第7話 リーダー

「それで、東京New Worldのことだよね」


 しろねこは話を戻す。


「前にやったのはAホールだね。キャパは一万五千人くらい。リニューアルのこけら落としだった。いつもの歌い手十人くらいでやったやつ」

「そう。その時」


 凛は行ったわけではないが、そのライブのことは知っていた。


 特に有名な、昔から中心部いたような歌い手たちの中にしろねこもいた。個人でもそれぞれソロライブができるほどだったが、いざ集まってライブをするというのは、界隈ではとんでもないことだった。


 それは数年前だったから一万五千人キャパでも開催できたが、今だったらそれでも少ないかもしれないと思うほどだ。


 セククロのデビューライブはそのうちの一人であるしろねこがいるが、他のリスナーが少ないのでおそらく五千人でも大丈夫だろう。むしろ埋まらないかもしれない。


「あそこのライブハウスはまだ歌い手ってものが全く知られていない時からライブさせてくれてて、あそこがなかったらライブができるようになるのはもっと後だったと思うよ。そういうところだから、そこでデビューライブっていうのはいい考えだと思う」


 これが凛が聞いたことがある噂の正体だった。


「今月もなかったっけ? そこでライブ」


 凛はさらにそう聞く。


「うん。あるね、アンリリ解散ライブ」


 アンリリというのは、しろねこが現在組んでいるユニットの名前だ。正式にはUnlimitedアンリミテッド Lyricリリック。確か、しろねこの相方の都合で解散することになって、最後に解散ライブをするという話だった。


「それもAホールだけど。今月」


 そうか、それもAホールだったか。チケットは完売だったはずなので、凛は改めてしろねこのすごさを体感した。


「でも、会場埋まるかな……俺たちで」


 そう呟いたのはAriaだった。


「まあ、大丈夫だと思うよ」


 白夜がそう言ってAriaを安心させる。


「全員合わせたSNSフォロワー数の約五%。多少の被りはあると思うけど、俺たちは行けると思ってる。一応俺たち、snowdropだしね」


 確かにそうだ。現役時のスノドロの人気は凄まじかった。今だって歌い手もどきみたいなことをしているが、人気は大きく衰えたわけではない。そのスノドロの二人がプロデュースするアイドルだ。きっとメディアで取り上げられて、注目される。そこで上手くやれれば、会場を埋めることは簡単だ。


「君たちならできると思ってるから、ここを押さえた。心配しなくていい。気を抜かずにちゃんとやってくれれば、それでいい。結果はついてくる」


 夕真のその言葉に、一同は勇気づけられた。


「あ、言い忘れてたけど、ライブは顔出ししてもらうから。普段はまだ未成年だしイラスト使っていいけど、さすがにライブは……ね?」


 白夜がそう言い、勇気付けられたはずがさらに不安になったような気がした。


「もう出てる人もいるし、もし決心できればいつかは公式に顔出ししたいけど……それは無理しないでいい」


 ネットで生きていると、顔出ししないのが普通だ。だから感覚がおかしくなっているのかもしれないが、顔出しすることに理解がないわけではない。


「あ、あと、発表後とライブの時に一曲ずつ、グループのオリジナル曲出すから、心の準備しておいて。できれば一人一曲ずつも用意したい」

「えっ……」


 凛は思わず声が漏れていた。いきなり色々なことを言われて、オリジナル曲まで言われたら、ちょっともう心がもたない。


「で、ライブのために練習するから、今月の予定送っておいて欲しい。グループ使ってあるから」


 最後に練習の予定が決まり、顔合わせは終わった。


 凛としろねこは何も予定がないと言っていて、Ariaはバイト、さくらは部活、シキも何か家庭の事情的な用事があるらしい。



 翌日、祝日だがAriaのバイトがあったため、夜にボイスチャットツールを使って打ち合わせをすることになった。


 凛は少し前にサーバーに入ってみたが、しろねこしかまだボイスチャットサーバーにいなかった。


『……ん、こはく』

「あ……」

『早いね。普通みんなギリギリに来るのに』

「あんまりギリギリだとあれかなって」

『そっか』

「しろねこも、早いね」

『まあ……白夜に決めること頼まれてるし。暇だから』

「そっか」


 そう話していると、集合時間の三分前になってやっと続々と集まってきた。


『じゃあ、そろそろ始めていい?』

『うん』『いいよ』

『おっけー』


 言っていた通り、しろねこが話を主導する。


『とりあえず、最初に聞いておきたいんだけど、呼び捨てタメ口嫌な人っている? 使い分けるよりいいかなって思うんだけど』

『俺はいいよ、どっちでも』

『ボクも大丈夫』

『うん。オレも。むしろそっちの方がやりやすいかなって』

「僕も、大丈夫」

『じゃあ、そうしようか』


普通こういう風に変わるものではないが、セククロはそうやって無理矢理にでも距離を詰めようとすることにした。ゆっくり関係を作るなんて呑気なことは言っていられないし、全員がコミュニケーションの強者でもない。仕方ないことだ。


