第2話 目指すグループ

「DMでも言った通り、俺たちは新しいアイドルグループを作りたいと思っている。俺たちが作りたいアイドルっていうのは、新しいネット発のアイドルなんだ」

「ネット発のアイドル……」

「そう。多分、側から見ればただの歌い手グループに見えると思う。でも、アイツらは、所詮素人だから……パフォーマンスのクオリティは高くない。粗削り感が否めない。本人たちはよくやってるとは思うけど、同じネットから出た俺たちからすると、そう思ってしまう」


 現役の時のSnowdropのパフォーマンスは、確かに完璧だった。それを未経験から作り上げたというのだから、その才能には驚くばかりだ。だがそれが誰にでもできるわけではない。凛だって未経験だが、スポーツとは無縁で運動神経がいいわけでもないので、それを求められてもできる気はしなかった。


「俺たちみたいにやれとは言わない。でも、高いクオリティでパフォーマンスを届けられるようなグループを作りたい。オタクたちはいわゆる推しフィルターで下手でも喜んでくれるけど、それだけでは続かない。何も知らない人も惹きつけられるようなものが必要。それで一番見てわかりやすくて、好みに左右されないのは、パフォーマンスのクオリティなんだと思う。だから、そういうグループを作りたいって俺たちは思ってる」


 白夜たちが作りたいグループは十分にわかった。でも、パフォーマンスを求めるなら、アイドルを目指す人たちのグループを作った方がいい気もする。


「でも、何で僕なんですか? 僕っていうか……歌い手にこだわらなくてもいい気が……白夜さんほどの人なら、人も集まってくるでしょうし」

「まあ、そうなんだけど……ネットでやってる子たちがいいっていうこだわりはあって」

「そうなんですね」

「うん。あと、普通にやりたい人を集めても、他のグループと同じになっちゃうから。結局、他のグループに受からなかった人たちが集まってくるだけ……って気がして」

「なるほど」


 今のアイドルといえば、有名になるのは大手事務所の王道アイドルか、韓国系のアイドルがほとんど。それと同じことをしても、もうその枠は残っていない。白夜の考えていることは、凛にも理解できた。


「白夜さんたちが作りたいグループはわかりましたし、それに選んで貰えたのは嬉しいんですけど……僕は、その……まともじゃないんです。学歴も、社会性も皆無で……迷惑かけると思いますし……」

「別に、今ちゃんと俺と会話できてるよ。そこまで悲観しなくても」

「すみません……」

「でも、元々やる気があった人を集めてるわけじゃないから、全然断ってもらってもいい。よく考えて決めてほしい。こはくくんにも将来があるから、俺たちとしてはそれを潰すわけにはいかない」


 僕に将来なんて……ない。潰れる未来なんてない。凛はそう思った。


「……やっぱり、ちょっと考えさせてください」


 失うものが無い人間は強い。そう言われるように、凛は珍しくチャレンジしたいような気持ちが湧いてきていた。


「わかった。一応、もしグループに入ることになっても、今まで通り活動は続けてもらっていいし、事務所としてできるサポートは最大限やる。そこは心配しないでほしい」

「……はい」


 凛はその日は一旦帰って、少し考えてみることにした。



 来た道を戻って、最寄りの駅まで帰ってきた。事務所にかなりの時間いたようで、周りは帰ってくる学生たちばかりになっていた。


 向こうが覚えているかもわからない知り合いに会ってしまう前に急いで帰ろうとする凛だが、誰かに右腕の袖を掴まれてそうはいかなかった。


「……お兄ちゃん」


 振り返ると、そこにいたのは凛の妹である伊堂いどう咲希さきだった。年齢差は一つ下で、今は中学三年生。こっちは受験に成功し、名前くらいは聞いたことがあるような有名な私立中学校に通っている。


「外、出られたんだね。学校……ではないみたいだけど……それでもよかった」


 咲希は凛にそう言った。


 そっちは何でここにと聞くべきか、関わるなと言われている以上早く帰れと言うべきか、凛は返す言葉を迷ってしまう。


 ただ、見た限りでは駅前のスーパーに買い物に行った帰りだということは目に見えてわかるので、なぜここにいるかは聞くまでも無さそうだった。


 なので、返す言葉は一つしかない。


「……早く帰れ」

「えっ?」


 咲希はまるで凛と帰りたいみたいな反応を見せる。


「お兄ちゃんは、帰らないの?」

「僕は……」


 適当に言い訳をして予定を作ろうと考えたが、普段全く外に出ない凛にそんな予定を作れるような周辺施設の知識はなかった。


「……何を今更。わかってるだろ? 関わるなって」

「お母さんとお父さんの言うことなんて、あの時は本気じゃないよ」

「じゃあ何で今こんなになってんだ?」

「それは……」


 まともに信じた凛が悪い。そうとでも言いたげに凛は思えた。


「でも、お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ」

「何が言いたい?」

「どんな人生を送っても、家族だから。関わるなって言われても、私は……」

「何がわかるんだよ! 勝ち組の道を歩く咲希に、脱線した僕のことが……!」

「お兄ちゃん……」


 わからなくていい。わかろうとしなくていい。咲希まで自分と同じ道を行けば、家族が壊れてしまう。凛はそう思った。


「とにかく、放っておいてくれ! それが、お互いのためになるんだ。この家を出るまで、お互い幸せに暮らすための……いいな?」


 凛はそう言って、咲希から離れるように自宅とは反対の方向に向かって歩いていった。


 伊堂家の関係は複雑で異常だ。


 父は学歴主義者で、母も父ほどではないが学歴は重要だと考えている。そんな二人の間に生まれた子供には当然中学受験をさせ、将来はいい大学、いい会社という安定した人生を望んでいた。


 だが、兄の凛は受験に失敗した。全く受からなかったわけじゃないが、両親の期待に反する結果だった。凛も真面目に勉強して努力はしていたし、手ごたえもあっただけに、その反動は大きかった。燃え尽きたというべきか、何もする気が起きなかった。しかも、期待を裏切ったことによって両親との関係も少し険悪になっていた。その時は思春期とも言えたが、すぐにそうも言えなくなった。


 凛が中学生になってすぐ、今度は妹の咲希が受験の年を迎えた。その前から力を入れてはいたが、凛の受験があったのもあって両親の力が注がれるようになったのはその年からだった。そのおかげで、凛は一切見向きもされなかった。試験で学年一位を取っても、周りのレベルが低いからと言われ、無視され、最後には何も言わなくなった。


 そして、咲希は受験に成功した。凛が入れなかった学校に、咲希は入学した。家族内で、完全に凛は落ちこぼれになった。


 それから凛は学校に行かなくなり、部屋に引きこもるようになった。それ以来、ほとんど親と口をきいたことはない。最低限の出席と学年一位の試験結果でどうにか進学はできたものの、もう凛にまともな未来はない。


 凛はそう諦めていた。


 だからこそ、これは大きなチャンスだった。家には居場所なんてないし、ネットだっていつまでいられるかわからない。なにより、現実の居場所が欲しいと思った。


「せっかくチャンスがあるんだし……な。これを逃したら、もう何もない」


 凛はそう呟き、決意を固めた。

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