第20話 たぷたぷ(白)

 湿り気を帯びた男の黒髪は、湯に付きそうでギリギリ付かず、毛先からは時おり水滴が垂れている。

 浴槽の縁にもたれながら、黒髪の男はバスカウンターの、そこに置かれた桶に視線を向けた。


「お湯加減はどう?」

「温い」

「桶は湯冷めするのも早いからね。こっちに一緒に入る?」

「悪い冗談はやめろ」

「それもそうだね」


 苦笑を溢しながら、黒髪の男は浴槽から出てバスカウンターに近付き、桶の中に沈むものを取り出す。

 豊麗な白髪が特徴的な生首は、いつも通りにつまらなそうな顔をしていながら、仄かにその頬を赤く染めていた。

 桶の隣に白い生首を置くと、黒髪の男はそのまま桶の水を全て排水口に流し、新たに半分くらいの量の湯を注ぐ。

 たぷたぷと揺れる湯。加減を確かめてから、寝かせるように白い生首を沈めた。


「……悪くない」


 良かったと返事をして、黒髪の男は浴槽に戻る。彼らのバスタイムはまだまだ続いた。


「いつもは濡れタオルとか、僕の魔法で済ませるのに、今日はどうしたの?」

「……きまぐれだ」

「きまぐれ、ねぇ」


 浴槽の縁にもたれて、気持ち良さそうに瞼を閉じる黒髪の男。白い生首の位置からは見えず、寝たら危険だろうと注意する者は誰もいない。

 たぷたぷと湯が揺れる音が心地好いのか、瞼を閉じては開けてと繰り返し、白い生首は徐々に意識を失いそうになっている。

 しばらく無言で湯に浸かっていたが、気分が良くなってきたのか、弾んだ声で黒髪の男は語り掛けた。


「こういうのもいいでしょう、アヴィオール様。今後もさ、風呂場のある所に泊まったら、こうやって一緒にお風呂に浸からない?」

「……」

「露天風呂もおすすめだよ。予算が許せば、個室に露天風呂がある所を探そうか」

「……」

「まさかとは思うけど、寝てないよね?」

「……」

「寝ちゃ駄目だよ、アヴィオール様」


 ぱっと瞼を開くと、黒髪の男はすぐに浴槽から出て、桶から再び白い生首を取り出す。瞼を閉じた生首からは、小さく寝息が聞こえてきた。


「……お湯に浸かったこと、そういえばないんじゃない?」


 今も昔も。

 返事が来ないことは承知で呟くと、どことなく憐れむような笑みを白い生首に向けて、黒髪の男はさっさと浴室から出ていった。

 手早く魔法で自身も白い生首も乾かし、部屋の照明を落とすと、共に布団に横たわる。

 いつもなら別々に、布団と座布団、ベッドとソファーで寝ているが、多少の寄り道をするのも面倒なくらい、黒髪の男の瞼は重くなっていた。

 起きたら機嫌悪くなるんだろうなと、白い生首に微笑みを一瞬向けて、黒髪の男は瞼を閉じる。


「おやすみ」


 返事は当然、なかった。

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