第03話 海と水着

 ──今日は真夏日だ。日差しが肌に突き刺さる。

僕はミキさんとマヤさんに連れられ、某ショッピングモールの水着売り場に来ていた。

そしてまた、僕をマネキンにしたファッションショーが始まる──


 マヤさんが持ってきたのは水色のブーメランパンツだった。

この人はどうにも「ザ・漢!」みたいなものが好みらしい。


 僕は恥ずかしくて、下半身を隠しながら試着室を出た。


「ちょっと少年! 見えないじゃん!」

「で、でも……」

「良・い・か・らっ!」


 マヤさんは無理矢理に僕の両手をどけた──


「うん、やっぱり似合うね!」


 何故この人は、こんなにも満足気なのだろう……。

一方でミキさんは、白と空色でトランクスタイプの水着を持ってきた。


「はい、ソラ君! 次これね!」

「う、うん」


 僕の選択肢は一つだった。流石にあれを着て人前に出る勇気は無い……。

水着を穿き替え、試着室を出ると、ワクワクしながらミキさんが待っていた。


「やっぱりこっちだよ!」

「えー、さっきのが良いよ!」

「ソラ君は、おねーちゃんの方が良いもんねー?」

「うん……」

「ほらー!」

「くっ……! また負けた……!!」


 勝ち誇り、両手を上げて喜ぶミキさん。

あの時みたいに床と手押し相撲をするマヤさん。

 ミキさんがお会計を済ませて、僕達は海へと向かった。

砂浜の反射熱で、まるで鉄板の上の様に熱かった。


「あちちちちっ!」

「あちっ! あちっ!」

「熱……っ!」

「日傘日傘!」


 二人は手際良く、特大サイズの日傘を砂浜に設置して、断熱のレジャーシートを敷いて事無きを得た。

僕達は一息ついて、スポーツドリンクを飲んだ。


「「ぷはーーっ!!」」


「うまー、これ!」

「海で飲むスポドリは格別ですなぁ」

「おいしい……」


 二人は何かのボトルを取り出した。何だろう?


「ソラ君、日焼け止め塗って~」

「あっ、ずるい。私にも頼むよ、少年」


 日焼け止めという謎の液体を塗る事になった僕をよそに、マヤさんはパステルカラーのビキニの紐を解いて、うつ伏せになった。

一方でミキさんは紐の様な、黒いワンピース水着を着ていた。子供には刺激が強過ぎる──


「早くー、焼けちゃうよー」

「は、はい……」


 真っ赤な夕日に染まった顔の様になった僕は、マヤさんの首から足にかけ、隅々まで塗り込んだ。


「あっ……中々、上手いじゃん……少年」

「次、私だよ!」

「ど、どうすれば……?」

「水着の中に手、入れて!」

「う、うん……」


 張り裂けそうな心臓を抑え、水着の中に手を入れた僕は入念に日焼け止めを塗った。

ミキさんは満足そうにしていた。


「うん、上手! エステティシャンになれるよ、ソラ君!」

「あはは! そいつは良いや!」

「は、はぁ……」


 顔を赤くして俯く僕をよそに、二人は前面にも自分で日焼け止めを塗っていた。

そして二人は日焼け止めを手にして、急に僕に近付いてきた──


「ソラ君にも塗ってあげる!」

「じゃあミキは左ね」

「おっけー」

「えっ、えっ……」


 僕は人に触られるのが苦手だ。局所的に触られると電気が走ったみたいな感覚に陥って、無性にくすぐったくなる。

悶える僕にお構いも無く、二人は流れる様に慣れた手付きで全身に塗り込んでいく。


「あっ……あのっ……うぅ……!」

「あはは、くすぐったいの?」

「ガマン、ガマン!」

「塗り塗~り」

「それ、塗り塗り~」

「う、うぅ……」


「「はい、終わりっ!」」


 くすぐり拷問の時間がやっと終わった。不思議なもので、辛い時間は長く感じる。どういう原理なのだろう。

二人は持ってきたビーチボールと浮き輪に空気を入れた。


「早く泳ご! 海が逃げちゃうよ!」

「ははは。逃げないって」


 二人は僕の両手を引っ張って、海へと連れて行った。

アメリカ人がグレイの両手を引っ張って、連れて帰ろうとしてるフェイク画像がフラッシュバックした。

宇宙人──本当に居るなら友達になりたいな。


「きゃー! ぬる~い!」

「ほんとだ、温い温泉みたいだ」

「ふぅ……」

「ねっ、ビーチバレーしよっ」

「良いね。少年もやろうよ」

「は、はいっ!」


 僕達は浅瀬で、ビーチバレーをする事になった。

まるで何かの映画で見た、青春の1ページみたいだ。

 まさかこの僕が、その1ページに描写される事になるなんて──

──昔の自分に教えても、きっと信じないだろうな。


「いっくよー。そーれっ」

「ほいっ、少年っ」

「わっ、わわっ……えいっ!」

「上手いぞ~」

「えいっ!」

「ちょっ、つよっ」

「た、高い──わっ!」

「ソラ君、大丈夫ー?」

「ごめんね、少年。勢い余った」

「だ、だいじょぶです」


 僕は尻餅をついてしまった。海底の砂がフカフカで良かった。

ビーチバレーを一通り楽しみ、ミキさんが新たな提案をする。


「ねーねー、沖の方行ってみよ」

「大丈夫か?」

「この海は流れが緩やかだから大丈夫だって、書いてあったよ」

「じゃあ、あの小島まで行ってみるか」

「ソラ君は浮き輪に乗ろっか」

「うん……!」


 一体、あの小島には何があるんだろう。宝物が埋まってるのかな?

