第31話 俺たちのせい

「大丈夫かな、シキ」


 こはくは不安そうにそう言った。


「まあ、大丈夫じゃない? やる気もあるし」

「それもそうだね」


 シキに何と言っていいかわからない玲人は、とりあえずそう願うように期待し、他を安心させるようにそう答えるしかできなかった。


「そういえば、Ariaは振り付けできた?」


 そんな中、しろねこは玲人にそう聞いて話を変えた。


「え? あ、うん。あとで送っとくね」


 できてはいたが、ここまで


「できてるんだ」

「うん」

「じゃあいつでも練習始められるね」


 同じ曲ばかりやっているとどうしても飽きてくるので、そういう意味でももっと早く共有すればよかったと玲人は思った。


「曲の方はできたの?」

「うん。ぼくも送るの忘れてた。帰ったら送る」

「わかった」


 曲ができたということは、レコーディングも待っているだろう。またさらに楽しみが増えた。


「曲って、僕たちものできたの?」

「うん。ひとまず、頼まれてたやつは全部作ったよ」

「マジかよ……やっぱ大手歌い手は違うなぁ……」


 こはくはそう言ったが、おそらく大手歌い手だからというのは関係ないだろう。


 だが頼まれていたやつ、つまりグループと個人のオリジナル曲全六曲を半年あまりで作り上げたというのがとにかくすごい。音楽に詳しくない玲人でもそれがわかるほどだった。


「二人には先に言っておくけど、ぼくが調べた限りでの印象、つまりキャラ作りしたリスナー目線でのキャラクター、そのイメージに合った曲を作った。時間はあるから、納得いかないところは直すけど、ぼくはそう思って作ったってことは覚えておいてほしい」

「わかった。作ってもらえるだけでありがたいよ」

「ありがとう、しろねこ」

「別に、仕事だし。遠慮なく要望言ってくれていいから」



 それから夕真が白夜を連れて戻ってくると、練習は再開された。


 いつも通りの練習をこなし、帰宅してから玲人は新曲の振り付けをメンバーに共有した。その後しろねこも曲の共有をした。


 しろねこが作った玲人の曲は、明るくて楽しい曲で、冒険をテーマにしているような歌詞。仮にMVを作るのならカラフルにしようかなと頭に思い浮かべるような曲だった。


 リスナーからはこう見えているのか、と思うと何だか照れ臭い気もするが、自分で客観的に見ても同じことを思うので、イメージは合っているだろう。


 明るくて、キラキラしていて、玲人からすれば自分じゃないみたいな人間。そんなイメージ。


 曲の内容も、元々歌っていなかったということを考慮してくれたのか、とても歌いやすいメロディー、テンポ、歌詞だと思った。もっと言えば、これなら玲人を推している人たちも歌えるような曲で、かなり受け入れてくれるのではと玲人は思った。


 特に気になるところも要望もなく、結局しろねこに直してもらうところはなかった。



 それからまた数日、同じように練習をこなすが、またシキは休んでいた。


「……大丈夫なのか? シキ、やる気あるのかな……」


 玲人は不安になってきた。最低一度は転生しているであろう活動者ということもあって、さらに不安度は増している。転職が多い人間が就職しにくいというのと同じような感じだ。


「大丈夫だよ。シキなら、大丈夫。ぼくが保証する」


 そんな中、しろねこは自信たっぷりに玲人に向かってそう言った。


 その自信がどこから来るのかはわからなかったが、数日後、復帰してきたシキのダンスは完璧だった。


 ここまでどこか息が合っていないような気がしていたが、もうそんなことはなく、玲人は正直驚いていた。


「シキ、めっちゃ練習したんだね」

「ああ。早く追いつきたくてさ、こはくとしろねこにも助けてもらって」

「そうなの?」

「うん。碧空彩から色々聞いて、ぼくたちの方がいいかなって」

「僕は暇人だから。その分できることはしたくて。未経験から練習した僕だからわかることもあると思って」

「なるほど」


 玲人が知らないうちに、そんなことをしていたなんて思っていなかった。頼って欲しかった気持ちもあるが、玲人も教えることに自信はないし、できない人の気持ちは理解できないかもしれない。結果的に上手くいったのだから、これでよかったと玲人は思えた。


 同時に、しろねこの自信はそこから来ていたのか、とも理解した。


「しろねこ、もしよければ、今後のために、どういうことを教えたのか、とか教えてほしいんだけど……」


 一応振り付けを考えて最初に教えるのは玲人なので、それは聞いておこうと思った。


「うん。元々ぼくたちがシキに、遅れているという印象を与えたのが原因だった」

「俺たちのせい?」

「そうかもしれない。最初からシキはそういう意識はあったけど、それをさらに強くしたのはぼくたちだった」

「そうだったんだ……」

「だから覚えた振り付けに自信が無くなって、微妙にテンポが遅れてしまって、それに練習してない分のズレも重なって、さらに自分が遅れていると思ってしまった。そんな感じ」

「なるほど」

「だから、振り付けを確認して、ぼくたちと一緒にやって、合ってるんだって自信をつけたら、それで解決した」

「そっか……」


 そんなところに原因があったことにも気付かなかったし、しろねこがそれに気付いてなければどうなっていたかと思うと、自分も未熟、しろねこに感謝しかない。


「そこまで考えてなかった。俺がダンス担当なのに、ごめん」

「Ariaもよくやってるよ。みんなでカバーすればいい」

「結果追いついたんだから、大丈夫」


 玲人はしろねことシキにそう言われ、なんとか気を取り戻す。


「安心したところで聞くけど、ぼくが作った曲、どうだった? みんな大丈夫しか言わないけど」


 しろねこはそう話題を変えた。


「じゃあ、試聴会しようよ」

「そうだね。そうしようか」


 こはくが上手く話を持って行き、五人でそれぞれの曲を聴くことになった。


 しろねこが持ってきていたパソコンを開き、音源のファイルを再生する。


 まずはこはくの曲。


 曲調は爽快な疾走感がある、アニメの主題歌のような曲。だがどこか内に秘めた狂気のようなものを感じさせる怖さがある。おそらく、sextet clockの中でそういう歌い方をしたからだろう。それにこはくの視聴者が目をつけたコメントを玲人もいくつか見ているので、玲人にもそれはわかった。


 次に玲人の曲。


 ここは自分で聞いた時も思った通り、明るく楽しいイメージで、色とりどりの背景が思い浮かべられるような曲。テーマは冒険というのも変わりない。


 次にシキの曲。


 ここはいかにもボカロ曲、といった言葉が似合う曲だ。理不尽なことだったり、マイナスイメージなことを歌う曲。


 シキの配信は、そういうことを話していることが多かったりもするので、なんとなくイメージには合っている。とは言っても、常にそういう話をしているわけではないし、セククロをやっている中では感じたことはない。ちょっと食い気味に暴言を吐いたりはするが、そういうキャラだと思っている部分もある。そう考えると、曲のイメージは合っていないわけではない。少なくとも本人は納得しているのだろう。



 曲の話をして気持ちを切り替え、それから全員での通し練習をして、この日の練習は終わった。

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