第6話 sextet clock

「まず、俺たちが作りたいグループについて」


 白夜がそう言うと、白夜の背後にあるモニターにスライドが映し出される。どうやら、プレゼンが始まったようだった。


「俺たちが作りたいのは、一言で言えば2.5次元アイドル。アイドルとも、歌い手グループとも違う。そんなグループ」


 一応、アイドル系歌い手グループも2.5次元アイドルと呼ばれることがある。


「大きな事務所でもなければ、今はインターネットを重視して、それを上手く使えるアイドルが伸びると思う。だけど、アイドルを目指して来るような子たちにいきなりネットを任せるのは不安だった。そこで、多少なりともネットのあれこれを見てきたネットの活動者たちならって思った。俺たちが歌い手出身っていうのもあるんだけどね」


 白夜はそう説明した。確かに全員活動歴は一定数あって、燃やされるリスクの高い側として色々と見てきたような人たちだ。使い方も心得ていて、常に細心の注意を払っている。人が多すぎて、どんなに有名でも問題を起こせばすぐに落ちていく、そんな界隈だから特にそうだ。


「じゃあ、グループ名を発表します。先に謝っておくけど、大人の事情でグループ名は先に決めさせてもらった。違うのがよければ案出してくれれば変えられるけど、無ければこれで行きたいと思う」


 白夜が先にそう言うと、夕真がパソコンを操作して、ある動画を流す。


 その動画は何かのPV映像のようで、まず立ち絵が映し出された後に、ロゴが映し出される、十秒ほどの動画だった。


sextetセクステット clockクロック……?」

「そう。sextet clock」

「せっく……」

「まあそうだよね」


 しろねこが言い切る前に、それを遮るように白夜がそう反応した。大体気付いてはいたが、誰も指摘していいのかわからなかった。さすが知り合いなだけある。


「でも、別にそういう意味じゃない。sextetは六重奏って意味」

「わかってるって」


 どうやらわかって言っていたようだった。


「略すならセククロかな。それなら気にならないだろうし」


 略称は大事だ。確かにセククロなら気にならないし。


「でも、五人なのに六重奏なんですか?」


 そう聞いたのはAriaだった。


「うん。元々は六人だったんだけど、一人辞めちゃってね。こっちも無理に引き止めるわけにはいかないから」

「そうなんですね」

「一応表向きには、最後の一つはリスナーだったり、俺たちみたいな関係者全員ってことにしといて。実際、視聴者まで全員で作るのがコンテンツだとも思うし」

「わかりました」


 グループ名に異議を唱えるような空気は無いし、凛自身も不満があるわけではない。そもそもネーミングセンスがないので代替案が浮かぶはずがないので不満があっても諦めるしかなかった。


 だが、意味としては悪いものではない。五人のメンバーと関係者、全員で奏でるように、素晴らしい時を過ごす。そんな意味だろうと凛は解釈した。


「それで、これが立ち絵」


 白夜がそう言うと、画面が切り替わって五人の全身イラストが表示される。


「契約決まった順に資料送ったから、真ん中がしろねこ、その右がシキで、反対がさくら。シキの隣がAriaで、さくらの隣がこはく。またリーダーとかセンターとか決まったら並び替えるから、順番は気にしないで」


 全体的にサイバーパンク風の服で統一されていて、それぞれにそれぞれのメンバーカラーが反映されているように見える。メンバーカラーの話なんてされなかったが、おそらく凛とかぶっていた人はいないのだろう。


