第4話 温室
古びた洋館の片隅に、屋根の一部が破損した温室がある。
「お祖母様が生きてた頃、そこでマンドラゴラ育ててた」
寝仕度を調え寝室に向かう道中、何気なく吸血鬼が温室について訊ねれば、特に懐かしむでもない口振りで、少女は答えた。
「マンドラゴラと言いますと、あの伝説の?」
「お前の祖母は魔術師なのか?」
手を繋いで歩く吸血鬼と、反対の腕に抱えた生首からの問いに、少女は首を横に振って告げた。
「ちゃんと魔法使い。マンドラゴラは……普通のだと思う。普通のって、お祖母様言ってた」
吸血鬼と生首それぞれから訝しげな目を向けられるが、少女は気にせず足を動かす。
──魔法使いと魔術師は似て異なる。
吸血鬼の流す涙がなげれば魔法を行使できない魔法使いと、生まれながらに魔力を保有し利用できる魔術師。
魔術師は魔法使いよりも古くから存在した。時に天候を操り特定の誰かを呪殺し、時に誰かを占い毒や薬を煎じる。基本的に念じれば何でもできる魔法使いと違い、魔術師は一つのことを極める。
魔法使いも魔術師も、互いの利点を互いに羨み、時として争いになることもあるが──それはそれとして、少女の祖母は魔法使いでありながら、薬草に魅せられていたらしい。
祖母の生前、温室は内も外もよく手入れされ、頻繁に利用されていたが、祖母の死後、数年経つ頃には荒れ放題になってしまった。
「お祖母様、マンドラゴラ大好きだった。引っこ抜いたやつ、よく見せてくれた」
「……それは、どうしたんだ?」
生首の再びの問いに、少女は首を傾げる。
「どうしたって?」
「お前の祖母が遺したマンドラゴラは、きちんと処分したのか? どう見たって使ってないだろ、あの温室。中で放置していて腐ってたら、色々まずいんじゃないか? 臭いとか、虫とか」
「あぁ……そうだね、どうしたんだろう。最後に入ったの、いつか覚えてない。お母様かお父様が処分、したかもしれないし、してないかも」
「一度確認しておけ」
「それも、そ」
「──私がしますので!」
吸血鬼の唐突な叫びに、生首は顔を歪め、少女はしばらく瞼を閉じていた。何なんだ、と生首から睨まれた吸血鬼は、目を泳がせながら言葉を紡ぐ。
「その、カエデはまだ小さなお嬢さんですし、破片やら何やら落ちていて危険だと思います。……片付けなどの汚れ仕事はこの私に任せていただければ」
「カエデ、もう十三歳なのに」
「二百年も生きている私からすれば、いつまでも小さなお嬢さんですよ。ね、どうでしょう」
「……」
少女は自身の黒い瞳を吸血鬼に向け、その後に生首へ視線を向けると、短く訊ねた。
「いい?」
「本人がやりたがっているなら、オレから言うことはない」
「……なら、アスター、お願い」
「喜んで」
吸血鬼の、どこか安堵したような笑みを、少女は少し疑問に思ったが、それを口にする前に寝室へと辿り着く。
眠気はそれなりにある。
別に今でなくてもいいかと、彼らと共にそのままベッドへ向かった。
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