第26話 成田玲人

 成田なりた玲人れいと。十六歳。高校二年生。


 学校では明るく振舞い、勉強も運動も人並み以上。でもこれと言って飛びぬけた才能があるわけでもない、普通の子。


 そんな玲人のもう一つの顔、それが2.5次元アイドルグループsextet clockのAriaだった。



 朝。玲人は制服に着替え、鞄を持って玄関に向かった。


「今日の帰りは遅いの?」


 そう聞いてきたのは、玲人の母親だった。


「うん。遅くなる」

「今日は何があるの?」

「取材」

「そっか。頑張ってね」

「うん」


 玲人の場合、両親はかなり応援してくれている。このように、内容にも興味を持ってくれていて、理解を示してくれている。


「行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 そうして玲人は家を出て、学校に向かった。


 学校までは電車で二十分。最寄り駅の周りはいくつかの高校が集まっているので、そこに向けて電車の中は色々な高校の生徒で混み合っていた。


「玲人、おっはよーう」


 駅を出たところで、玲人はそう呼び止められる。


 振り返ると、そこにいたのはいつものメンバーだった。


「おはよう」


 玲人はとりあえずそう返しておく。


 いつものメンバーは、玲人を含めて男子三人組。仲のいい女子三人組と合わせて、一応クラスの中心に位置するグループだ。


「玲人、今日カラオケ行かない?」

「えっ」

「まだあんま人集めてないけど、多分いつメンになると思う」

「あー……」


 前はこういう誘いにも行っていたのだが、セククロが始まってから行けてないな、と玲人は思った。


「ごめん。今日バイト」

「最近ずっとそうじゃない?」

「急に辞めた人がいて、穴埋めしなきゃいけなくて」

「そうなんだ」


 もちろんそれは嘘だ。


「大変だな」

「バイト頑張れよ」

「うん。ありがと」


 そう言われると嘘をついているのが申し訳なくなってくるが、これもしょうがない。


 実はセククロのレッスンが始まってからバイトは辞めていて、バイトと言って断っているのは大体がレッスンの日だ。


 一応踊り手Ariaとして顔出しをしているが、誰もそれが玲人だと気付いてはいない。


 自分でも雰囲気が違うと思うし、それは意図的に作れるものじゃない。でもどこか自分とは違う、自分ではないみたいだと毎回思う。


 だがネットの活動者なんてそんなもんか、と玲人は納得した。



 そして学校が終わり、他の誰かに引き留められるより前に、玲人は学校を出てスノドロプロに向かった。


 今日はメンバーだけでなく、外部の人が来るような機会なので、玲人はとりあえず連絡チャットに『今から行きます』とメッセージを送信した。


 すると、『みんな何時ごろ着きそう?』と白夜から全員に向けてメッセージが送られてきた。


 玲人は四十分くらいになると送っておいた。その後シキが五十分くらい、こはくも五十分くらいになると送られてきた。しろねことさくらはまだ返答がないが、確か二人は学校が終わるのが遅いので、まだ見ていないのだろう。問題はない。


 事務所が東京で、玲人以外は全員学校が東京だ。玲人は神奈川。そう考えると一番遠そうにも思えるが、案外一番早く着くようだった。


 その後二・三十分くらいして、さくらがシキと同じくらい、しろねこが五時すぎ、と連絡が入った。


 電車に揺られて四十分。玲人はスノドロプロに到着した。


「お、Aria来たね」

「お疲れ様です」

「じゃあ、とりあえず着替えようか」

「あ、はい」


 そして玲人は白夜に会議室に案内された。


 机と椅子と、その他色々置いてあるが、別に普通の会議室だ。


「机に荷物置いて、そこにかかってる服に着替えてほしい」

「わかりました」


 机の上に鞄を置くと、その奥にハンガーが大量にかかった大きなハンガーラックがあるのが見えた。そこには黄色、青色、白色、桜色、紫色のカードがかかっていて、そのカードとカードの間にそれぞれの服がかかっているのだろうと、玲人は理解した。


「この服って、白夜さんたちが用意したんですか?」

「手配したのは夕真。コーディネートは知り合いのスタイリストに頼んだ」

「そうですか」


 取材があるとわかった時に、全員服をどうするかという話になった。正直持っている服でもよかったが、持っている服だと身バレしたりするのが怖いという話になった。そもそもこはくは着られる服が無いという話で、見かねた白夜が事務所で用意するということにした。


 顔出ししないというスタンスなので写真を撮られることはほぼないと思うが、取材の人に変な風に思われないために、そういう話になった。私服で集まっていたら、半分以上が黒い服になっていただろう。


 それから着替えようとハンガーを取ると、そこにこはくとさくらとシキが入ってきた。


「お疲れ、Aria」

「おつかれー」

「おつ」

「お疲れ」


 三人とも言っていた時間とほぼ同じくらいに来て、事務所の前で一緒になったようだった。


「とりあえず、着替えればいいみたい?」

「うん」


 そして四人はハンガーにかかった服にそれぞれ着替えた。


 玲人はボリューム袖の白いシャツに青いカーディガンを羽織り、裾がローファーに乗るくらいの長さの黒いスラックス。


 こはくは白いワイシャツにブラウンのニットベスト、こっちは真っすぐ伸びたグレーのスラックス。さくらはピンクのニットに黒い普通のズボン。シキは紺色で揃ったスーツが一式。


 どれもそれぞれのメンバーカラーが入っているのが特徴だ。


 四人が着替え終わって雑談をしていると、四人がいる部屋にしろねこが入ってきた。


「お、しろねこ」

「うん。遅くなった」

「仕方ないよ、一時間多いし、遠いし」

「まあそうだけど」


 しろねこは机に荷物を置き、最後のハンガーにかかっていた、自分のグッズの猫耳パーカーに慣れたように着替えた。そのパーカーは胴体が白く、袖が一部黒くなっているもので、ライブで着ているものとは違っていた。


 しろねこが着替え終えると、五人は会議室を出た。


 五人が着替えたりしている間に、スノドロプロのオフィスの中に取材用のちょっとしたセットができていて、取材の人たちももう来ていた。


「どんな感じかな、こういうの」


 玲人のとなりにいたこはくが、ひっそりとそう聞いてきた。


「さぁ……でも、言うことには気を付けないと」

「確かに」


 自分の配信じゃないんだから、と悪いことを書かれないためにも気を付けようと玲人は思った。正直、理由はないが、こういうメディアのことは信用していない。

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