第16話 ライブ前

 ライブまであと二日と迫った日。


 アンリリの二人はスノドロプロで白夜たちと最終確認を行なっていた。


 もう大体のことが決まっているし、わかっているので、確認はすぐに終わって唯はすぐに家に帰った。


「おかえり、お兄ちゃん。今日は早いね」

「うん」


 帰ってまず碧空彩が出迎える。そして、今日は珍しく、リビングに双子の兄の颯馬そうまがいた。


「ライブ前だから、今日は早く帰れた。明日は通しリハだから遅くなる」

「そっか」


 別に早く帰りたいわけでもないが、唯はとりあえずそう言っておいた。


「ライブ見に行くからね、お姉ちゃんも来るって。颯馬お兄ちゃんは怪我してるから行けないけど……」

「そっか」


 双子の兄の颯馬は、名門プロサッカーチームの下部組織にに入って、今は飛び級でユースチームにいる。だが昨年末の大会で一発退場級のタックルを二人から受けて右足を大怪我、復帰まで一年弱かかる上に前のようにはできないだろうと言われ、今は絶望の真っ只中だ。


「まあ、頑張れよ、唯」

「うん。頑張る」


 お互いに同じ空間にいることが少ないので何を話したらいいのか分からず、唯はすぐに自分の部屋に戻った。


 いつものように動画を編集し、作曲を進める。そして時間になって配信を始める。


 今日は特に約束もしていないので、ただの雑談配信でいつもよりも短めにやる予定だった。


「ライブについて、ちょっとだけ話そうかな」


 唯はそう切り出し、話し始める。


「まあ、アンリリは一旦ここで終わりになるんだけど、だから、最後は完璧な形で終わらせたいって思ってる」


 目標は満席になること。でも、それは不可能だ。だからせめて、完璧に終わらせたい。


「神夜には支えてもらった。神夜がいなかったら、こんなに曲を作ったり、ライブをしたりなんてしてなかったと思う。やりたくても、思うようにできてなかったと思う」


 実際は白夜たちによってライブができていたと思うが、支えてもらったのは事実だ。


「復帰するんだったら、また一緒にやりたいいって思うけど、休止することに反対はない。まあ、それは神夜の自由だし。解散は、二人で決めたから後悔はない。それぞれ別の道に分かれるけど、関係は変わらないって思ってる」


 これはセククロが出た時の予防線だ。下手したら燃やされるかもしれない。


「アンリリとしての最後のライブ。とにかく、アンリリって最強だったなって記憶に残るような、最高で、完璧なライブを見せるって約束する。だから、来れる人は楽しんでほしいし、来れない人も応援してほしい」


 ライブについての記事は前日に出ると連絡があり、取材で言ったことを向こうから先に出されるのも何か違う気がして、この機会に唯は意気込みを自分の配信で話した。



 翌日、今日は前日リハーサルの日だった。


 アンリリの二人は前にもリハーサルをしたスタジオに集まっていた。


 早速通しでリハーサルを行うが、バンドの人たちの気合いを唯は肌で感じた。


 前のリハーサルも上手かったが、それ以上だった。


 俺たちももっとやってやろう……! というのが音から伝わってくる。


 唯たちが言ってきた、最高のライブを一緒に目指してくれていて、唯は素直に嬉しく思った。


 通しのリハーサルを終えて、最後に唯たちが明日に向けて一言言うような雰囲気になる。


「えー、ほんとに、俺たちのために、ここまでやってくれて、本当にありがとうございます」

「明日、何年経っても思い出してもらえるような、最高のライブにしましょう! よろしくお願いします!!」


 珍しく唯も声を張り、二人はそう挨拶した。



 翌日、朝十時。


 二人は東京New worldに到着し、すぐに機材を確認するための通しリハーサルが行われた。


 全て歌うわけではないが、声出しにはちょうどよかった。


 そして機材の調整もスムーズに行き、大きなトラブルもなくリハーサルは終わる。


 その頃にはライブに来る人たちも集まってきているらしく、スタッフたちが慌ただしく動いているのが感じ取れた。


 気付けば十二時になっていて、神夜は今回のスタッフ含めた全員に支給されたお弁当を貰って控室に戻ってきた。唯はおそらく食べられないので、神夜が弁当を頬張るのを眺めながら、エゴサをしていた。


 会場に到着したリスナーの投稿を見ると、もうかなりの人が集まっていて、物販の列ができているようだった。だが、スタッフの尽力によって幸い混乱もなく、綺麗に整列できているようだった。


 神夜が弁当を食べ終えると、二人はロビーの方に向かった。ロビーにはリスナーから寄せられた多くのフラワースタンドが並べられていて、それだけで場が華やかに見えた。二人はそれを見るために、ロビーまでやってきた。


 それから二人は、まだ新しくて綺麗な状態のフラワースタンドの写真を撮った。自分宛のフラワースタンドはいくつあっても嬉しいもので、それだけお金をかけてくれているということも感じられる。


 お金をかけてくれているということは、こっちはそれに見合うものを見せないといけない。そんな緊張感も唯にはあった。


 最後に普段絡んでいる大手の歌い手たちからのフラワースタンドの前で二人で写真を撮り、足早に控室に戻った。


 十三時。


 控室に戻った二人は、早速本番用の衣装に着替えた。衣装と言っても、ちょっとおしゃれな私服みたいなものだが。


 唯は猫耳がついたフードがある白いパーカーに黒いフレアスラックス、首に黒いチョーカーを着けて、普段目を隠す長さの前髪も程よくかき分けて、久しぶりにはっきりと両目を出した。


 唯の目は右が赤色で左が青色のオッドアイ。しろねことして出るイベントではカラコンを入れていると言い張っているが、本当はこれが生まれ持ったそのままの目だった。


 それが正直気持ち悪いと思うし、そう言われるのが不利益に繋がると思っていたので、昔から普段は前髪で両目を隠すようになった。ちなみに隠れているように見えても唯からはしっかりと見えているので、日常生活には何も問題はない。


 一方神夜は、黒いワイシャツに自分のグッズのパーカーをゆるっと着ている。ちなみに唯の着ている猫耳パーカーも自分のグッズで出したものだった。


 それから二人は、それぞれの衣装を紹介する動画を撮影する。その動画は最後のライブくらいは、しっかりと動画に残しておこうと二人で決めたものだった。


 その動画を撮り終えたところで、白夜が控室にやってきた。


「二人とも、調子どう?」

「バッチリです」

「いつも通り」

「そっか。悪くないならよかったよ」


 服もいつもよりはいいね、と白夜は皮肉のようにそう言った。


「そんなこと言うために来たの?」

「いや。嬉しいお知らせだよ」

「何?」

「物販が売り切れた。用意してた分全部」

「えっ?」「えっ!?」


 唯より神夜の方が驚いていた。それもそうだろう。まだ開場時刻の一時間前だ。今までこんなに早く売り切れたことはなかった。事後通販もあると言ってあるので、もっと遅くまで残ると思っていた。


 普段ならいくつかは早めに売り切れても、全て売り切れるなんてことはない。絶対に一つくらいは不評だったグッズがあるはずだった。今回もあると思っていた。まあ、今回は残っていると少しまずいのだが。



 そんな嬉しい知らせも受け、二人はより一層気合いを入れて、ステージに向かった。

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