第8話 決意

「絶対! 成瀬君学校行った方がいいよ!」


「ほぇ~奏が誉めるなんて、

敬君はそんなに頭いいんだ」


夜。


奏が帰宅した姉に興奮しながら言った。


あの後、他の問題も見せてもらったが

簡単に解けてしまった。


それに驚いてしまった奏は、

夕食を食べながらも姉に言うのだ。


「こんなに頭いいのに

もう学校行かないなんて勿体無いよ!」


「敬君学校行かないの?」


「ま、まぁ......制服とか鞄も追い出された

親戚の家に置いたままですし、

もう行きようがないというか」


「なら、奏と同じ高校に転校する?

奏より頭いいんだったら敬君も

特待なれるっしょ」


まずい......

今さら同じ高校に通ってるとか言えない。


何より、学校じゃいじめられっ子だと

バレたくない。


「そうしよ!

成瀬君だったらきっと将来は

医者とか大学教授になれるよ!

学校に通うべき!」


「おお~さすがは我が妹。

将来性のある男に今のうちに

唾をつけておくなんて」


「もうほんとにそういう冗談やめてよね!」


そう姉妹は仲良くじゃれ合っているが、

俺は学校のことで頭がいっぱいだった。


もうあんな場所には行きたくない。


「成瀬君?」


「どしたの? そんな暗い顔して」


いつの間にか俺の渋い顔を心配して

姉妹の視線が集まっていた。


そのとき、パンっと清美さんが

俺の背中を叩いた。


「ま! 何かあったか知らないけどさ、

そんな心配すんなって!

あんまうちは裕福じゃないけど、

何日かここでゆっくりしていきな。

敬君は奏の恩人なんだから」


奏もその言葉に微笑む。


初めてだ。

こんなにも優しくされるなんて。


ずっとここにいたい。


このままこの人たちとずっと。


プルルルルルルルルル


そのとき、姉のスマホが鳴った。


「はい、もしもし漆原です」


清美さんが立ち上がって離れてから10分。


彼女は眉を歪めながら戻ってきた。


「ねえ、敬君。

君の警察から電話があったんだけど」


「......は?」


「親戚の人が探してるんだって」


────────────────────


「また面倒ごとを起こしやがって!」


スパンと平手が飛んでくる。


親戚の家に戻った俺は、

帰宅早々親戚の叔父に殴られていた。


病院から出たとき家族に連絡しなくていいと

言っていたのだが、俺がいなくなった後に

連絡していたらしい。


それで親戚側が行方不明の俺を探すために、

警察に捜索依頼を出した。


その捜索の結果、俺と奏のことを

知っていた帝王高校の生徒が

二人でいるのを朝見かけたらしく、

その目撃情報のせいで特定された。


警察に今日のことを報告して

親戚の家に戻ったが、親戚たちは

ぶちギレていた。


「お前のせいでうちの評判が

悪くなったらどうすんだ!?」


「全く......ほんと疫病神を

押し付けられたものね」


だが、親戚が警察にまで捜索依頼を

出したのは優しさではなく、

世間の評判が下がらないようにするためだ。


「はぁ......貴方のせいで響まで

評判が悪くなったらどうするの!?」


叔母の口にした響とはこの家の実の息子。

同級生で同じ高校の大崎響だ。


散々俺に暴力と罵詈雑言を加えた

二人が部屋を後にする。


「おい、お前さ」


すると、扉の外から響の声が聞こえてきた。


「自殺しようとしたらしいな。

道路に意図的に飛び出したって聞いたぞ。

なんでそのまま死んでくれなかったんだ?」


ああ......またこの地獄に戻ってきて

しまった。


直後、ドン!!!

とドアを殴る音が響いた。


「さっさと死ねよ!!!!!!!

気味がわりいんだよ!!!!」


こんなのが毎日だ。


頭が悪くなる。


帰りたい。


あの場所に。


『成瀬君......大丈夫?』


これ以上、二人に迷惑はかけれない。


だから、大丈夫と答えたが、

本当は助けてほしかった。


ずっとあそこにいたかった。


────────────────────


「おはようございます」


「え?」


目覚めると俺はガブリエルに

膝枕されていた。


そうか。

いつの間にか現世で寝ていたのか。


「どうして泣いているのですか?」


ガブリエルは綺麗な指先で、

俺の頬を伝う涙を拭った。


「......いや......ちょっとな......」


「何か嫌なことでもありました?」


「嫌なことか......」


本来ならこんなこと誰にも相談できない。


だが、ガブリエルにはできた。

現世には関与していないからこそ、

包み隠さず口にすることができた。


「そんなことが......

辛かったですね」


まるで、子供を扱っているかのように

頭を撫でてくる。


「なぁ......俺はどうしたらいい......」


こんな弱音を吐くのも生まれて

初めてかもしれない。


「成瀬さんはどうしたいのですか?」


「......親戚をぶち殺したい」


「それはだめです」


「......普通に暮らしたい。

馬鹿にされずに、暴力を受けずに」


「ちゃんと目標がしっかり

あるじゃないですか」


「けどな。

そう現実はうまくいかない」


「それは何故ですか?」


「俺には現実を変えれるほどの

力がないからだ。

何も持っていない。

だから、耐えるしかなかった」


「でも、それは今までの

成瀬さんだからですよね?」


「え?」


「今の成瀬さんは今までの成瀬さんと

違うと思いますよ?

今日はそれに気づきませんでした?」


「......まさか......大幅にステータスが

上がったことか?」


「はい。

てっきり、私は成瀬さんが現実の世界で

覚醒して、ウキウキで戻ってくるのではと

思ってました」


「いや、確かに変化はあったけど」


「それで十分ではないのですか?」


「......」


「あとは......成瀬さんが勇気を

出すだけです」


「勇気を出すだけ」


「そうすれば、きっと何かが

変わるはずです」


現実を変える。

そんな自信はない。


だが、確かに今日の奏を助けたという経験もあるし、自分でも現実を変えれる可能性は

あると思う。


「耐えることも重要ですが、

困難に立ち向かうことも大切なことですよ」


その台詞も表情も、何もかもが天使だった。


「ありがとう、ガブリエル。

少し元気になったよ」


「よかったです」


よし。明日はがんば


「けど、もうこちらの方は元気が

ないようですよね」


「こちら?」


「いえ。何でもありません」


「お、おい。

ガブリエル。お前......俺が寝てる間に

何かしたんじゃ」


「ふふふ......秘密です」


ああ。

やっぱ、同人誌読まなきゃよかった。




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