『まず、リーダー決め。どうする? やりたい人』

『リーダーって何するの?』

『特にこれと言ってすることはない。でも、何かする時に優先的に役職が回ってきたりする。配信のMCとか』

『なるほど……』


 それを聞いても、誰もやりたいとは言わなかった。


『一応白夜たちからは、やってもらいたいことっていうのを一人一人言われてて、Ariaは振り付け担当、シキは動画編集とかの担当とは言われてる。だからそれ以外の方がいいかな。もちろん、やりたかったらいいけど』


 Ariaもシキも、もうやることがあるのならこれ以上は他の人に任せると言った。


「じゃあ、僕かさくらかしろねこ?」

『そうなるね。でも、ぼくがやるとイメージ悪くなりそう』


 しろねこはそう言った。


「え、何で?」


 一番有名なしろねこがリーダーになれば、多少は話題になるだろう。それは間違いなくプラスになるはずだ。しかも白夜たちともコミュニケーションが取りやすいのもプラスだ。


『いや……言っちゃなんだけど、ぼくだけが飛びぬけてフォロワーが多い。アンリリも無くなるし、無くなったアンリリの代わりに、ぼくがぼくのために作ったなんて言われたくない。まず最初に炎上しそうだし、そんなのがリーダーじゃない方がいいよ』


 色々思う人は沢山いるだろう。だが、そんなことを気にしていても仕方がないような気がする。まず一番円滑に進むことが重要だ。そうは言っても、炎上については否定できない。アンリリの相方のリスナーが、しろねこに推しが捨てられたように感じる可能性は大いにある。初手リーダーが炎上。そんなことから始まりたくない。


『えっと……ボクはこはくに任せたいんだけど……』


 さくらは凛にそう言った。


「えっ……何で僕が……」

『いや、ボクよりリーダーって感じするよ。だってボクこういうキャラだし』

「確かにそうだけど……」


 ショタで最年少のような立ち位置を取るさくらが実はリーダーでしたなんて、なかなか珍しいだろうし、キャラ造りの観点からしてマイナスになってしまうだろう。それはグループにとってもマイナスになる。


「……わかったよ。でも、一応僕最年少だからね? あんまり、期待しないで。あと、センターは御免だから。一番活動歴短いし、イベント経験もないし、そもそも他の人と何かするってことも滅多にない」


 とにかく自信がない。そうは思っても、そこまでは言えなかった。


 でも、さくらは元地下アイドルとしてステージ経験を活かした役割があるだろうし、しろねこは白夜たちと連絡を取ってくれているし、現時点で役割がないのは凛だけだったので、断ることもできなかった。


『わかった。でも、引き受けてくれてありがとう、こはく』


 しろねこは凛にそう言った。


『じゃあ次、センターはどうする?』

『こはくがセンター立たないんだったら、やっぱりしろねこじゃないかな』


 しろねこの質問に、さくらがそう答える。


『さすがにしろねこ差し置いてセンターっていう方が炎上しそうだし』

『ライブのセンターも同じなら、ライブ経験ある人の方がいいと思うよ』


 Aria、シキもそれぞれそう言う。


『経験だけで言えばさくらでも……』

『ボクはそういうキャラじゃないの!! さっきも言ったでしょ!』


 さくらはしろねこにそう言って、何としてでもセンターを回避しようとした。地下アイドルなんてやっていれば、一度はセンターになりたいと思うものだと思うが……さくらはそうではないようだ。確かに『さくら』というキャラクターはセンター向きではないが。


『こはくはどう思う?』

「えっ?」

『リーダーだし。意見は聞かせてほしい』

「うーん……しろねこがいいなら、しろねこがセンターっていうのが一番良さそうだと思うよ」

『そっか』


 え、な、何その反応……としろねこの反応が期待外れと言っているような気がして、凛は気になってしまった。


『わかった。ぼくがセンターやる』

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