第9話 つぎはぎ

 普段、少女と生首と吸血鬼は、各々の時間を自由に過ごしていた。

 少女は勉強や魔法の鍛練をし、生首は眠るか映像を観るか音楽を聴き、吸血鬼は生首の世話の合間に家事をする。

 だがこの日は珍しく、三者共にソファーでまったりしながら、植園家自慢の大型テレビで映画を観ていた。

 机に向き合いたくない気分だった少女が生首の隣に腰掛けたことで、お前もどうかと生首が吸血鬼に言い、そうなった。

 彼らが観たのは『フランケンシュタインの怪物』、よくあるパスティーシュ作品であり、少女発明家であるヴィクトリア・フランケンシュタインが醜い怪物を生み出し、求愛されるブラックコメディ。ヒロインたるヴィクトリアは何かあるとすぐにチェーンソーを振り回し、主に怪物が被害を受けるが、それでも求愛は止まらない。

 特に笑い声も上げず、ともすればつまらなそうにも見えるが、エンドロールが流れるまで誰も口を開かなかった。


「敵に生首にされてから、優しくなったね」


 最初に声を出したのは少女だった。


「そういえば、背中に切りつけるくらいで、切り落としたりはしてなかった。一種の愛情表現、だったのかな」

「歪んでいませんか?」


 そうは思いませんかシャムロック様、などと、吸血鬼は膝の上の生首に呼び掛ける。

 三人掛けのソファーだから、座面に置かれていた生首をそのままにしても余裕で座れたが、吸血鬼は自然な動作で、腰を下ろす時に生首を抱えて膝の上に置いた。生首の露出した右目が不快そうに歪んでいたが、吸血鬼はそれを見ようとはしない。

 生首は何も答えず、エンドロールを眺めている。特に気にする様子もなく、吸血鬼は視線を少女に向けた。


「あまりこういう映画は観ませんが、意外と面白かったですね」

「グロいの大丈夫なんだ」

「……恐ろしいものは、見慣れています」

「吸血鬼も大変なんだね」


 返事をしながら、少女は傍にあったリモコンを手に取り操作していく。エンドロールが消え、選択画面になると、生首の舌打ちが聴こえてきた。


「観てた」

「次の観たい」

「次だと?」


 選択画面には、両手の数では足りないほどの映画作品が並べて表示されている。植園家は映画の配信サービスと契約しているから、日々好きな作品を観られるようになっていた。


「どういうのが観たいとかある? アスターも」

「私はシャムロック様とカエデの好きにしてもらえれば」

「オレは……特には」

「あ、今のやつの続編ある」


 少女のその言葉に、主従は揃って短く声を上げた。ちらりと少女は主従を見て、すぐに画面へと視線を戻し、カーソルを件の作品に合わせる。


「全部で四作ある」

「どんだけ作られているんだ」

「長くなりますね……途中で休憩しないと。カエデ用に何か軽食作ってきますね」


 シャムロック様をお願いしますと、吸血鬼から生首を差し出されるが、少女は受け取らずにじっと吸血鬼を見つめた。


「アスターは観ないの?」

「……あ……でも……」

「アスターが観ないなら別のを観る。シャムロックもいいよね?」

「別にいい」

「……なら、すみませんが別のを観てお待ちください。急ぎます」

「無理しないで」


 生首を少女に渡し、束ねた黒髪を揺らしながら、吸血鬼はキッチンへ。

 吸血鬼のように生首を膝の上に置いて、少女は待っている間の映画を探した。


「短いのがいいよね」

「ショートムービーってやつか」

「そうそう。映画と言えば長いってイメージだから、そんなのもあるって知らなかったよ」


 リモコンを操作し、ショートムービーのみの選択画面を表示する。作品は十本あり、どれにするか一つずつ作品紹介を見ながら選んでいたが、ふいに少女は生首に問い掛ける。


「シャムロックはさ──胴体欲しい?」

「……胴体か」


 問われた瞬間、生首の眉間に深いシワが刻まれた。画面を見つめる少女の視界には入らない。


「あったら自由に動けるし、ご飯食べられるでしょ、やっぱり欲しいのかなって」

「……そうだな。胴体があればどれもできるな。……だが、今はこれでいいと思っている」

「本当に?」

「運ばれるのはわりと楽しい。胴体があった頃では見られなかったものを色々と見られる」


 たとえばアスターとか、と言う生首の言葉に、少女は首を傾げた。


「いつもあいつは、オレの後ろに立っていた。向かい合わせに立っても俯いていて、オレもあまりあいつの顔をよく見てこなかった。だが、生首になって、あいつと目が合うことが増えていって……あんな顔してオレのこと見てたんだなと思うと、たまに笑いそうになる」

「アスター、シャムロックのこと大好きだもんね」

「そうだな」

「……もし、もしもアスターが、シャムロックの胴体をどうにかしてほしいって言ったら、カエデは協力するつもり。お世話になってるもん、お礼したい」

「……そうか」


 生首から返事がくると、少女は漆黒の瞳を細め、リモコンを軽く放ると生首を両手に持ち、顔に近付けて後頭部に埋めた。おい、と言われても少女はやめない。そのまま横に倒れていく。


「カエデ」

「……シャムロックの胴体、綺麗じゃなくてもいい?」


 くぐもった声は、気のせいか弱々しい。


「どうなっているか分からないけど、もし、お母様が切り刻んでいたら、繋げないといけない。カエデ、まだまだ修行足りないから、繋ぎ目、綺麗にできないかも」

「……あの怪物みたいに、つぎはぎ状態になるのか、オレ」


 少女の頷きを感じ、生首は小さく笑った。


「なかなか、かっこよくなかったか、あの怪物」

「……ハンサムな俳優さんがやってたし」

「一途にヒロインを想って足掻く所がかっこよかっただろう? それに、傷は男の勲章とも言える」

「そう?」

「そうだ」

「……気にしない?」

「気にしない。正直、この状態でもたいして気にしてないんだ。そんな悩み、実際にアスターに言われてからしろ」

「……うん」


 そんな会話をした二十分後に吸血鬼は戻る。その頃には少女は起き上がり、生首とショートムービーを観ていた。何者かに追われながら、キャリーバッグ片手に線路をひたすら歩く旅人の話だった。

 何も言われていない内に少女は生首を差し出し、当たり前のように吸血鬼も受け取った。


「シャムロック様、何か?」

「……何も」


 感情の読めない視線を自分に向けてくる主に首を傾げながら、ソファーに腰を下ろした吸血鬼は、生首を膝の上に置いた。その間に、少女はリモコンで手早く画面を操作している。


「正直、続編ってつまらないこと多いよな」

「しっ」

「観る前からやめましょう、そういうの」


 そんな会話を挟んで、映画は始まった。

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