第32話 わかった

 練習後、白夜たちから今後の予定について説明があった。


「テレビも近付いてきて、そこまでの予定について、改めて説明しておく。一応スケジュールの部屋にも貼ってあるから確認してほしい」


 スケジュールの部屋というのは、チャットサーバーの中で細かくグループ分けされたうちの一つのことだ。そこにもスケジュールは書かれているが、ここで改めて確認しようということだろう。


「まず次の土曜日に、衣装合わせ。ギリギリになるけど、前に合わせたサイズ通りに作ってもらったから、そんなに合わないなんてことはないと思う。結構ゆったり目でもあるし」


 ちなみにその衣装は、立ち絵に使われているものと同じらしい。


「それで、その週の月曜日の夕方に収録。放送は水曜日」


 本当に迫ってきているのだと感じる日程だ。かなり詰められている印象もある。


「だから、それまでに歌って踊る練習と、曲の収録の準備、あとは新曲の振り付けもある程度見ておいてほしい。各個人の努力次第みたいになっちゃうんだけど、俺たちはみんなちゃんとやってくれるって信じてるから、まず一つの目標に向けて頑張ろう」


 でもこれはただの通過点。というかまだ助走にすぎない。スタートすらしていないかもしれない。玲人はそう心に刻んだ。


「まあ、まずは楽しむことが大事だから。元々やったこともない人もいる中で、ここまでできるなんて上出来だよ。最初にこんな舞台が用意できるとは思ってなかったけど、存分に楽しんでほしい」


 夕真もそう言って五人を鼓舞する。


 そしてそれを締めの言葉として、ミーティングは終わってその日は解散となった。


 なのでそれぞれ着替えて帰っていくが、玲人は自主練をしようと居残っていた。そこにはもう一人、こはくも残っていた。


「こはくも残る?」

「うん。練習しておきたくて。足引っ張りたくないから。これでもリーダーだし」

「そっか」


 本格的にライブの練習をし始めてから、こはくの努力はものすごいものだったと玲人は思っていた。このグループに対して本気なんだなということをひしひしと感じる。まるでこれに人生をかけているみたいだ。いや、それは想像ではなく事実だろう。玲人もそれは同じだ。


「でも、あんまり気にしすぎない方がいいよ。リーダーだとか、周りのこととか……」

「そうだけど……僕にはもうこれしか道がない。絶対に失敗できない」

「考えすぎだと思うよ。もっと力抜いて……純粋に楽しむことも大事だよ。夕真さんが言ってた通り」


 力が入りすぎていることは玲人でもわかった。でも、こはくの気持ちは理解できるし、こはく自身も力が入りすぎることはよくないというのはわかっているだろう。


「……でも、」

「最大限フォローするから、俺が。こはくは何も気にしなくていい。全部任せて」


 そりゃ、初めてのパフォーマンスが全国放送のテレビ番組となれば、不安が尽きないだろう。小さいコミュニティでもライブを踏んだことがあるAriaでも、不安がないとは言えないのだから。


 しかもそのグループは自分が名前だけでもリーダーとなっているわけだし、よりプレッシャーがかかっているだろう。


 玲人はそんなこはくの荷を少しでも軽くできればと思ってそう言った。一人で背負うには重すぎるし、それを助け合えるのがグループの特徴なのだから。


「Aria……ありがとう」


 こはくは少し安心したからなのか、少し涙を流していた。計り知れないプレッシャーがかかっているのだろうと玲人は改めて感じた。


「まあ、やってないと落ち着かないっていうのはわかるよ」

「じゃあ、一緒にやらない?」

「うん。楽しくやるってテーマで」

「おっけー」


 そして音楽をかけて、普段の練習より気楽な感じで、二人は伸び伸びと踊った。


 二人だけということもあって、立ち位置は雑に自由に動き回って、多少のアレンジも加えながら、あっという間に時間が過ぎていった。


 曲が終わった時、玲人の中には純粋に『楽しかった』という気持ちがあった。


『やっぱり、踊るのって楽しい……!』


 しばらく忘れていたかもしれないこの気持ちを、玲人は思い出したようだった。


 そんな感情に浸っていると、部屋のドアが開いていて、そこからしろねこが後方腕組み彼氏のように見守っているのが見えた。


「えっ、し、しろねこ!? いつからそこに……」

「ぼくが帰ると思った?」

「えっと……」

「まあ、帰ろうとはしてたんだけどね。自主練してたから。そしたら夕真が来て」


 そこまで言うと、今まで隠れていたが、夕真とついでに白夜も顔を出した。


「えっ、夕真さん!? 白夜さんも……」

「見てたよ。いい顔だった。これが踊り手Ariaって感じ」

「俺が見込んだ通り」

「あ、ありがとうございます!」


 こんなに褒められたのはいつぶりだろうか。そう思うほど、玲人は嬉しかった。


「こはくもよかったよ。いい感じに力抜けてて。練習もその感じでいいのに」


 一方しろねこは、こはくに向けてそう言った。


 こはくも玲人に影響されて、伸び伸びとやっているように玲人も感じた。


「なんとなく、分かった気がする。Ariaのおかげ」

「いや、こはくが自分で掴んだんだよ。俺は何もしてない」


 むしろ、玲人が新しく掴めた気がする。


 掴んだというか、思い出した。幼い頃にはあった、楽しいと思う気持ち。自分で言っておきながら、『成田玲人』ではできなかったこと。無意識のうちに、『踊り手・Aria』がやっていたこと。どこか自分ではないように感じていた理由が、玲人はわかった気がしていた。

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