第15話 アンリリへの取材
ライブまで残り少なくなった頃、駆け込むように、普段歌い手などを取り上げている専門メディアがアンリリの取材をしたいということで、唯は神夜と一緒にスノドロプロで取材を受けることになった。
本当は向こうに場所を用意してもらう予定だったが、取材を受けるのが初めてで唯が未成年なこともあって白夜たちが心配して、結局スノドロプロのオフィスの一角を利用することになった。そこはどこかのスタジオと言われてもおかしくない雰囲気をしているので問題ないだろうと、向こう側もそれを了承した。
少し早めにスノドロプロに到着すると、取材陣が来て身バレする前に制服から取材を受けられるような綺麗な洋服に着替え、準備を完了させた。
だがこの準備をしても実物の写真が使われるかどうかはわからないのが事実だ。
それから少しして、取材陣が到着した。
「どうも、webメディアの山田です。本日はよろしくお願いします」
「よろしくお願いします。snowdrop production社長の瀬川光です」
「unlimited lyricのしろねこです。よろしくお願いします」
「同じく神夜です。よろしくお願いします」
まずは軽く挨拶を交わす。だが唯たちは取材陣との適当な社交辞令は全て白夜に任せるつもりだった。
「本日は大変申し訳ございません。全て準備していただいて……」
「いえ、場所の変更はこちらから提案したことですし、うちのオフィスなんで」
「そうですよね」
「じゃあ、時間もないので、早速始めていただいてよろしいでしょうか」
「あ、はい。よろしくお願いいたします」
そして山田は用意しておいた椅子に座った。その椅子は唯たちの向かい側にあり、向かい合うような形にセットされていた。
その姿を撮影するカメラが一台、それはスノドロプロで用意したもので、単なる記録用。何かあった時に、本当はこう言っていたというのを記録する動画を撮るものだ。
もう一台、取材陣の一人が構える写真用のカメラ。これは実際に記事に使うかもしれない写真を撮るものだ。
「早速、始めさせていただきます。本日はお忙しい時期に申し訳ありません。そして、引き受けてくださり、ありがとうございます」
「いえ、取材をしていただくだけで俺たちは嬉しいので」
唯より神夜の方が年上なので、主に神夜が答えることになるだろう。ただし、表向きには唯の年齢は今のところ非公開で、活動歴的に二十代前半くらいには思われているだろう。前髪で顔もろくに見えないので、記者もまさか高校生だとは思っていないだろうから、唯がコミュ障に見えるかもしれない。
「ではまず、unlimited lyricについてご説明いただいてもよろしいでしょうか」
記者にそう言われ、二人は顔を見合わせる。これは困っているわけではなく、ただどっちが言うかを譲り合っているだけだ。
「じゃあぼく行くよ?」
唯がそう言うと、神夜は黙って頷く。
「unlimited lyric、略してアンリリは、歌い手をしていたぼく――しろねこと、ボカロPをしていた神社P――神夜による、音楽ユニットです」
説明することは大体このくらいだ。
「普段はどのような活動をされていますか?」
唯は今度はお前が言えと言わんばかりに神夜を見る。神夜も流石に次は言うよと話し始める。
「普段は自分たちで曲を作って、それを二人で歌って、その動画を出して……みたいな感じですね。たまに二人で配信したり、ライブやったりって感じで」
いざ聞かれると、あまり多くのことはやっていないように思えてきた。というか、セククロでやろうとしていることが多すぎるのか、と唯は理解した。
「では、アンリリの名前の由来など教えていただいてもよろしいでしょうか」
unlimited lyric――普通に訳したら変な言葉だ。無制限の歌詞。表現の自由だとか、別にそういう思想を訴えて歌っているわけではないのだが……
今度は唯の番なので、少しそう考える。
「そうですね。直訳すると無制限の歌詞、みたいになるんですけど、ぼくたちがアンリリを作ろうってなった時は、曲を作って、それを歌って、その動画を出して……っていうのが本当に楽しくて。別に今が楽しくないわけじゃないんですけど……その時は、そういう時間がいつまでも続けばいいななんて思っていたので、そういう名前にしました」
