4-9 教えてくれますか?

 アンタ、マスコットなんか信頼してんの!? やっば!


 アイツらそういうふうに作られてるだけだっつーの。


 聞いてみなよ? 自分の演奏のどこが好きかって。


 どっちでもいいに決まってるし。ホンモノか、ニセモノか。


 音楽なんて、ただのモノなんだから。




   ★ ☆ ★ ☆ ★




 そびえるせん氷柱ひょうちゅう

 そのてっぺんで、朱色の熱風がしきりにうず巻いている。ときおり恒星が噴くようなアーチ状の紅炎プロミネンスをまといながら、キレのある抑揚ビート旋律メロディを抱いて。


 決して派手なライブではない。にもかかわらず、ステージの外縁には海妖精クリオネのかたちをした天使たちが押し包むように集まっていた。下方以外にほとんどすき間は見つからない。いまも新しい群れが加わり、囲みは二重になりつつある。

 縦横にスクラムを組む天界生物たちのドームの内側は、虹色の泡が嵐のように吹き荒れていた。その〝目〟にあたるステージのさらに上空では、赤く大きな星と、かろうじて見える黒いわいせいとが、連星のように互いの周りをまわっている。


 深海の底のような場所から、雀夜はそのふたつの星を、透明なシールドゴーグルごしにながめていた。足をそろえて立ち、群青色の鎧甲手ガントレットを左右とも自由にして、背中のあいた攻撃的な衣装ではあっても、そうでないときのようにいだ様子で。


「ごめんッ、雀夜ちゃん……」


 その背後に、黄色いマスコット姿のユウキが浮かんでいた。まだステージの範囲内にもかかわらず、変身がとけて子竜のぬいぐるみに戻っていた。


「赤緒さんに追いつけなかった。ボクの力不足だ……」


 表情の作りづらいマスコットの顔ながら、ユウキは誰が見てもわかるほど途方に暮れた目を頭上のステージに向ける。


 ユニゾンステージの高度はゼロサム制。他方が落ちたぶん他方があがるが、いましがた赤緒のステージが大きく上昇した気配はない。雀夜が最下層まで落ちたのは、歌と演奏を同時にやめたことでライブ放棄と見なされたためだ。

 もう一度歌いはじめるなら、雀夜は実際の減点分なりの高度へ戻ってデュエルを再開できるだろう。しかし、曲はすでに最後のサビ前のCメロを進んでいた。


「本当は、ボクがきみをあそこまで連れていってあげたかった。でも、いまからじゃ厳しい。本当に、ごめん!」


 人間の姿のときそうするように、ユウキは短い両手を腰のそばにつけ、鼻先を下へ向けて頭をさげた。きつけに降りてきそうなヨサクもそばに来ない。勝敗は決した。


 すがれるとすれば、雀夜が話していた秘策だけ。

 言外にそう伝えたつもりで、ユウキは頭をさげていた。そもそも続けるかどうかから雀夜次第。秘策に難があるからユウキにも秘密で、勝ち目がないなら雀夜は諦めるだろう。


 投了も覚悟してユウキは待った。――が、当の雀夜は天上を見あげたまま、一向に動く気配がなかった。ユウキが顔をあげて呼びかけても、長く伸びたポニーテールの先さえ揺らがなかった。


