第13話 鳳霧唯

 しろねこ――本名、鳳霧ほうぎりゆいは、自他共に認める天才だということを、最初に覚えておいてほしい。


  ◇  ◇  ◇


「気合い入ってるね、セククロのみんな」


 アンリリの練習がひと段落した時、神夜は唯にそう話しかけた。


 神夜の視線の先には向かい合った隣のレッスンスタジオがあった。一部ガラス張りのドアから中の様子が見え、そこからセククロの四人が新曲の練習をしているのが見える。


「まあ、あれくらいやってもらわないと、完全な初心者もいるし、浮いて困るのはあっちだからね」

「初心者もいて、大丈夫? アンリリはほとんどダンスないけど、さすがにアイドルやるならダンスやるよね?」

「まだ時間はあるから、大丈夫。あれだけ気合いもあるし、心配はしてない」

「そっか」

「まず自分のライブに集中する」

「それもそうだね」


 そう言って二人は練習に戻った。


  ◇  ◇  ◇


 数日後、唯はいつも通り早朝まで配信をしていた。ゲームのランクマッチを十時間くらいやっていたかもしれない。一試合が長いので試合数はそれほど多くないという体感だが、普通に考えれば尋常ではない量だ。


 唯も他の人がこのスタイルをやりたいと言ったら全力で止めるだろう。今でこそ慣れたが、少なくとも日中学校なんかに行ってる人にできるものではない。そうじゃなくても体に害が及ぶ上に深夜はそれほど閲覧も無いのでマイナスになっているだろう。


 それでも唯が続けているのは、夜にしか見れない業態で働く視聴者や外国の視聴者など一定数の視聴者がいるのと、その録画を日中に追って見る視聴者がいるからだ。それがあるから利益はマイナスにならず、面倒くさい指示厨なんかも沸かずに、ランクをやってもガチ勢しかいなくてゴースティングも少なく、夜の時間帯より快適な配信ができる。


 配信を終えて、夜のうちに来ていた連絡を全て返し、パーカーから制服に着替える。


 気付けば朝八時になろうとしていて、しろねこは革の手持ちカバンを拾い上げて玄関に向かう。今家の中に人気はない。学生の年齢の兄妹たちは全員もう出かけていて、あとは昼まで寝ているような生活なので、これが唯の日常だった。


 学校までは電車で約二十分。それぞれ駅から数分なので、八時に出ても間に合う。


 使われなくなった広大な埋立地に、唯の通っている星彩学院は建っていた。


 初等部から高等部までを設置し、高等部に関しては普通科だけではなく、芸能科、スポーツ科、通信制も設置している。さらに普通科は特進コースを設け、選ばれた成績優秀者のみがそこに所属し、優遇されている。そうは言っても、スクールカーストの頂点に立つなんてことはない。なぜなら、それがどれだけ無駄なことかとわかっているからだ。


 駅を出ると、目の前にすぐ星彩学院の校門がある。門をくぐるとすぐに三つの道に分かれる。左が初等部と中等部、右側高等部に繋がっていて、真ん中は特進コースの校舎へと繋がる。ちなみにコースによって校舎はあまり変わらず、芸能科だけは裏口から入った奥の方に校舎がある。


 特進と芸能科を除いて、いつも校門からの道は混み合っている。それも当然のことだ。そもそもコースが多すぎて全校生徒の人数は正直、生徒にはよくわからない。調べても翌月には増えているので覚えるだけ無駄だから唯も知らない。


 だが土地が広いので、窮屈なわけではない。


 そして校舎に入って、唯は自分のクラスへと向かう。


 唯のクラスは特進コースの理系。高等部一年生の特進コースに高校から星彩学院の生徒はいないので、文理選択が最初からされている。正直どっちを選んでいいかも決まっていないが、理系ならどうにかなるだろうという読みで、半分以上が理系を選択している。だが元々の生徒数が少ないので、教室はとても広く感じる。


 教室に入ると、もう大体の人が自分の席についていた。そしてそのほとんどが参考書を解いたり、勉強をしている。ここはそういう奴らが集まるクラスだ、と唯は呆れ気味に心の中で呟く。


 そんな中、唯は一番後ろの端の自分の席で机に突っ伏して眠りについた。これはいつものことで、誰も迷惑していないので何も言われない。これがあるから、あんな配信スケジュールが成り立っている。


 そのまま昼休みに入り、午後の授業が終わるまで唯は眠りについていた。しっかり八時間睡眠を取っていることになる。


 正直、唯からすれば授業に出なくても内容は既に理解しているものだった。幼い頃からそういう教育を受け、もう高校の勉強はしなくていいくらいまでの学力を身につけていた。唯の生活はそういう唯のバックグラウンドもあるだろう。


 そして放課後、この日はアンリリのライブのリハーサルがあったが、少し時間があったので、リハーサルスタジオの近くのファストフード店で遅めの昼ご飯を食べた。事前に注文と会計を済ませておき、行ったら受け取って食べるだけ。本物のファストフードだった。

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