第17話 解散ライブ

 場内の照明が落ちる。


 会場は満員で静寂に包まれ、白と青のペンライトが揺れている。


 その静寂を破り、バンドの演奏と共にステージライトが眩しく光り、その光の中に二人は飛び込んでいった。


 大きな歓声に手を振りながら、二人は最後のライブを噛みしめる。


 一曲一曲、全て自分たちで作った曲だ。それぞれに思い入れがあり、作った時の思い出は今でも鮮明に覚えている。その思い出が蘇り、懐かしみ、思い出に浸りながら、最後のライブは一瞬で過ぎ去っていった。


「もう、次が、最後の曲になります」


 神夜がそう言うと、会場からそれを悲しむような声が聞こえる。


「いやぁ……ほんとに、あっという間だった。楽しい時間って、あっという間だね、マジで」

「本当に、一瞬だった」


 神夜は今にも泣きそうで、感極まっていた。


「これでアンリリが終わるなんて、俺も寂しい。ここに来てくれてる人のほとんどが同じようなことを思ってくれていると思う。本当に、俺の都合でこういう方向になって、申し訳ないと思ってる」


 感情を堪える神夜に、唯は何も言わない。そういう打ち合わせがあったからだ。ここは神夜が自分の想いを伝える場所で、唯が邪魔してはいけないとも思っている。


「でも、絶対に今やらないといけないことは優先したいし、確実にやらないといけない。だから、そのためにやりたいことを止めないと行けなくて、それによってしろねこに迷惑かけちゃうし、止まってることによってみんなを不安にさせるくらいなら、辞めようか……って二人で話し合って、納得して、決めたことです。みんなには、それをわかってほしい」


 これもセククロが出た時に荒れないための予防線。そういう意図でなくても、そう機能するものだ。


「本当にみんなには感謝してるし、しろねこにも、いろんなスタッフさんにも感謝してる。本当にここまで、子供の俺を大きくしてくれて、本当にありがとうございました」


 神夜は深々と頭を下げた。


 そして次は唯のターンだ。


「みなさん。今日のライブ、どうでしたか? 楽しかったですか?」


 そう呼びかけると、さっきまでの静寂とは異なり、大きな歓声が上がる。これ以上染み染みさせてしまうと重い空気になってしまうので、それを避けるように唯はそう呼びかけた。


「ありがとうございます。みんなが楽しんでくれたなら、それでいいです」


 そういうパフォーマンスができたなら、と唯は満足した。


「今回のテーマ、明確には言ってなかったんですけど、二人で決めてて、ずっと一応言ってはいたんですけど、わかる人っていますか?」


 この呼びかけには、反応がほとんどない。


「まあ、そうでしょう。今回ぼくたちは、このライブが、何年経っても思い出して貰えて、アンリリっていう最強で最高なユニットがあったんだって言ってもらえるような、そんな最高で完璧なライブをしようって、そんなテーマでやってきました」


 露骨に言い続けていたから、言われればわかるかもしれない。そんなテーマだ。


「どうですか? アンリリ、最強って。そんなライブに、なったかな?」


 この呼びかけには大きな歓声が返ってくる。


「ありがとう。よかった。これで、悔いなく終わらせられる」


 セククロに集中できる。


「これにて、アンリリ――unlimited lyricは、解散します」


 そう宣言すると共に、最後の曲が始まった。バンドの人たちには、これを言ったら始めてくれと言ってあった。


 最後の曲は最も歌いなれた、アンリリとして最初に作った曲だった。約二年前、アンリリを結成するきっかけになった曲だ。おそらく、最も思い入れのある曲だろう。


 涙ぐむ観客にもらい泣きしそうになるが、それをこらえて、一曲分を歌い切った。


 音が余韻を残しながら消えていき、それに合わせるようにステージが暗くなる。


 これにて、アンリリはユニットの終わりを告げた。



  ◇  ◇  ◇



 アンコールを求める声を背に、二人は控室に戻った。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 唯はらしくなく息が上がっていた。まるで喘息の発作が起きたようだったが、唯は喘息持ちではない。


「大丈夫?」

「……な、なんとか」


 これが唯の弱い部分だ。なぜかライブの時は、裏に下がるとこうなってしまう。ライブの時だと気が張り詰めてしまって、息が詰まっているのかもしれない。だが普段アンコールに応えるときは、全くその様子を見せない。それがお金をもらってやっているプロだと思っている。


 今日は綺麗に幕引きをするため、アンコールの予定はなかった。観客側の照明が点いたことによって、観客もそれを察してくれたのだろう。もうアンコールを求める声は聞こえない。


「お疲れ、しろねこ」

「お疲れ、神夜」


 二人はそう言ってハイタッチを交わした。


 それからステージ袖で唯の息が整うまでじっとして余韻に浸っていると、控室に二人と仲の良い歌い手たちが集まってきた。


「しろねこ、神夜、お疲れ様」


 声を合わせて歌い手たちはそう言い、二人にケーキと花束を手渡した。


 ケーキは白夜たちが用意したもので、花束は歌い手たちが用意したものらしい。


「いつ見てもすごいなーって思う。二人のライブは」

「これが年下だなんてな……」

「歴はそんなに変わんないんだけどね」


 歌い手たちは口々にそう言う。


「もうライブとかってしばらくしないの? 神夜は無理だと思うけど、しろねこは?」

「そう簡単にできるもんでもないからね……特に個人になっちゃうと、キツいし。みんなが呼んでくれれば行くけど」

「そうだね、高校生になったし、呼んでも大丈夫そうだよね」


 唯たちと仲のいい歌い手たちは、一年に一回くらいのペースで、全員で集まるライブを行っている。何度か唯と神夜は呼ばれたことがあったが、唯は年齢を理由に断ってきた。神夜は予定がちょうど空いていた一回だけ参加したことがある。


「まあ、予定が合えばよろしく」


 セククロが始まってしまえば、そのライブに出ることは難しくなるだろう。なので唯は曖昧な回答をしておいた。『行けたら行く』は『来ない』のと、同じような意味だ。


 それから久しぶりに会ったこともあって、雑談で時間がどんどん過ぎていった。


 そして二次会の約束をしてから全員で記念撮影をし、一旦歌い手たちは控室を去っていった。

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