第9話 ダンス未経験
全員が歌い終わり、次は問題のダンスに移る。
歌に関しては歌い手はそう名乗るだけの歌唱力はあったし、Ariaも悪くはなかった。
だがダンスは凛にとってできたもんじゃない。長年のひきこもり生活によってできたちょっと走っただけでダウンしてしまうほどの体力の無さと、何と言っても経験の無さだ。自信なんてあるわけがないし、周りもそうだと信じたかった。
でも周りはそうでもないことなんてわかっている。本職の踊り手に、元地下アイドル、しろねこだってライブではよくダンスもやっている。残るはシキだけで、最大でも自分とあと一人なら、もうそれは周りとは呼べないだろう。
「じゃあここからは俺がやるね」
夕真に代わり、ここからは白夜が進めていくようだった。そしてまずもう一つのレッスンスタジオに移動した。
「こはくとシキはダンスの経験ある?」
「全くないわけじゃないですけど、あるとも言えないくらいです」
白夜の質問にシキはそう答えた。
「こはくは?」
「無いです。全く無いです」
この答え方からして、シキも全くの未経験者というわけではなさそうだった。
「じゃあ、今回やってもらうのはこれ」
白夜がそう言って、セククロのチャット欄にある踊ってみた動画のリンクを貼り付けた。
その動画は今は地上でやっている地下アイドルがオリジナル振り付けで踊ったボカロの踊ってみただった。その振り付けはその曲の踊ってみたでは一番有名で、凛でも見たことがあるくらいだった。
「Ariaとかはやったことある? もしかして」
「あー……一応あります。動画は撮ってないですけど、知り合いとその場のノリで……」
「そっか。さくらは見たことあるよね?」
「まあ、そうですね。一応ライバルでしたから、その時は」
「他はどう?」
「オレは、何となくって感じです」
Aria、さくら、シキがそれぞれ質問に答える。
「こはくは?」
「あります。もしかして、これをやるんですか?」
「そういうこと。しろねこは大丈夫だよね?」
「うん。できる」
聞いてから、質問が変だったと凛はちょっと後悔した。だがそれどころではない。しっかり踊ろうと思って見るのはこれが初めてだ。この曲に限らず、踊ってみたをそういう視点で見るのは初めてだった。
「もちろん、いきなりやれとは言わない。今から練習してもらうし、お互いに教え合ってほしい。その雰囲気も見てみたい。おそらくいざライブの練習をするとなった時にも同じことをすることになるだろうから」
それから話の主導権が本職のAriaに移され、その動画を出すかどうかは別として、五人でその曲を一旦練習することになった。
「俺はそれなりにできるし、しろねこもいけるんでしょ?」
「うん。大丈夫」
「じゃあ、二つに別れようか。さっきの反応だと、こはくの方が自信なさそうだったから、こはくは俺がマンツーマンで教えるよ」
「それなら、ぼくがさくらとシキか。さくらはやってたし心配いらなさそうだけど」
「ボクは一人で大丈夫。覚えたらどっちかに合流するよ」
「わかった。じゃあシキ、よろしく」
「よ、よろしく」
凛は何も会話に参加できないまま、Ariaとのマンツーマンレッスンが決まっていた。
「こはく、よろしく」
「よろしく」
「まあ……無理しないようにやろう」
「うん……なんか、ごめん」
「別に謝らなくていいよ」
それからとりあえず二人は動画を見て振りを覚えることにした。
その動画も歌って踊ってみたという形で、そのパートを歌っている人にフォーカスが行っていることが多かったが、実際のところほとんど全員が同じ振り付けで、あまり難しいこともしていないように見えた。
「これ……上手いの?」
「いやぁ……そうでもないんじゃない? 下手ではないけど……そこが売りじゃないしね。曲調とかも加味すると、もっとキリッとした感じで、全員で揃ってた方がいいなーとは思うけど」
「なるほど……」
メディアで見るような有名なアイドルは、Ariaが思うようなことをやっている人たちだ。そしてセククロが目指すのもそれだ。凛は改めてそれを感じた。
それから数十分後。凛はAriaの指導もあり、完璧とまではいかないが、見よう見まねで踊れるようになっていた。
自信はなかったが、案外上手くできるようになっていた。基本、踊ってみたの振り付けというのは真似しやすいものが多く、だから凛でもできたのかもしれないが、全くセンスがないわけではないということはわかった。
「そっちはどう?」
「大体できたよ。そっちは?」
「こっちも大体できた」
「じゃあ、合わせてみる?」
「そうだね」
それぞれを仕切っていたAriaとしろねこがそう話し、五人で合わせてみることになった。
立ち位置はそれなりにできるAria、しろねこ、さくらが前列に立ち、それを見るように凛とシキが後列に立つ並びとなった。
いざしっかり並んでみると、あの画面の向こうの憧れの存在だったしろねこと同じグループになっていることが改めてすごいことで、ちょっと信じられないと思った。
そして早速全員で合わせてみたが、凛はまだ振りを完全に暗記しているわけではなかったのだが、前で踊るAriaたちを見てなんとか思い出し、無事に一曲踊ることができた。
「うぁ……はあ……はあ……」
練習の時から息は上がっていたが、いざフルで本気で通してみると、凛は苦しくて仕方なかった。むしろ、踊りきれた方が奇跡まであるのかもしれない。それでも、凛は楽しかったと思えた。
「おー、すごいすごい」
凛たちの出来を見て、白夜はそう呟いた。
「シキもこはくも、初めてにしてはよくやってるし、上手くやってると思う」
「ありがとうございます!」
「あ、ありがとうございます……」
凛は息が上がっている中で返事をしたのでまるで嬉しくないように聞こえるが、本心はとても嬉しかった。
「ほかの三人はさすがの出来ってところだね。俺が見込んだだけある。ファンサする余裕もあったみたいだし」
「気付いてくれたんだ」
そう答えたのはしろねこだった。凛は自分のことに精一杯でしろねこのことなんて見ていなかったが、どうやらしろねこは見ていた白夜にファンサまでしていたようだった。先ほど凛がされたように。凛のは推しフィルターがかかった思い違いかもしれないが、今回は確実に意図してやっていたようだった。
「お前はほんとに、ステージに立つために生まれてきたみたいなもんだしな……」
「目の前にいる一人にファンサできずに、ライブ会場でできるわけないでしょ?」
「それもそうだな」
さすがしろねこ……と凛は思ってしまった。だが、もうそんな憧れというか、推しという目で見ている場合ではない。ということもわかってきている。
凛はもう一度、気を入れ直した。
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