第10話 来る(白)

 舗装された山道に人気はない。車一台分の幅があるその道を進んでいけば、一軒の荒れた家に辿り着く。

 窓のガラスは割れに割れて地面に散乱し、外から室内は丸見え。屋根の一部が抜け落ちたか一筋の陽光が中を照らし、埃にまみれて蜘蛛の巣が張っているのが目に入る。

 とても人が住める状況ではない。立ち入り禁止のテープで侵入できないようになっていたが──男が一人その中におり、汚ならしい床に直に寝転んでいた。


「狭い家は落ち着くね」

「小生からすれば広い」


 寝転ぶ黒髪の男の傍には、白い生首が置かれている。両者は当たり前のように会話をし、のんびりと午睡を楽しんでいた。

 生首が喋ることに慣れない者からすれば喫驚しかねない状況だが、白い生首が喋るのは今に始まったことではなく、そもそも、人目を避け、人避けの対策をしている為、他者がその現場に遭遇する機会はない。

 白いトレンチコートが更に白くなることも厭わず、黒髪の男は寝返りを打つ。


「アヴィオール様は小さいもんね、花楓が赤ん坊だった時よりも小さい」

「赤子と生首を比べるな」

「……小さい内は会わせたくないって、よく言われてたな」


 とろんとした目で白い生首を見つめながら、黒髪の男はここではないどこかに思いを馳せているようだった。


「魔法使いの家に生まれた者として、小さな頃からその家の吸血鬼に関わっていくべきなのに、椿さんが頑なに嫌がったせいで、あんまり花楓には会わせてあげられなかったね」

「別にいい。時折、貴方がこっそり連れて来ただろう」

「次代への引き継ぎは円滑に進めないと。椿さんはそこが分かっていなかった。格の違いはあれど、同じ植園の分家で生まれ育ったのだから、すべきことはするべきだよ」

「……」


 つまらなそうにしていた白い生首の顔が、何かを言いたげに歪む。だが、黒髪の男がそれについて問うことはなく、生首の豊麗な白髪に指を絡め、弄ぶのみ。


「魔法使い同士だったのがいけなかったのか、椿さんだったからいけなかったのか」

「何が言いたい」

「そろそろ、次の子供を作るべきかなって。僕が死んだ後、君のお世話をする人を用意しないと」

「花楓でいいだろう」

「あの子は、椿さんの娘だから」

「貴方の娘でもある」

「……うん、そうなんだけどさ、置いてきたし」

「連れてこい」

「うーん……椿さんに見つかったら嫌だし、追い掛けてきそうだから、やめとく」

「……娘が可愛くないのか」

「可愛かったよ?」


 それがどうかしたの? と言いたげな微笑みに、生首はもう何も言えなかった。

 沈黙が降りる。くるりくるりと、黒髪の男の指に白髪が絡まり、ときに解けて、また絡める。

 それを何度か繰り返した時── 一話の鳥が屋根の穴から入り、白い生首の頭頂部に留まった。


「離れろ」

「……ふっ」


 嫌そうな顔をする白い生首がおかしかったのか、黒髪の男は小さく吹き出す。それに驚いたのか、鳥は伸びやかな鳴き声を上げた。


「……セキレイ、かな」

「いきなりどうした」

「その鳥、セグロセキレイなんじゃないかなって。背中が黒くてお腹が白い。それにその鳴き声。多分そうだよ」

「……何でもいい。退かせろ」


 黒髪の男は苦笑を溢し、絡めた白髪を解いて、人差し指を鳥に差し出す。鳥は短く何度か鳴いた後で、黒髪の男の指に移動した。


「……可愛いよね」


 白い生首は返事をしない。

 やはり何か言いたげにしているが、それを口に出すことはない。


「実家の書庫にさ、鳥の図鑑を入れといたんだよね。子供の時に何となくやったことだけど、あれ、花楓が読むこともあるのかな」


 淡々と語るその言葉に、残した娘への悔いはない。

 ──読んでいたらどうする。

 白い生首は問うこともなく、黒髪の男が鳥と戯れるのを眺めるだけだった。

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