もいつもと違うから、足挫かないように気を付けて。踊りにくい靴ではないから、大丈夫だと思うけど……何があるかわからないから」


 実際のステージサイズやそれに合わせた立ち位置を指示した後に夕真がそう付け加え、その間に準備が終わった。


 それから曲が流れると、練習通りにパフォーマンスのリハーサルが始まる。


 初めての衣装で、新品なのもあって動きにくい部分もあった。だが元々のモチーフがモチーフなので、アイドルっぽい衣装に比べたら全くそんなことはないと玲人は感じた。


 他の四人も思うことは同じのようで、いつもと変わらずに、特にトラブルもなく一曲終えた。


「どう? 衣装の感じは」

「僕は全然大丈夫でした」

「さすがに練習着とは違うけど……大丈夫です」


 こはくとシキは白夜の問いにそう答えた。


 さくらは地下アイドル時代に経験はしてるだろうし、玲人も経験はある。しろねこはわからないが、大丈夫だろうという謎の思い込みがあった。


「逆に、どうでしたか? 俺たちの方は」


 玲人は白夜たちにそう聞いた。今までアドバイスされることはあっても、自分たちから聞くことは無かった。一方的に毎回何かしら言ってもらえていただけだが、今は何も言われなかったので、思い切って玲人は聞いてみることにした。


「逆に、か……どう思う? 夕真」

「僕はよかったと思うよ。練習の成果、って感じで。よくここまで頑張ったな、って」

「確かに。俺もそう思う」

「そうですか。ありがとうございます」


 見ていても、衣装によって変わってしまったことや違和感はなかったようだ。


 事が上手く進みすぎている気もするが、なんとなく玲人は、テレビ出演に現実味を感じていた。これまでずっと、パフォーマンスのレベルはこのままでいいのかと気にしてきて、出られる気もしていなかったが、白夜たちからそう言ってもらえて安心した部分もあっただろう。



 それから、場所が変わった分の位置のズレを微調整したりしながら何度か通し練習をし、その日は解散となった。

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