「素敵な由来ですね」
「ありがとうございます」
これから終わるという時にそんな話をしないといけないなんて、なんだか笑えてくる。実際には笑わないが。
「それでは次に、今度のライブについてお願いします」
今度は神夜の番だ。
「はい。今度のライブは、俺たちの解散ライブになります。五月の◯△日、場所は東京New world Aホール。嬉しいことに、チケットは抽選になるほど多くの申し込みをいただいていて、完売となっています」
「そうなんですね。完売なんてすごいですね」
「ありがとうございます」
完売と言っても、転売ヤーがその分いることは確認しているので、満席になるかどうかはわからない。
「今回は解散ライブということで、解散理由についても教えていただいてよろしいでしょうか」
そこまで聞くのは酷な気もするが、それが仕事なので仕方ないと思って唯は心の中に留めておく。
「理由としては、俺が今高校三年生なんですね。高校の部活とかって夏にかけて引退して、受験モードに入るじゃないですか。それみたいな感じで、俺の未来がかかっているので、受験の方に集中したいなって思って」
「なるほど」
「休止っていう選択肢もあったんですけど、その間しろねこにも迷惑をかけるし、リスナーさんにも迷惑をかけてしまうので、それだったらもうやめようっていうことになって……」
「そうなんですね」
ちなみに神夜個人の活動は一時休止状態になる予定だ。
「受験が終わったら再結成する、なんて可能性は……?」
「今のところないですかね。ぼくたち二人で決めたことなんで、悔いがあるってわけでもないですし……また二人でやりたいとは思いますけど、アンリリとしてもう一度っていうのは今のところ無いです」
唯は聞かれるだろうと思って、回答を準備していた。なので瞬時にそう返し、もうその質問はしないでほしいということを示した。
別にアンリリに嫌な思い出があるわけではないし、神夜のことが嫌いなわけではない。ただ、話せば話すほどセククロのことが見透かされてしまうような気がして、あまり話したくなかった。
「では一つ、ファンの方からの質問にも答えていただきたいと思います。お互いにどう思っているのか、お互いのイメージについてお聞きしたいと思います」
本当にファンからの質問かはわからないが、話の路線は大分ズレた。
「じゃあ、ぼくから。神夜は最初からすごいいい曲作るなーって思ってて、ボカロPの初めての友達だし、すごい波長が合うっていうか、話しやすくて、人生でもそういう人って数少ないので、大事な人です」
ちなみにアンリリを組もうと誘ったのは神夜の方だが。
「俺はからしたら、しろねこはとにかく天才で、どうしたらそんな曲ができるのかって思うし、本数も質もすごいし……しかもライブでのパフォーマンス面もすごくて、歌もダンスも完璧で、どこから見ても隙がないというか、どうやって見えているのか計算しているみたいに思えた。それで頭も良くて、優しくて、実際に会うと顔も良くて、何が欠点なのかって思うほどすごいなって。そんな人とユニットが組めてすごい幸せだなって思います」
神夜から自分がそう見えているのか、と唯は再確認した。
「嬉しいこと言ってくれるじゃん」
「欠点あるの?」
「強いて言うなら、体が弱いことかな」
「確かにそっか」
定期的に点滴生活を送ることは神夜も知っているので、神夜はそれで納得したようだった。
「お二人のことが聞けたところで、最後に、ライブへの意気込みをお願いします」
「アンリリとして最後のライブなので、悔いが残らないように、納得できるライブをします。来る人たちにはぼくたちのライブを楽しんでほしいし、応援してほしいです」
「解散ライブということで、これまでにないくらいすごくて、アンリリ最強だなって思える最高で完璧なライブにしたいです。よろしくお願いします!」
唯と神夜がそう答え、インタビューは終わった。
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