第19話 置き去り(赤)

 魔法使いが吸血鬼を囲うように、吸血鬼は絵描きを囲い込む。

 鏡やガラスに映り、影もあるものの、何故だか写真で撮ることは叶わず、家族の思い出を、人間とのふれあいを残すべく、一部の吸血鬼はそうしているのだ。


「短いと伝えたが、もう少し横の髪を長くしてくれ。それと赤い目はもう少し丸く」

「あか、ですか」

「……あぁ、すまない。色は気にしないでくれ」


 とある屋敷の応接室にて、客人たる金髪の青年と、その向かいに腰掛ける年若い画家の姿があった。

 画家は、生まれつきと思しきブルネットの縮れ毛を時おり掻き乱しながら、忙しなく鉛筆を動かし、紙にとある人物の顔を描いていく。

 何度も何度も調整し、ついに納得のいく形になると、金髪の青年は画家に向けて深く頭を下げた。


「ありがたい、これで彼を探せる」

「そんな、頭を上げてください。ただ言われた通りに描いただけなんですから」

「貴殿はもう少し、自分の画力を誇るといい。この絵は彼そのまま、彼に見せたら……きっと黙るだろうな、嬉しくて。彼はそういう男だ」

「……ご友人の方、見つかるといいですね」

「……あぁ」


 金髪の青年には、赤髪の友人がいた。

 生まれも育ちも性格も全然違うが、同じく吸血鬼であり、芝居が好きで、偶然共に違法な路上芝居を観て、なりゆきで一緒に逃げることになり、それ以来親しくなった。

 どうやって調べているのか、金髪の青年が忙しい時には一切近寄って来ず、一段落すると、何か芝居を観に行こうと誘って来る。あまり顔には出さなかったが、それが金髪の青年の、ささやかな仕事終わりの楽しみであった。

 だが、ほんの少し前、英雄になるのだと与太話を語って、赤髪の友人は姿を消す。

 いくら引き留めても、振り切って行ってしまった赤髪の友人に、金髪の青年は怒りを覚えて探さなかったが、何日も経った。友人は戻らない。仕事も手につかなくなり、意地を張るのをやめて探すことにしたが……思うように探せない。どれもこれも、見たような見てないようなと、曖昧な記憶力でものを語り、ついには、写真か何かあれば思い出せるかもしれないと言われ、ツテを頼って画家に似顔絵を書いてもらったと。

 それからは、どこかに向かったのを見た気がする、なんて証言を得られるようになり、それを頼りに国を出て、海を渡り、小さな島国へと辿り着いて──とある洋館へと赴いていた。

 最後に話を聞いたのが、たまたま同じ船に乗っていた魔法使いの女だった。


『その似顔絵の人、私の魔法で居場所を見つけてあげよっか?』


 どことなく不快感を覚える笑みを浮かべた、黒髪の女。魔法使いのくせに涙を求めず、なんなら何も対価を求めてこないことに気味悪く思ったが、それで赤髪の友人が見つかるならと頼んだ。

 頼んでしまった。

 黒髪の女は勿体ぶることなく、あっさりと居場所を探り当て、行き方まで伝えてくる。動きにくい舌でどうにか礼を口にしようとしたが、そんなのいいからと、笑みを深めて言った。


『あなたがどんな顔をするのか、とっても楽しみ』


 そうして別れ、洋館に。赤髪の友人は庭の端にある温室の中に囚われているらしい。周囲に気を配りながら近付き、扉の鍵を壊して侵入する。


 ──裏切り者め。

 ──来るのが早いな。

 ──我々のことも埋めるのか。


 小さなざわめきと、鼻を突く臭い。それらに対して不快げに眉をひそめ、金髪の青年は辺りを見回し──絶句する。

 首のない死体がいくつもあった。

 仄かに吐き気を覚えて視線を逸らせば、今度は棚に並べられた鉢が目に入る。未だ聞こえてくる声は、どれもそこからしているようだった。

 信じたくないことを、頭の中で考える。

 ゆっくりと近寄っていき、一つずつ中を確かめていく金髪の青年。ある生首は彼を笑い、ある生首は怒りを向け、ある生首は黙って見つめ返した。


 いない、いない、いない、いない、いないない、いないないない、いないないないいないないない、いないないないいないないないいないないないいないないないいないないないいないないないいないないないいないないないいないないないいないないないいないないないいないないないいないないない。


 いてはいけない。

 いてほしくない。

 何かの間違いであってほしい。

 きっと、来る場所を間違えたのだと、そう思いながら、金髪の青年は鉢の中を覗くことをやめない。

 やめずに、探して、そして──。


「………………あぁ」


 もう何番目かも分からない鉢から、慎重に、若干震えながら、生首を取り出す。

 ──赤い髪の生首。

 瞼も口も固く閉じているが、見慣れた顔を見間違えるわけがない。

 今にも泣きそうな顔で金髪の青年は、じっと赤き生首を見つめ、見つめ、見つめ続けて──優しく抱き締めた。

 ここにいたのか。

 その呟きは声にはならなかったが、まるで聞こえたとばかりに、赤き生首の瞼が震える。

 ひとしきり抱き締めると、金髪の青年は顔を上げ、出入り口に向けて足を動かした。


 ──待て。

 ──何故そいつだけを連れていく。

 ──我々を置き去りにするな。

 ──連れていけ。

 ──連れていけ。

 ──連れていけ!


 金髪の青年には何も聞こえない。

 金髪の青年には何も見えてない。

 取り戻した友人と何をするか。もうそれしか頭にはなかった。

 数多の生首とその胴体を放置して、片手で扉を開ければ──見知らぬ少女と出会すことになる。


「……貴殿は?」


 そうしてその少女すらも置き去りにして、金髪の青年は赤き生首と共に行く。

 その行方は誰も知らない。

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