第13話 体育

「ねえ奏」


「え? なに?」


「成瀬君ってどんな人なん?」


体育の授業中。

男子が校庭でサッカーをしている一方で、

女子は体育館でバトミントン。

飽きた白百合愛はぼーっと

外でサッカーをしている

男子たちを眺めていた。


「さっきはあんなに酷いこと

言ってたのに急にどうしたの?」


「ちょっと気になって」


「ふーん。

ちょっと尖ってる部分はあるけど

優しい人だよ。

怖い人から助けてもらったこともあるし」


「助けてもらった? それまじ?」


「うん。成瀬君喧嘩めっちゃ強いの」


確かに柔道部の男を倒したという

噂を耳にしたことはあるが、

今の彼の様子を見ても

とてもそうは思えない。


「特待生クラスの守君超かっこいいよね」

「この学校で一番人気あるかも」

「そりゃあのルックスで

サッカー上手いし、

特待生だし、モテモテよ」


二階堂守。

学校一のイケメンであり、

サッカー部の部長。


そんな彼に成瀬敬は遊ばれていた。


「ほら取ってみろよ」


二階堂は近寄ってくる敬を挑発する。


「勉強はできても運動は

できないのか?」


「あんま言ってやんなよ守」

「可哀そうだろ」


と嘲笑交じりの言葉が聞こえる。


先程のテストの結果が開示され、

満点だったのは三人。


大山望、漆原奏、そして成瀬敬。


その結果もあってPクラスから

上がってきた底辺生徒への

ヘイトは十分に高まっていた。


傍から見たらいじめに近い行為。


それを見守る者は

止めにも入らない。


だが、守は煽る一方で


(や、やべ!)


恐ろしく速い成瀬の足に

恐怖を抱き始めていた。


技術はない。

それ故にボールを取れない。

だが、次第にその人間離れした動きで

ボールに届きつつある。


(な、なんだこいつ……

他のクラスのやつが

こいつは運動ができないって

馬鹿にしてたくせに)


成瀬の足がボールに寸前まで迫る。


(身体能力めちゃくちゃ

高いじゃねえか!)


ぎりぎりのとこで守は躱した。


それに女子たちの黄色い声が届く。


一方でこれ以上は無理だと判断した守は

慌ててシュートをしようとした。


(まずい!)


体勢を崩しながら蹴ったボールは

ゴールの真横を通り過ぎて、

体育館の外でこちらを応援していた

女子生徒の方に飛んで行った。


「愛ちゃん危ない!」


「え?」


よそ見をしていた愛にボールが迫る。


誰もが当たる。

そう思ったときだった。


「ぐはっ……」


白百合の前で成瀬が倒れる。


顔面には痛々しいボールの

跡が残っていた。


「な、成瀬君大丈夫!?」


驚いて白百合は彼の体を揺さぶった。


「ちょっと守! 危ないじゃん!」


「わ、悪い……」


駆け寄ってきた守は申し訳なさそうに


「な、成瀬大丈夫か?」


そう声をかける。


その直後、ひょいっと

成瀬は立ち上がった。


その姿に誰もが口をぽかんと

開けていた。


(こ、こいつ……あの距離から

一瞬でここまで走ってきたんだよな?

それにあのボールを顔面に

くらったのにもうぴんぴんしてやがる……)


そんな成瀬を見て一歩下がる。


「な、成瀬?」


「お前人見下すために

スポーツやってんのか?」


横切りざまに成瀬に

そう吐き捨てられた。


どきりとした。


完全に下だと思っていた相手に

言われたその一言が

頭でこだまする。


この縦社会の学校に入学して

身についてしまった

他者にマウントを取る癖。


純粋に好きで始めたサッカーも

その汚らしい手段となっていたことに

気づかされた瞬間だった。


「わ、悪かった成瀬」


思わず、守はそう謝罪していた。


成瀬は驚いた様子で振り返る。


「俺は正直、お前のことを

見下して馬鹿にしていた。

許してもらえないかもしれないが、

謝らせてくれ」


その言葉に成瀬は動揺していた。


まさか、謝ってくるなんて

予想してなかった。


「……いいよ」


そう恥ずかしげに答える。


それが嬉しかったのか、

校庭に戻る成瀬の後を

守は直ぐに追いかけた。


「今の成瀬君凄くなかった!?」

「ね! 白百合のこと

守ったのやばかった」


女子たちがそうひそひそと話す中、

成瀬が校庭に戻る後ろ姿を

白百合はただ茫然と眺める。


「奏……」


「なに?」


「奏の言ってたこと正しかったわ」


白百合はそう漏らした。


「尖ってるとこはあるかもだけど、

悪い人じゃないっぽい」


「そうでしょ?」


嬉しそうに奏はそう答える。


「奏はさ」


「うん」


「成瀬君のこと好きなの?」


「え!? 

す、好きとかじゃないよ!

……どうしたの急に」


「いや……

流石にあんなかっこよく助けれれて、

しかも何も言わずに去られたら……

なんかこう……ね?

私だってどきどきしちゃうよ」


「そ、それってつまり……」


「狙っていい? ってこと」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る