第30話 ステージを意識して
その日の練習は、ステージを意識して、立ち位置や移動なども含めた通し練習をした。もちろんボロボロだったというわけではないが、ちゃんとやることが精いっぱいでやはりもう少し慣れが必要だと玲人は思った。
「そういえばしろねこ、曲の方どう?」
練習終わりに五人で話していると、さくらがそう聞いた。
「まあ、八割くらいはできた。さくらが自分で作ってくれたおかげで助かった」
「しろねこが頼んできたんだけどね」
「そうなの?」
「こはくが決まる前に何回か事務所で会ったから、その時でしょ?」
「うん」
顔合わせ前に玲人とこはくが会ったように、さくらとしろねこも会っていたようだった。
「でもぼくがやってくれって頼んだわけじゃない。ちょっとそそのかしただけ」
「しろねこが言ったようなもんじゃん」
「どっちでもいいよ」
しろねこがきっかけで、曲を作ることになった。といったところか。
「しろねこに何て言われたの?」
玲人は気になってそう聞いた。
「えっと……『さくら、自分で作らなくていいの?』って。しろねこ、ボクのこと知ってたみたいで、『さくらならできる』って」
「ボクのこと知ってたって?」
「あぁ……えっと、ボク、両親が音楽家で、だから作曲もかじってたっていうか……そのこと、しろねこも知ってたみたいで」
「え、どういうこと?」
「勘違いされる前に言うけど、最初に会った時に本名知ってたし、着てた制服が音大附属高だったから、そうかなって思っただけ」
「なるほど……」
玲人は音楽に詳しくないのでさくらの両親がどれほど有名なのかはわからないが、そういうバックグラウンドが分かったのなら、自分で作ってみればと言うのはわからなくもない。
「とにかく、しろねこがそう言ってくれたら、やろうかなって思った。色々教えてもくれたし」
「それで実際にできるさくらもすごいよ」
「Ariaは振り付けやってるでしょ。同じだよ」
「まあ、そう言ってもらえてありがたいけど」
元々やっていた玲人とは訳が違う。言われてすぐにできるのは才能の塊。さすが音楽家の息子で英才教育を受けてきただけある、と玲人は思った。
「で、そんなAriaは振り付けの進捗どうなの?」
さくらは逆にそう聞いてきた。
「えっと……ライブカバーの方はできた。オリジナルの方は、まだ曲もできてないから……」
「あぁ、あれデモからあんまり変えてないからそのまま考えちゃっていいよ」
「わかった」
今回のライブで玲人が振り付けをつける曲のうち、いわゆる歌ってみたの方は振り付けができていた。一方しろねこがもう一曲作ると言っていたセククロのオリジナル曲は、まだ曲自体がデモ段階だったので振り付けをしていなかった。だがしろねこが変わらないというのなら、玲人は早く振り付けをやろうと思った。
それから帰宅した玲人は、早速振り付けを考えることにした。
ライブのセットリストは大体決まっていて、最初がオリジナル曲のsextet clock、その次にアップテンポのボカロ曲のカバー。それは続けてやるということで、かなり序盤から体力の消耗が激しくなっている。だがどちらもアップテンポなのでそれは仕方ないことだろう。
二曲目のカバーの方は、シリーズのように同じ世界観の曲がいくつもあり、それはメディアミックスもされているほど有名だった。そのストーリーがあるので、玲人はそれを参考に、その世界観を表現するような振り付けを作った。
そしてまだできていない一曲は、しろねこが以前言っていたような、明るくてキラキラしたいかにもアイドルという曲だった。
なので玲人はそれっぽく、明るく希望に溢れた、初々しい、キラキラしたアイドルっぽい振り付けにしようと考えた。
それから数週間の間、振り付けは順調に進み、同時にライブの練習も着々と進んでいた。
だがその間、シキが体調を崩し、全員でしっかりと合わせることができなかった。しかもそれが、さらに練習が必要だったシキというのがまた運が悪かった。
そしてシキは数週間の休みの後、練習に戻ってきた。
「久しぶりだよね、シキ」
「うん。悪かった、今まで休んでて」
「体調不良なら仕方ない。体力も結構落ちてる?」
「いや……多分大丈夫だと思う。振りも動画見て練習してたから、悪くなってはないと思う」
「そっか。無理すんなよ」
「ありがとう」
玲人はそう声をかけるが、正直不安で仕方なかった。あまり残り時間もないし、忘れている部分がないとは言えないだろう。
「じゃあ、始めようか」
夕真がそう言って、今日の練習が始まった。
シキがいない間、シキの位置には夕真が入って全体を白夜が見る、といった感じで練習をしていた。だが今日は全員参加で、しろねこの妹の
普段は夕真が同じことを言っているが、ダンス練習の時は白夜がいないことが多い。おそらく二人の間で分担しているのだろう、と玲人は思った。
「今日はとりあえずダンスだけで通してみて、上手くできるようだったら歌も含めてリハーサルみたいなことやろうかなって思ってる。まあ、シキは久しぶりだし、無理せずやろう」
そうしてストレッチをした後、一曲ダンスのみで通し練習をした。まずはテレビでやる用の短縮版。さすがに最初のテレビ出演でフルバージョンなんてできるわけもなく、しろねこが短縮版を編集したものだ。
さすがにこれに向けて数週間練習しただけあって、ほぼ完璧と言ってもいい成果だった。だが、やはりその分シキは遅れてしまっている部分があるように思えた。玲人にもそれがわかった。逆を言えば、それを気にすることができる余裕があるということでもある。
「うーん……こはくは上手くなってるけど、やっぱりシキがちょっとズレてるかも。合ってるから、もっと自信もっていいよ」
「すみません」
「別に謝らなくていいよ」
玲人からは何て言葉をかけていいかわからなかった。
休んでいたから遅れているのは当然で、こはくはずっと合わせる練習をしていて、振りは完全に覚えていて自信も持っていて、四人の息も揃っている。でも、だからといってできなくていいわけでもない。取り戻せるように努力はしてほしい。そう思っても、まだそれをハッキリと言う勇気はなかった。
「じゃあ、不安なところ私が教えてあげる。遅れた分、追いつこう!」
どうしようか、と無言で全員が考えている中、そう言ったのは碧空彩だった。
「どうする?」
「……頼む」
「おっけー。いいよね? 夕真」
「ああ。その方がいいかもしれない」
全員でやっていて自分だけがおかしいと焦るのは良くない。特にシキはどこがどう不安で合っていないのかが明確に言葉にできないだろうから、付きっきりで教えてもらった方が早く取り戻せると玲人も思った。
「悪い。絶対追いつくから」
「わかった。俺たちも応援してるから」
「でもボクたちは止まったりしないからね?」
「うん。わかってる」
そしてシキは碧空彩と別のレッスンルームで練習をすることになった。
「じゃあ僕がシキの代わりに入る。白夜呼んでくるから、それまで休憩で」
そう言って夕真も出ていき、四人は床に座って雑談を始めた。
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