第14話 リハーサル

 それから時間になったのでリハーサルスタジオに向かい、神夜たちと合流する。


「お疲れ様、しろねこ」

「おつかれ、神夜」


 今日面と向かって誰かと話すのはこれが初めてだった。一人暮らしの大学生なんかはこんなもんだったりするかもしれないが、唯は一応高校生だ。楽しい学校生活なんてもう諦めて捨てている。諦める前に、そんな願望もなかったかもしれないが。


「じゃあ行こうか」

「うん」


 今日のリハーサルスタジオは、スノドロプロではなく、もっと大きなスタジオだった。しかも今日は当日一緒にライブをするバンドの人なんかも来ていて、一層ライブが近付いているんだなと感じられる。


「アンリリのしろねこです。よろしくお願いします」

「同じくアンリリの神夜です。よろしくお願いします」


 準備ができてマイクを持った二人は、全体にそう挨拶し、リハーサルを始めていった。


 リハーサルの出来は上々だった。今まで練習してきた通りだし、バンドの人もなかなか上手くやってくれていた。曲を作ってきた唯や神夜も納得の出来だった。


 そうしてすんなりとリハーサルは終わり、当然夜は遅くなったが、気持ちよく帰ることができた。


「ただいま」

「おかえり、お兄ちゃん」


 家の中からそう声をかけてきたのは妹の碧空彩あくあだった。


 鳳霧家は東京の一等地に建つマンションに住んでいて、そこはおそらく規模感を伝えればお金持ちと言われるくらいの広さと立地をしている。そんな家だから、唯は今こんな生活ができている。


「どうだった? 今日は」

「ん?」

「リハーサル」

「ああ。上手くいったよ。いつも通り」

「そっか。よかったね」

「うん」


 碧空彩は本当なら自分もステージに立ちたいと思っているはずだが、唯のリハーサルが上手くいったことを喜んでいるように見える。純粋に、応援してくれているのかもしれない。


「夜ご飯どうする? 普通に用意する?」

「いや、いつものでいいよ」

「わかった」


 碧空彩にそう伝えると、唯は自分の部屋に戻って行った。


 練習着のパーカーから部屋着のパーカーに着替え、カバンから薄く折り畳まれた制服を取り出してハンガーに掛ける。


 それから視聴者から届いていたメッセージに目を通し、配信の切り抜きの編集をする。それがひと段落したところで、ちょうどよくスマホが光る。


 それは碧空彩からのメッセージで、部屋の前に夜食を置いておいたといった内容だった。


 早速扉を開けると、廊下におかゆが入ったどんぶりとスプーンが乗ったお盆が置いてあった。これが唯の言ういつもの、だ。


 唯は幼い頃長い間入院していて、点滴生活を送っていたのであまり食べ物を口にしなかった。そのおかげで極端に偏食になってしまい、おかゆみたいな当たり障りないものしか食べられなくなった。ファストフードに関しては最近やっと食べられるようになったが、多くは食べられない。


 そしてその中で一日二食しか食べていないので、当然栄養失調になることもある。なので唯は今でも定期的に点滴生活を送る。


 それでも生きているので多分大丈夫だ。


 それからそのおかゆを食べながら、唯は次のセククロのオリジナル曲や個人のオリジナル曲を打ち込んでいく。メロディーやイメージは大体決まっていて、あとは記憶が続く限り打ち込んでいくだけだ。


 本当は直接音源を収録した方がいいのだが、さすがにそんなに楽器を持っているわけではないので仕方なく一つずつ打ち込んでいく。


 約一時間が経ち、作業は終わらないまま、配信の時間になった。一応進んではいるが、そもそもそう簡単に終わるはずもない。


 今日の配信は仲のいい配信者たちと一緒にゲームをするというものだった。やるゲームは普段からやっているFPSゲーム。


 配信開始の数分前にボイスチャンネルに入るが、もう既に他のメンバーは揃っていた。


「お疲れー」

『お疲れしろねこ』

「みんな早いね」

『しろねこが遅いだけだよ』

「まあ、そっか」


 ギリギリまで作業していたので、それは仕方ないだろう。


『じゃあ配信開始していいですか』

『俺も始める』


 場の流れに沿って、唯も配信を始める。


『全員始めた?』

『うん』

『始めたー』

『始めましたー』

「おっけー」


 ゲームは五人制。ランクを配信でガッツリやるくらいにはガチ。


『じゃあとりあえず、自己紹介。しろねこから』

「え、ああ……普段歌ってみたを上げたりしてる歌い手のしろねこです。今日は今度やるライブのリハに行ってました。よろしくお願いしまーす」


 そんな挨拶から配信は始まり、配信は朝まで続いた。

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