4-10 届きましたか?
ただ意表を突かれたのではない。
大砲じみた低音の
(なんッ……!?)
立て直し、ピアノに指示してCメロのインストに戻る。咆哮の根本を見おろそうとして、妖しげな黒い光が下から来ているのに気がついた。
「なんだ、そりゃ?」
ほとばしるような暗雲。紫紺の稲妻を飼う闇のようなかたまりが、それを乗せた
鳥肌を立て思わずにやけた赤緒の目に、さらに雷雲から湧きだす黒い〝手〟が映る。
巨大な鋼鉄の平手だった。ひとつでなく、ふたつ。左右。なにかを受け止めるように広げた一対の五指と手のひら――そのあいだに、さらに〝手〟がある。
刃の集まりのようだった群青の
そのよどんだふたつの鉄塊は、あざやかな紫色の道具を抱いていた。ひょうたん型のボディに
見る前から、赤緒は知っていた。
たとえ違っても、知っていた。
あそこに弦は、七つある。
「うぉぉ!? マジかよッ、サクちゃん……!?」
向こうで白いマスコットが騒いでいる。
「
巨腕に変形した
ゆれて、ねじれて、
背中のあいたハイネックの衣装は、切り刻まれたようなより好戦的なデザインに。浮き雲のようだったスカートはちぎれ飛び、腕と同様に鉄塊化した
そして、うしろへ流れていた一本ヅノは、前へ突き出す二本ヅノに。
かすかに紫がかったシールドゴーグルの下から、
「なんだ、そのでかいシャベルは。アイスクリーム用か?」
「よくわかりましたね。アイスクリーム博士でしたか?」
「冷てぇやつに目がなくてな」
開口一番の皮肉をいなしいなされながら、赤緒は視線をメタリックパープルのエレキギターへとずらす。調弦用の
「ジイさんのやつまんまだな。付け焼き刃ですって言ってるようなもんだろ」
「負けたら大恥ですよ?」
「どこ産だよ、その自信はよ?」
「あなたこそ」
あがってきたステージは、赤緒の足場より二メートルほど低いところで止まった。雀夜はその位置から赤緒だけをあおぎ見る。
「手を抜くなと言っておきながら、自分はへらへらと出し惜しみ。存外軽いんですね、ホンモノって」
「…………」
赤緒の顔から熱が消える。
「ネコかぶってたのはそっちもだろ?」
「では、ここからはお互い」
「飛び道具あり」
「小細工歓迎」
同意を済ませ、互いに見あう。
音楽はすでに鳴っている。
「セカンド・コード:『ベオ★ハルコン』――リターン・オン・ステイジ」
「仕切り直しだッ! 遅れんじゃ――」
爆音。もとい、爆声。
先ほどと同じ濁った咆哮が、まだコードを押さえたばかりの赤緒の声をかき消した。
(リードを獲りに来ない? むしろ押しつけられた? というか……)
メロディに乗せて、また咆哮。脚をひらき腰を落とした雀夜の口からこもったノイズのかたまりが噴きだし、赤緒の歌声に容赦なくかぶさってくる。吠えるたびより太く、重く。歌声などとはつゆほども言えないひずんだ絶叫。
(こンの脳筋メガネッッッ!! 力任せにがなればデスボイスになると思ってんじゃねえ! どんな教え方したんだ、あのクチバシ野郎はよぉッ!?)
グロウル、ガテラル、極低音域デスボイス。
誰の入れ知恵かは考えるまでもない。先週往来で雀夜と連れ立っていた無駄に
コンビニ前で遭遇したときが、雀夜が店長を頼った最初の日のようだった。であれば、トレーニングは一週間。それでいまの声量を出せていることは
(リードを食わねえように調節もできねえからグダグダだ。
「上等だ」
マイクに入らないようつぶやき、ギターのコードを変える。
ピアノのメロディに対して強引に引きあげるような速弾きを
眉間まで突き抜けるような
力強い速弾きの
まっすぐに疾走するようだった曲調から、鋭く舞いあがるようなムードへ。重力じみた雀夜のコーラスと引き合い、はち切れそうな和音が互いのステージを行き来する。
もはやどちらがリードとも言えないライブに、天使たちのドームもめちゃくちゃに乱れていた。激しくぶつかり、ヒレのような羽根でたたき合いながら縦横無尽に飛びまわっている。混乱は熱狂を呼び、魔力の泡が嵐のように吹き荒れた。
(目新しさに酔ってるな、天使ども。デスボの魔法少女なんざ聞いたことねえよな)
気を抜けば声がゆれる高音域。その声量を限界まで引きあげつつ、赤緒は冷静に場を読んでいた。
(おかげでボーカルは
赤緒がホイッスルをためらっているあいだに、雀夜のステージ高度は赤緒に近づいていた。だが、いまはふたたびジリジリと落ちはじめている。ピアノの主旋律はもはや機能していない。雀夜の足を引っ張っているのは雀夜自身ではない。
(ギターじゃ絶対に追いつかれねえ。七弦が付け焼き刃なの差し引いたって、どうせ百点満点までだ。オマエらマスコットは、そう作られて――)
(ボクらはそうだね)
(……!?)
口から出ているのは歌声だけだったはずなのに、相づちを聞いた。
思わず対戦相手の得物を注視し、そして目を見ひらく。
それまで弦に触れないよう、ほとんどつまむようにしてギターを支えているだけだった、岩塊のように
(押さえようとしてる……あの手で!?)
冗談みたいな話だ。ギターの
(できるわけねぇ……けど、できたら?)
目線が無意識に数えやすい
弦は七本。六弦慣れしているギタリストにとって、増えた一本も、そのために肥大化した棹も無駄で邪魔だ。六弦で百点満点を出せるなら、素直に六弦を持てばいい。
その一弦を、誰かが代わりに押さえるなら?
六弦の百点満点の上に、その一弦分が乗るのなら――
「やれ……押さえろ」
最後のサビの
歌詞のない場所でささやいて、その自分に一瞬驚く。
けれど、ためらいを押し殺し、赤緒はもう一度地声で叫んだ。
「押さえろ、バカ眼鏡ッ!!」
鉄塊が弦に振れる。
重くひずんだ音階が流れ出る。
およそ五小節足らずのカッティング。二色のディストーションが並走し、ふたつのステージが同じ高さで止まると同時に、ついに無音が訪れる。
五秒後。
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