第8話 初練習
翌日、早朝に凛たちはスノドロプロに集まっていた。
今日はセククロの初練習の日だ。
昨日はあの後、普段の配信の予定だったり、動画の打ち合わせとついでに撮れそうだったゲーム実況の動画を何本か撮影もした。
それからの早朝だったので、凛は正直ものすごく眠かった。凛だけではなく、他も眠そうにしていた。だが、しろねこは眠そうには見えなかった。そうは言っても、相変わらず前髪で目が見えないので、本当は眠そうにしているのかもしれない。
「遅刻しなかったんだね、みんな」
「しろねこが一番遅刻しそうだったけど」
「え?」
「さっきまで配信してたじゃん」
「ああ……ぼくオールだから。いつも通りだし、問題ないよ」
「マジ……かよ……」
しろねこは昨日の打ち合わせ後から朝五時ごろまでずっと配信をしていた。確かにいつもそのくらいやっているイメージだったが、こんな日までそれを貫いているとは思わなかった。そしてそのまま練習に参加しようと思うのも驚きだった。
「じゃあ、まずは走ろうか」
「えっ」
「体力必要だからね。Ariaとさくらは心配ないだろうけど、継続することも大事だから」
そして急に走り込みが始まった。
事務所の近くにある大きな公園のランニングコースまで行き、それからそのコースを一周。それがどれくらいの長さなのかわからないが、凛はかなりの時間かけて周り切った。他の四人とはかなり時間の差があったと思うし、息が上がりすぎて苦しい。
「大丈夫? こはく」
そう声をかけてきたのはAriaだった。だが、凛はそれに返答することもできないほどで、地面にうずくまっていた。
「思ったより体力なかったんだね。なんか、ごめんね」
「え……?」
「何しようかってしろねこと話し合ったの俺だから」
「いや……大丈夫。だいぶ落ち着いた」
自分でも体力がないことは理解していたが、これほどまでとは思っていなかった。
「こはく、体力なさすぎだよー」
畳みかけるようにさくらがそう言ってうずくまっている凛の上に覆いかぶさる。バックハグのような体勢になっているが、今はそれどころでもなかった。Ariaには悪いので大丈夫と言ったが、正直まだ大丈夫ではなかった。
「マジで運動してないの?」
「家から出てないし……ニートだもん」
「そんなんでライブできるのー?」
「これから頑張るから……」
「そっかー。付き合うよー、みんなで。ね?」
さくらの呼びかけに全員がうなずき、凛は苦笑いをすることしかできなかった。
その後、スノドロプロに戻り、練習が始まる。ここからが本番なのだが、凛は既にかなり疲れていた。
「走ってきたの? お疲れ様。みんな大丈夫だった? 急に走って」
「こはく以外は大丈夫でした」
「そっか」
出勤してきた白夜にAriaがそう伝えたが、白夜はある程度凛の事情を知っているので、致し方ないと思ってくれているだろう。
「じゃあちょっと休憩したら、まず歌とダンスがそれぞれどれくらいできるか見せてもらいたい。まあ、できないものはできないでいいから、気楽にやって」
白夜はそう言うと、準備してくると言って奥に消えていった。それと入れ替わるように奥から夕真が出てきて、五人をレッスンルームに案内した。
「じゃあ、最初歌から行こう。得意な曲何でもいいよ。できればボカロとかでインストが上がってるやつだといいんだけど」
歌い手なら動画が上がっていると思うし、それを聞いていないわけがないと思うが、あれは加工がいくらでもできるから、真の実力はわからない。だからここで見るのだろう。
得意な曲はあるが、それを誰かの前で歌ったことはない。画面の前しかない。だから、いつも通り歌えるかわからない。でも、人前で歌えないとアイドルなんてできるわけがない。
凛はそう覚悟を決めた。
「じゃあ、誰から行く?」
「ボク最初行きます!」
そう言って夕真からマイクを取ったのはさくらだった。