僕はワクワクしながら、ミキさんに沖へと運ばれて行った。


「とうちゃーく」

「うわー。見てみなよ、この潮溜まり」

「わぁ~、色んな生物がいるね」

「あっ……アオミノウミウシだ……」

「へー。詳しいんだ、少年」

「図鑑で見たから……」

「綺麗だね~」

「あっ! 触っちゃダメ!」

「えっ?」

「毒持ってるから……」


 アオミノウミウシは、その美しい容姿からは想像も出来ない様な特性を持っている。

毒性の強いクラゲを好み、捕食して細胞を取り込んで自身の毒に変えてしまう。

あのカツオノエボシさえも食べてしまう。

 英語ではブルーエンジェルだとか、ブルードラゴンなんて呼ばれている。

また、クラゲの中に入ってタクシー代わりに利用したりもする。

 雌雄同体で繁殖力も高く、ウミウシの中でも非常に優れた種だ。


「教えてくれてありがとね」

「えへへ……」


 ミキさんが僕の頭をナデナデする。

マヤさんはそんな様子を、ニヤニヤしながら防水カメラで撮影した。


「ねーねー、次バナナボート乗ろ!」

「おっ、良いね。やっぱ海と言ったらバナナボートっしょ」

「バナナボート……?」


 バナナに乗って、ジェットスキーに引っ張ってもらうやつだ。

良く、人生を楽しんでる若者達が乗ってる。


「あっ、乗った事ない?」

「ない……」

「じゃあ、今日が記念すべき初体験だ!」

「うんっ……!」


 僕は海の家に連れて行かれ、バナナボートに乗せてもらえる様に二人が色黒のお兄さんに交渉した。

無事、許可を得て再び浅瀬に戻った。

 ライフジャケットを付けられた僕を、マヤさんが抱っこしてバナナの一番前に乗せた。

後ろの方は、遠心力がキツイらしい。

 僕の後ろにミキさんが乗ると、落ちない様に身体を密着させてきた。

僕はバナナボートどころではなくなってしまった──


「じゃあ、行きますよー」

「「しゅっぱーつ!」」

「わっ……」


 後ろに引っ張られる様な変な感覚がしたけど、後ろではミキさんがシートベルトみたいに僕を護ってくれていたから落ちる心配は無かった。

楽しい時間は、あっという間に過ぎて行く──


「「きゃーーー!!」」

「わぁ────」


 バナナボートから降りた僕達は、海の家で昼食を食べる事になった。

僕は焼きそば、二人はホタテとかサザエを焼いていた。

貝は大人の味だから苦手だ。僕には未だ早い。


「ソラ君、ホタテ食べるー?」

「えっ……」

「はい、あ~ん」

「あ、あーん……」


 モグモグ──やっぱり僕には未だ早かった──


「あれ? もしかして貝苦手だった?」

「う、うん……」

「ごめんね、気付かなくて! でも、全部食べたんだね。偉い偉い♪」


 また僕は撫でられ、すかさずマヤさんがパシャリ。

今度は自分もピースしながら写してた。ちゃっかりした人だ。


「はぁ~……おいしかったぁ」

「やっぱ魚介っしょ~」

「次、何しよっか?」

「シーカヤックとかどうよ」

「良いね! ソラ君もやろっ!」

「うんっ」


 ──僕達は一通りのマリンレジャーを楽しんでクタクタになった。

水平線に、顔を真っ赤にした太陽さんが沈んで行く。

 誰かが言っていた。夕日が海に沈んで行く瞬間に「ジュッ」ていう音が聴こえるまで、夕日の写真を撮り続けるって。

素敵な表現をする人だ。


 僕は気が付くと、車の中で眠っていた。

あれ──いつ着替えたんだっけ? ミキさんが着替えさせたのかな……?

そんな事を考えていると、重くなった瞼は再び閉じて行き──


 何か温かい──何処だろう。温泉?

僕の身体を、誰かが丁寧に洗っている。海水でベタベタになったからだ。

 目を覚ますと、そこには──

バスタオルを巻いたミキさんが居た。


「あっ、起きたー? もうちょっとで洗い終わるからね~」

「えっ……あの……あっ!」


 ミキさんは髪の毛から爪先まで、入念に洗ってくれていた。

海水のベタつきが一切残らない様に──

まるで介護をされている高齢者の気分──いや、赤ん坊の気分だった。


「流すよー」

「う、うん……」


 今度は丁寧に全身の泡を流してくれた。

自分も疲れていただろうに──

僕の中では申し訳なさとドキドキが、激しい喧嘩をしていた。


「ふー、綺麗になったぁ。身体拭こっかー」


 浴室から出ると、今度は丁寧に身体を拭いてくれた。

自分で出来るのに、一体何故──そうだ、これは明晰夢というやつだ。そうに違いない。

 僕は考えるのを止めた──


 すると、ミキさんのバスタオルがハラリと床に落ちた。

豊満な身体が、僕にトドメの一撃を刺した。

最後の一撃は切なかった──


「あっ──ソラ君っ? ソラ君っ!? 鼻血──」


 そこで僕の意識は途切れ、裸のままベッドに運ばれて行った。

頭には、冷たくて気持ち良い氷枕があった。ミキさんが用意してくれたんだ。

 ミキさんは疲れて、隣で眠っていた。

ミキさんの可愛い寝顔を見ながら、僕は再び夢の中にお出かけした。


今日も楽しかったな──

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