第25話 初手、炎上

 初配信の翌日。初配信の後ずっとネットの反応を見ていたが、思ったより自分に対して否定的なものは見つからなかった。


 ちなみに予想していたものは、『何でしろねこみたいな大手と他の底辺がグループ組んでるんだよ』みたいなものだったが、意外としろねこのリスナーにも肯定的に捉えられているようで、凛は安心していた。


 そしていつの間にか寝落ちしていて、パソコンの前で目が覚めるともう朝になっていた。


「ヤバい……腰が……」


 椅子で寝ていたため、少し動くと腰がじんわりと痛んできた。


 なんとか腰を元の位置に戻し、エゴサ途中だったページを更新する。すると、トレンドに『アンリリ』と入っていた。これはどう見てもしろねこの関連な気がするのだが、なんとなく炎上の匂いがした。


 セククロやメンバーの名前ならまだわかるが、ここに来てアンリリと入っているのはおかしい。しかも一日経って、配信直後に入っていたものが消えてから入っているというのがまた怪しい。


 凛は覚悟してそこをクリックする。


 出てきた内容は凛の予想通り、炎上だとすぐにわかった。


 投稿を見ていくが、どれも熱がありすぎて意味不明だったので、炎上していることは確定だ。どんな理由で炎上しているのかまとめると、アンリリが解散してからのスピードが早すぎることが主な原因のようだった。


 それによって神夜のリスナーたちが、スノドロプロという大きい事務所のために神夜を捨てたんじゃないか、しろねこは薄情者だ、ライブの言葉は嘘だったのかなどと騒ぎ立て、部外者まで首を突っ込んできている状況だった。


「……何も知らないのに暴言吐いて、馬鹿みたい」


 凛も何も知らないから、本当はしろねこがスノドロプロのために神夜を捨てたのかもしれないが、本人たちの本当の気持ちも知らずに色々言われるのはすごく可哀想に思えた。知り合いだからさらにそう思ったのだろう。


 しろねこの心配をしながら、セククロの連絡チャットの方を見てみると、ボイスチャットの方にしろねこがいた。おそらく作業中だ。


 ちょっと話を聞いてみたいと思い、凛はしろねこのいるボイスチャットに入った。


「お疲れ、しろねこ」

『お疲れ。おはようか?』

「どっちでもいいよ。パソコンの前で寝落ちしてたから疲れてるし」

『そっか。お疲れ』


 疲れの取れない睡眠ほど無意味なものはない。


「ねえしろねこ」

『ん?』

「なんか、炎上してるけど、大丈夫?」

『まあ、大丈夫だよ』


 声色からして、そこまでダメージを負っているようには感じなかった。


『深夜の配信で色々変なのいて、大変だったけど……』

「え、そうなの?」

『うん。でも、全然平気。よくわかんない奴らが色々言ってるだけだから』

「確かにそうだけど……」


 あまりにも言い過ぎているものが多い。いくらしろねこが大丈夫でも、心配になる。


『別にぼくは神夜を蔑ろにしてるわけじゃない。そもそも神夜の都合で解散したわけだし』

「うん……」

『でもそんなこと言ったらさらに炎上しそうだし』

「人のせいにすんなって言われそうだね」

『そうなんだよね』


 本当のことを言ったのに叩かれるとはまた悲しい世界だ。


「これ、治められるの?」

『何年ネットにいると思ってんの? もう手は回してあるよ』

「まあ、そっか……それならいいんだけど」


 さすがに何もせずこんなに呑気にしているわけはなかった。


『今回は、解散直後に別グループに入るっていうのが良くなかったかな』

「でも、解散はセククロよりもっと前に告知してたよね?」

『うん。でも、あいつらにそんなのは関係ない。『思い入れとかないのか』とか、『結局誰でもよかったのか』とか、『神夜がかわいそう』だとか、『私だったら傷つく』とか。マジで面倒くさい』


