第4話 勇気と覚悟
両親に言う勇気が出ないまま何日も経ち、顔合わせの日が迫っていた。
そんな時、凛が一番好きな配信者・しろねこがお悩み相談室という企画を配信でやるという告知がされた。この企画は月に一度行われている企画で、今までは人に相談できる悩みなんて無かったので見ているだけだった。
だが今は、相談したい悩みがある。口外禁止とは言われているが、ほとんど嘘で固めてしまえば、バレることはないと凛は思って、匿名の質問箱に相談内容を送った。
そして夜九時。しろねこの配信が始まった。
『今日は、お悩み相談室ということで、相談乗れることは答えていこうかなと。ただの質問でもいいから、みんな色々送って』
視聴者数は一万人ほど。ここで読まれるのも緊張しそうだが、それを我慢してまで、凛は誰かに何か言って欲しかった。
配信が始まって二時間ほどが経った頃。自分の相談が読まれないかと期待していた気持ちは段々と薄れていたが、しろねこの配信は大抵朝までやっているので、まだ可能性はあると思って凛はここまで見ていた。
『じゃあ、次。『しろねこさん初めまして、いつも見ています』ありがとう。『少し相談したいことがあり、送らさせていただきました』うん。『今僕には夢があります。それを今叶えられる寸前まで来ているのですが、その夢を両親に話せていません。その夢の都合上と僕が未成年なこともあって、両親の承諾がどうしても必要なのですが、僕は今両親とほぼ絶縁状態で、とても話せそうにありません。どうしたらいいですか。励ましだけでもいいので、よろしくお願いします』……と。そっか、なるほどね』
「えっ……僕の……読まれた……」
これは本当に凛がしろねこに送っていたものだった。まさか読まれるとは思っていなかった。でも、これで何か決意ができるかもしれないと、凛は他人任せに期待していた。
『まあ……思い切って言うしかないんじゃないかな。むしろ、それくらいできる覚悟がないならやらない方がいい』
そ、そうだよな……もう、どうなってもいいって決めたのに。
『それにしても、未成年で絶縁って何したんだよ』
しろねこは重くなった話を笑いながらそう言って、雰囲気を変えた。
『おれからは頑張れってしか言えないから。とにかく、頑張って』
最後にそう付け加えて、しろねこは次の相談へと移っていった。
しろねこが言うことはごもっともだ。それができる覚悟がないのなら、それは本当にやりたいことではないのかもしれない。正直、しろねこにしてみればそんなこと言われても困る内容だったと凛は申し訳なくなった。
でも、これで覚悟が決まった。凛は本気でアイドルがやりたい。正確には、社会的な居場所を得るために、本気でアイドルをやりたい。最後かもしれないチャンスを無駄にしたくない。ここでやらないと、もう未来はない。たとえ失敗しても、それで失われる未来なんてない。これまで社会に入って行けなかったような状態なのに、僕なら大丈夫という謎の自信もあった。一番信用している、簡単に言えば推しの配信者であるしろねこに背中も押してもらえた。なんだか凛はいける気がしていた。
そして翌日。覚悟を決めた凛は、久しぶりにリビングに向かった。
一応平日の日中なこともあって、父親も咲希もいない。リビングには母親だけがいた。だが、凛が入ってきても何も言わない。まるでそこにいないかのようだった。
「……あの、ちょっと、いいですか?」
凛がそう言うと、母親は一瞬凛の方を見た。気付いてはいるようだった。
「今度、バイト始めようと思うので、これ、書いてください。お願いします」
空気の重さに耐えきれず、凛はそう言って紙を机の上に置くと、すぐにリビングを後にしてしまった。色々言われる前に出てしまえば、傷つけられることもない。逃げるようにも見えてしまうが、これもしょうがないと思えてしまうのが凛だった。
それから数時間後、相変わらず部屋に引きこもっていた凛は、部屋のドアの下にある隙間に、ファイルに入った契約書が入っていることに気づいた。そこにはしっかりとサインがされていて、どうやら認めてくれているようだった。
「妙……だな……」
こんなことがあり得るのだろうかと凛は疑った。まだ何も教えていないが、どこかから凛の個人情報を手に入れて、白夜たちが説得をしに来たのではないか……だとか。正直そんなことができる気はしないので、本当に母親は認めてくれたようだった。
まあ、バイトと言ったので、アイドル事務所のスタッフにでもなるのだろうと勘違いをしている可能性はある。家にいられる方が迷惑だから、だとか、そんなことを考えられているのかもしれない。
でも、理由はどうであれ、この契約書にサインがもらえたのは大きなことだった。まだ凛のことを息子だと思ってくれているような気がして、少し安心した部分もある。何より、これで現実の居場所ができると思えば、変に考えるのはやめた方がいいと思って、凛はそれ以上考えるのをやめた。
それから数日が経ち、世の中はゴールデンウイークに入った。このタイミングでスノドロプロでの顔合わせが予定されていて、凛はそれを楽しみにしていた。
凛がスノドロプロに向かうと、もうすでに全員集まっているようだった。楽しみにしていたが、同時に不安も襲ってきていて、またグズグズとしてしまっていた。そうは言ってもちゃんとやる気はある。ちなみに遅刻はしていない。
「こはくくん、こっちこっち」
白夜にそう言われて、凛はオフィスのデスクが集まる場所の奥にあるクッションなどが置かれているリラックススペースに向かう。そこには白夜と夕真とAriaを含めた同い年くらいの少年たちが四人、そして少女が一人いた。
ここが、僕の居場所になるといいな……
そんな期待を胸に、凛はその輪の中に入っていった。
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