高校生配信者たちが、有名アイドルの名を冠したプロダクションにスカウトされて、アイドルをやることになった。

月影澪央

第1話 伊堂凛

 不登校でひきこもり、昼夜逆転生活を送る高校生、伊堂いどうりん


 中学受験に失敗してから凛は両親に見捨てられ、中学受験に成功した妹には関わるなとも言われ、現実に彼の居場所はなかった。


 そんな凛にとって唯一の居場所が、ネットの世界だった。


 凛は『こはく』という名前で歌い手の活動をしていた。歌い手というのは主にボカロ楽曲をカバーして投稿している人たちのことで、凛はその歌い手・こはくを通して自分を肯定してくれるリスナーを手に入れ、なんとか居場所を得ていた。


 そうは言っても、チャンネル登録者数は五万人くらいでSNSのフォロワー数は四万人。歌い手として有名とは言えないし、承認欲求が満たされているとも言えない。やっぱりひとりぼっちで寂しく、取り残されたような感覚で日々を過ごしていた。



 そんな凛の元に、ある日一通のDMが届いた。


 数あるDMの中でそれが目についたのは、その送り主が知っている名前だったからだ。


白夜びゃくや……あの、白夜か……?」


 約半年前に引退を発表した元大人気男性アイドルユニット、Snowdropの瀬川せがわひかる。その光が引退した時に、光が元歌い手でスカウトされたことがわかり、それ以降『白夜』という名前で、立ち上げたプロダクションを通じて色々な企画を運営している……ということは、なんとなく界隈で話題になっていたから凛も知っていた。


 そして、今回凛にDMを送ってきたのは、その白夜こと瀬川光だった。偽物じゃなくて、本物の白夜だった。


「僕に何の用が……」


 恐る恐る、凛はDMを開いた。


『こはくさん、はじめまして。

 Snowdrop productionの白夜と申します。

 突然のDM申し訳ありません。

 この度ご連絡させていただいたのは、現在当プロダクションで計画している新規アイドルグループのメンバーとして、こはくさんをぜひ迎えたいと思い、ご連絡させていただいた次第です。

 少しでも興味を持っていただけたのなら、詳細な説明を致しますのでご返信ください。

 よろしくお願いいたします。』


「は……?」


 何で……僕が……アイドルなんて……?

 確かに歌が上手い自覚はあるけど、イケメンじゃないし、ダンスもやったことないし、スノドロプロから出るアイドルグループなんてきっと期待されて……そんなところに何で僕が……?


 凛はものすごく動揺していた。


『すみません、人間違えてないですか』

『いえ、間違えてないです』


 本当に、僕に……


『少し興味を持っていただけましたか?』


 凛はその白夜の質問に、すぐに返信することができなかった。


 僕はただ歌が上手いだけで、他は全然アイドルなんて向いていない。なんなら、アイドルで歌が上手いことが必須かと言われると、そうではないかもしれない。


 でもこの人は、少なからず僕を必要としてくれている。


 必要としてくれる人というのは、社会から完全に振り落とされた凛にとって大きかった。


 でも、しばらく人と話してないし……そんな奴がやっていいものなのかな……人付き合い苦手だし、グループなんて向いてないよな……


『ご返信くださったので、少しだけご説明しますと、今計画しているグループは、ネット上で活動している配信者などを集めたグループです』

『それって、歌い手グループってことですか?』

『近しいとは思います。ですが、私たちはプロダクションとしての強みを生かした、他とは違うグループを作りたいと思っています』


「なる……ほど……」


 配信者のグループなら、自分みたいなのも多いかもしれないと凛は思った。


『少し興味を持っていただけましたか?』


 また同じ質問が来る。


『はい。少しですけど』


 今度はそう答えられた。


『でしたら、今度うちの事務所に来てください。もっと詳しく色々とご説明します。いつでも大丈夫なので』

『わかりました』


 今まで躊躇していたのが嘘みたいに、凛はすぐにそう答えた。でも答えた後に、内容をしっかりと理解して、少し後悔した。


 別にいいんだけど……本当にいいのかな……


 いきなり大きなことになって、凛は動揺して躊躇してしまった。簡単に言えば、ビビっているということだ。


 無理もないことだが、いつまでもビビっていたら白夜に申し訳ないという気持ちも次第に大きくなる。


 そして約一週間後、凛はSnowdrop production(通称:スノドロプロ)に足を運んだ。


 自宅の最寄駅から約四十分。東京の中心部にあるオフィスが集まったビルの中にスノドロプロはあった。


 事前に行くことは伝えてあるので、その時刻になったら白夜がエントランスのところで待っていてくれるという話だったが……


 人が多くて全く見つからない。


「どうしよう……」


 着いたことは連絡した。でもキョロキョロしていたらただ不審な一般人でしかない。そろそろ警備員に話しかけられそうで、凛はものすごく不安に思った。


「あの、」

「ひぇっ……」


 背後から急に話しかけられ、凛は奇声を上げながら振り返る。


 振り返った先にいたのは、限りなく白い銀色の髪に水色のメッシュを入れた、忘れることのない特徴の男性。凛はすぐにそれが白夜だとわかった。


「あっ……白夜さん……?」

「こはくくんかな?」

「は、はい、そうです」

「ごめんね、すぐ見つけられなくて」

「い、いえ、大丈夫です」

「そっか」


 凛は、無意識に遠い存在のように思っていた白夜が今目の前にいるということに緊張していた。推しを見るオタクの気持ちが初めて理解できたような気もしていた。


「じゃあ、着いてきて」


 それから凛は白夜に連れられて、スノドロプロへと向かった。


 エレベーターで少し上り、着いたのはオフィスビルの中層階くらいのフロア。掲示板を見た限り、このワンフロア全てがスノドロプロの事務所となっているようだった。


「広い……」


 オフィスの中に入って、凛はまず無意識にそう呟いていた。


「ここには大体の設備が揃ってる。だからほとんどその設備で、仕事場自体はそんなに広くないよ。人も少ないから、それでも広いくらいだけど」

「そう……なんですね」


 白夜は若干得意げにそう話した。


 確かに、凛がオフィスの中に入ってからまだ人を見ていなかった。


「ちなみに、どんな設備があるんですか?」

「会議室、レッスンスタジオ、レコーディングスタジオ、フォトスタジオ、あと収録スタジオ。要するに、ここでほぼ全てのことができるようにしたって感じ」

「すごいですね」

「ありがとう」


 そう説明を受けながら、凛は会議室に案内された。


 それから数分で白夜が飲み物や資料の準備を整え、空気が変わった。きっちりとした、本気だという空気だ。


「こはくくん。今日は来てくれてありがとう」

「いえ……」

「今日は、俺たちが考えているグループについて聞いてもらいたい。それで、少し考えてもらって、もしやりたいって思ってくれるんだったら、ぜひグループに加入してほしい」

「……はい」


 白夜の表情は、どんなメディアでも見せたことがないほど真剣だった。

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