 一応ちゃんと読んではいたんだな、と凛は思った。


『でも見た感じ、神夜のことを想って言ってる盲目リスナーが発端だから、神夜が言ってくれればそういう奴らは治まる。推しが言うことも守れない奴とか、野次馬とかは知らないけど……少し治まれば、だいぶマシになる』

「それならよかった」


 そう簡単に行くような気はしないが、当事者間で解決すれば治まるというのが炎上の定例ではある。


『あー、でも、今日いっぱいは燃えるかな』

「わかった」

『迷惑かけるかもしれないけど、それはごめん』

「大丈夫。しろねこは悪くないから」

『ありがと』


 そうは言ったものの、自分の配信が荒れるようなことにはなりたくないという気持ちもあった。


 二人の話がひと段落したその時、他のメンバーも起きてきて、次々にボイスチャットに入ってきた。


『ねえ大丈夫? しろねこ』

「うん。大丈夫だから」


 そんな会話を、しろねこは全員としていた。


『もう経緯とか対応とかチャットに書いとくから、そっち見てくれない?』


 しろねこは面倒くさくなって、そう言って話を打ち切った。


 だがそこへ白夜がやってきて、話を打ち切ることはできなかった。


『みんなおはよう。しろねこの件はみんな聞いた感じだよね? 一応、事務所としての対応と、気を付けてほしいこととかを言っておきたいと思って、今大丈夫かな』

『ちょうど話終わったところ』

『そっか、じゃあ、話させてもらう』


 これが事務所指示というやつか。と凛は、不謹慎だがどんなことを言われるのかわくわくしていた。


『まず、今日のセククロ全員での配信は無し。個人の配信とかは自由にやっていい。でもしろねこは休みで……しろねこのことだから何か策は打ってるよね?』

『神夜と話し合いしたから大丈夫』

『そっか。じゃあそれでいい』


 あんまり言うことなかったな、と白夜は言って、ボイスチャットから出て行った。



 その日の夜。しろねこが手を回した通り、神夜はこの炎上を治めるような投稿をした。



 しろねこがアイドルをやることは知っていました。

 元々解散しようと言ったのは俺なので、俺が何か言う権利はないし、普通に応援しています。

 一部の人たちが、俺が可哀想だとか、アンリリへの思い入れがないだとか、俺の気持ちも知らずに言っていますが、それらは事実ではありません。

 どちらもアンリリを続けたいという気持ちはあったし、できれば続けていきたかった。

 でもこれは、俺の将来のために、しろねこも納得して決断したことです。

 どうか、これ以上何もしないでください。お願いします。



 神夜がその投稿をすると、新しく何かを言ってくる人たちは大きく少なくなった。


 その様子を、五人で通話しながら見ていたが、むしろ上手く行き過ぎて怖いくらいだと凛は思った。


『炎上、治まったみたいだね』


 これを一番心配していたのはシキだったので、真っ先にシキがそう言った。この感じから見て、もしかしてシキの前世は炎上で幕を閉じたのかもしれないと凛は思った。


『でも初手からアンチついちゃったけど……』

『まあ、大丈夫でしょ。セククロは間違いなく注目されたわけだし』


 正直しろねこは悪くないよねという流れになったので、印象は悪くならずに記憶には残るような炎上になったと思う。


『スノドロの力って感じはあるけど』

『すごいよね』


 確かにこの注目はスノドロの力もある。そういう、半分芸能人みたいな人たちなので、注目もされやすい。おそらくこの件でも、野次馬たちが引いていったのも、スノドロが有名だからだろう。


『でも、これからだから』


 そう言ったしろねこは現実的に見えた。


『これから頑張って、評価されてからが本番』

「そうだね」


 まだ注目されているだけだ。評価されたら、それが本物。しろねこの言うことはごもっともだ。


 凛はまたさらに頑張ろうと決意した。


 こう思うのは何度目か、という感じだが、毎回自分が劣っていることを実感させられるので仕方ない。

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