 しろねこは見覚えのある白い髪に黒い目。メンバーカラーは黒だろうか。前から、しろねこなのに黒だということをネタにしていた。


 シキは濃い茶色の髪に紫色の目。メンバーカラーは紫で、本物のシキからは紫感が無いので違和感を感じる。まあ、そういうものだ。


 さくらは黒髪に名前の通り桜色の目。メンバーカラーももちろん桜色。淡い桃色と言ったところだ。ただし、こちらも中の人との違和感はある。


 Ariaは水色の髪に青い目。メンバーカラーはもちろん青色で、こっちは特に違和感がない。青が好きなのだろうと凛は思った。


 そして最後に凛。凛の歌い手としての名前、こはくは金髪に明るい茶色の目をしている。メンバーカラーは黄色で、一応凛も中の人との違和感はあるだろう。ちなみに凛の黄色は、こはくという名前から取っている。


 リーダーカラーとも言われる、メジャーカラーの赤色はいなかった。強いて言うなら、夕真のメンバーカラーが赤だった。ちなみに白夜は名前の通り白だ。


「間違いとかあったら教えて欲しい。できれば来週くらいまでには」


 白夜はそう付け加えた。


「じゃあ、ここからは僕が説明する」


 今度は夕真の番のようだ。


「今後の活動方針について。と言っても、今までやってきたことはこれまで通り続けてもらっていい。というか、そうして欲しい。下手に何かあるって気付かれても困るから」


 これは白夜も言っていたことだ。これまで通りの活動をしながら、事務所の支援がついて、ライブとかもやる。大体そんな感じだったはずだ。


「それで、まずお披露目は来月初週の土曜日。スノドロプロの公式アカウントで、僕と白夜だけ出て記者会見みたいに配信するつもり。その配信が終わり次第、全員自分のリスナーに告知していい。一応その時の文章とか準備しておいていいかもしれない」


 お披露目は一か月後だ。それまでずっと隠しておかないといけないので、むしろそれが大変かもしれない。普段の配信なんかでも、その日何したかを話そうとしてもそれがこの関連だと言えないわけだし……とは言っても、凛は普段から何もしていないので、『何もしてない』が通る。


「で、その発表までに、いわゆる自己紹介動画を作ろうかなって思ってるので、今まで上げた中で一番自信ある動画、代名詞みたいな動画のデータを送っておいて欲しい。編集はできる人いれば任せるけど……」

「じゃあオレやりますよ」

「わかった。シキに頼む。データはシキに送ってくれ」


 自分で動画編集できる人がグループにいると、より自分たちっぽいものができる。委託した先の人に何でも言ってくださいと言われても、やっぱり他人には言いにくい。しかも、グループの誰かが作ったというだけで特別感が出る。


「そして、2.5次元アイドルっていうくらいだから、デビューライブもやる」

「デビューライブ!?」

「うん。八月にやる予定で、場所も押さえてある」


 やることはわかっていたが、いざやると言われると、凛は緊張してきていた。


「どこでやるんですか?」


 冷静にそう聞いたのはさくらだった。さすが元地下アイドル。ライブには慣れているようだ。


「東京New WorldっていうライブハウスのBホール。キャパは九千人」


 東京New Worldは、よく歌い手のライブなんかもやらせてくれるところだと凛は聞いたことがあった。聞いたことがあるだけで、本当のことは知らない。まず凛はライブなんてしたことがない。歳も考えれば当然だ。ステージに立ったことがあるしろねことさくらが特殊なだけ。なのでそのライブハウスの詳しいことはしろねこが知っているだろう。


「……た、確か、しろねこさんもやってましたよね? そこで」


 凛は思い切ってそう聞いてみた。


「ああ……うん。てか敬語やめてくれない? 一応同い年だし。同じグループっていうか、もう知り合いでしょ?」

「えっと……」

「別に本名でもないんだから、あんまり『さん』とか付けなくていいよ。全く知らない人じゃないんだし」

「あぁ……わ、わかった」


 今まで完全な格上だっただけに、躊躇いがあったが、本人がそう言うなら仕方ないと凛は割り切った。


「こはく以外も、ぼくに対しては敬語じゃなくていいから。個人個人で思うことはあると思うから、統一はしないでおくけど」


 しろねこはそう付け加えた。


「それで、東京New Worldのことだよね」

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