「……雀夜ちゃん?」

「…………」

「雀夜ちゃん……怒ってる?」

「……――」


 二度呼びかけたとき、ようやく頭が少し動いた。だがそれは、音もなく息をついただけのようだった。


「そういうところも、好きですよ、ユウキさん」


 背を向けたまま、なにか吹っ切れたように雀夜は言った。ただ、半ばで声がゆれたことまでは、ユウキも気づかない。


「もういいんです。高所恐怖症なんです、わたし。あんな高いところ、行きたいとは思いません」

「へっ?」


 ユウキの声は裏返った。「えぇえぇ!?」二度叫んでしまう。


 ステージ・フィールドにいる魔法少女には、自動でたくさんの魔法がかかる。ステージの構造にかんがみての、高さを感じなくさせる魔法もそのうちのひとつだという。


 しかし、嫌いなものが見えなくなったからといって、好きにまでなるわけではない。ましてえてはいるのだから、少なくともこれまで楽しくはなかっただろう。


「ご、ごめん! それも知らなかっ……」


 立てつづけに、さっきより深く頭をさげかけて、けれどユウキは思いとどまった。なにが、とは十分な言葉にならなかったが、違うよと自分の声がする。


 踊る星々を見あげる雀夜の息づかいは、なぜだか少しはずむようで。


「秘策なんかありませんよ。わたしはただ、答えを聞きに来たんです」

「……答え?」


 がっかりするようなことを言われた気がした。けれど、ユウキはその先をたずねていた。


「ある――と、言ってくれましたよね?」


 ユウキは息を飲む。

 雀夜は明確に笑う吐息をこぼした。


「それを知りたくて、今日ここに来ました」ほんの少しだけ、ポニーテールがかたむく。ほのかに色づいた頬が覗いて、「教えてもらえますか?」垂れた髪が肩に触れる。

「雀夜ちゃん……」


 ぎこちなくも、ユウキから声は出た。

 ずっと思ってきたこと。このひと月、考えて、探してきたもの。


「ごめん……ボクには、見つけてあげられなかった」


 なにが〝違うよ〟なのか、本当は知っていた。言葉にするときをずっと待っていて、ささやいてきたのは、それが来たという予感。


「ボクの魔法少女が、きみでなくちゃいけない理由。そんなもの、きみのことをなにも知らないボクなんかに、見つけられるはずがなかった。無責任なこと言って、ごめん……」

「……そう、ですか」

「それでも」


 落胆させた。低く落ちた相づちの声は、どこかほっとしたようでもあった。それがわかっても、ユウキは、


「きみが欲しい」

「……ッ!?」


 ひるまずに告げた。

 息づまる気配。いま、どんな顔をしているか。


 呆れているか、戸惑っているか。いら立たせたかもしれないし、これからさらに悲しませるのかもしれない。だとしてもと、白い背に挑んでいく。


「ボクが欲しいのは、きみだ。ほかの誰でもない。ほかの誰かだなんて思えない。きみ以外じゃ、きみでなくちゃ嫌だ。ボクにあるのは、それだけだよ」


 レコード店で、赤緒が言った。

 理由はわからない。けれど、雀夜を誘う以外、ほかの考えが浮かばない。

 コンビニの前でも、雀夜がいいのかと聞いたとき、否定しなかった。


 赤緒の受け売りのつもりはない。赤緒には赤緒の理由がある。そこはユウキはうらやむだけだ。けれど、彼女と同じ言葉を自分の中に見つけた。


「……それが答え、ですか?」

「ううん」答えではないから、首を振る。「きみが聞きたいのは、ボクがきみを欲しがる理由のはずだ。ボクはそれを見つけられなかった。それも本当だ」

「なら、どうして――」

「欲しいからだよ、理由も」


 答えきみにはまだ届かない。まだ手を伸ばしつづけたいと思うから。


「きみを欲しがるための理由も、ボクは欲しい。どうしたって見つけられないものかもしれない。でも、だとしたら作りたい。ここから、ゼロから。きみがボクをそうしてくれたように、きみをボクの特別にする理由を。ひとりじゃ無理でも、ふたりいっしょならッ」

「……ユウキさん」


 白い背中がゆれている。いつもまっすぐ立っていたあの背中が、かき消えそうにふるえている。


「わたしが――なんて……言わないで、ください……」


 奏でることに向かない鎧甲手ガントレット。彼女の一部であるそれが、砕けそうに握られて。


「自分にその価値があることを、信じられないんです。誰もがキラメけるのだとしても、わたしは……」


 ユウキは手を伸ばした。


「あるよ。絶対にある」

「だったらッ!」


 声がぜる。絶縁こそが正しいかたちと、新たな回路を拒むように。


「だったら……わたしでなくても――」

「まずきみからだ」

「……!?」


 けれどもう、つながれる。

 必ず爆ぜるただ一瞬の火花キラメキおくさなければ。


「ボクはマスコット。この先、きみ以外も選んでいく。けど、いまはきみだ。きみの番なんだ、雀夜ちゃん」


 群青ぐんじょうが流れる。稲妻いなづまのように。


 明るい場所でようやく見られた、迷子の子どものままの瞳にほほ笑み返し、ユウキは予感と共に一歩を踏みこんだ。



「用意できた?」




   ★ ★ ★ ★ ★




 天使どもは増える一方。こんなに空気あわがあるのに、深海ここは息が詰まりそうだ。


 Cメロを少しアレンジし、ギターのソロプレイを混ぜこんで赤緒は最終ラスサビ前をずっとループさせていた。

 手抜きはなしだと言っておきながら、未練がましい引きのばし。入るのだって手伝った。もういいかげんにしようと、手の中のも不機嫌にうなる。


(逃げられたようなもんか……)


 頭を起こし、変身すると伸びるうっとうしい髪を払う。プレイを原曲へつなげ、赤緒がCメロ最後の音を歌おうとしたそのとき――


 突きあげてきた。

 暗くて太くて重い声。鉄の怪物みたいな極低音ラウドネス

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