さくらがオーダーした曲は、可愛さに全振りしたようなボカロだった。可愛い女の子のちょっとしたわがままを歌った曲で、さくらみたいなキャラならよく歌っている曲だ。
おそらく歌いなれていて得意なのだろう。それがよく伝わってくる。しかも、さすが元地下アイドルといった感じで、緊張している様子もなく、誰かに見せることを楽しんでいるようでもあった。
本題の歌の実力についてだが、これもさすが元地下アイドル。聞かせられないほどの歌ではなく、歌い手としてやっていけているほどの上手さはあった。
「じゃあ次」
「……なら俺が」
一瞬の間を置いて、誰も行かなかったので、Ariaがそう言ってさくらからマイクを受け取った。
歌は本職ではなく、そもそも動画すら上がっていないであろうAriaが選んだのは、ボカロをテーマにしたゲームのために書き下ろされたダンスミュージックのようなテンポがいい曲だった。元々その曲にゲームキャラたちのダンスMVがついていたことから、踊り手たちもその曲で踊っていて、それでこの曲を選んだのだろう。直近では一番聞いている曲なのかもしれない。
そして肝心な歌の実力だが、少なくとも聞くに耐えないようなものではなかった。だが、それ以上の上手い下手は好みだったりもするので、簡単に判断はできないだろう。
「じゃあ次」
「ぼ、僕行きます!」
三番目。そろそろ行っておかないとまずいと思った凛は、誰よりも早く手を上げて行った。
凛が選んだのはボカロ曲をよく使っている人たちがやっているアニメコンテンツのキャラソン。偶然にも王子系アイドルの曲だが、狙ったわけではなく、ただそれが一番再生数が多い歌ってみたで、その評価が完全に自信になっていたからだ。
とてつもない緊張の中、凛は覚悟を決めて歌い出す。最初は思うように歌えた気がしなかったが、だんだんノってきて、凛は最後には楽しくなっていた。
我ながら上手くできたな、と凛は自分を褒め称えた。
「じゃあ次」
「……じゃあオレが」
残るはしろねことシキだったが、しろねこが出る気配がなかったので、シキが次やることになった。
「オレ、その……得意な曲ってあれしかないんですけど」
そう言って、シキは夕真にスマホの画面を見せる。
「ああ……別にいいよ。それがシキってことでしょ?」
「まあ……ちゃんと言われるとあれですけど、そうですね」
何を歌おうとしているのかわからないが、凛はなんとなく方向性はわかっていた。簡単に言えば親の前では聞きにくい曲ということだろう。だが、歌い手の中ではそういう曲を得意とする人もいるし、シキもその一人なのなら、確かにそれがシキだということだ。
それから音楽がかかり、かかった曲は凛の想像通りの曲だった。直接的にエロい言葉を言っているわけではないが、想像すればなんとなく伝わってくるような歌詞。曲調もどこかねっとりしているというか、そういう雰囲気を感じさせる。
そしてそれを自分の曲かのように歌いこなすシキもすごい。凛は改めてこの曲の良さを感じた。
「じゃあラスト、しろねこ」
ついにしろねこの番になった。しろねこが歌い手として人気があるのは、やはり歌が上手いというのが最初にある。他にも要因や要素は沢山あるが、歌い手たるもの歌が上手くないと伸びるものも伸びない。
マイクを受け取ったしろねこは、確か配信で過去一の出来だと言っていた自分の曲をオーダーした。その曲はアニメのオープニングテーマのような疾走感があり、しろねこの声の幅を活かした、男とは思えない高音も特徴の曲で、凛もその曲はしろねこの曲の中でかなり好きな方だった。そう思うと、自分で自分の曲を作れるのはすごいなと凛は改めて思う。
そしていつの間にかしろねこに釘付けになっていて、凛は圧倒されていた。加えて、一瞬前髪の間から見えたしろねこの赤い瞳と目が合い、ファンサを受けたオタクの気持ちがよくわかったような気もしていた。
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