4-8 そこにいますか?

 同じ歌詞、同じ旋律せんりつ

 雀夜と赤緒、ふたりの魔法少女は、鏡合わせのままBメロを歌い切った。


 五分五分のデュエット。ステージは動かない。


 赤緒がどういう意図で作曲したかユウキにはわからない。ただ、硬質ソリッドで抑制的な歌い方を求めるこの曲では、低音でどっしりした声の出る雀夜が有利なようだった。赤緒も声域は広く、さらに技術で勝るも、十分に渡り合えている。

 ユウキの演奏も問題ない。元より、集中して意識を制御してさえいれば、魔法化インストール済みの楽曲では常時百点の演奏を叩きだせるのが魔法だ。むしろそれでどうにか追いついているに過ぎないと実感するほど、自力で演奏している赤緒の完璧さが驚異だった。


 サビ前の軽いギターソロも引き分け。パートを分けることなく、アップテンポのサビへとなだれこむ。


 赤緒の腰が沈んだ。膝が曲がり、朱色の長い髪が広がり、長いたもとが浮きあがる。大きな乳房に押しあげられる寸足らずの上衣もすそを激しく踊らせた。が、


(仕かけてこない……?)


 弦に緊張を走らせたユウキは鼻白んだ。音に力強さこそ増したものの、曲はアレンジなしでがくのまま進行していく。


(確かに赤緒さんはすごい……でもこれはマジカル★ライブの決闘デュエルだ。原曲のままなら、非魔楽器リアル・ガジェットを使う赤緒さんはワンミスで負けが決まる。ノーミスで引き分けても十分すごいけれど、まさか、勝つ気がないわけじゃ……)


 ユウキのいぶかしみをよそに、本当になにごともなく最初のサビが終わりを迎えた。


 いい曲だと、二度目のAメロ前のイントロをこなしながら、ユウキは頭の別の部分で純粋にいんに浸る。赤緒らしい自問と自嘲じちょうを織り交ぜ、日常の孤独や虚無感をシニカルにつづりあげた歌詞。ともすればポップな疾走感のある曲調と反発し合い、騒がしく余裕のない世界との対比が強調されていく。


 魔法化作業中に目を通したところ、二度目のAメロBメロは一度目を踏襲とうしゅうせずほとんど別の曲のようになっていた。より感情的な曲調でギターの難度もあがるが、飽きさせない展開とそれを裏打ちする自信にワクワクしてくる。

 できることなら、デュエルでなくユニゾン・ライブとして、このふたりのデュエットを最後まで聞きたい。その気持ちを抑えて耳にした2番Aメロの歌いだしは、独唱ソロだった。


(え……?)


 雀夜の声だ。雀夜が歌った。

 赤緒がいない。赤緒の声がしない。


 ギターの姿でもユウキに視覚はある。朱白の魔法少女はぜん目の前で演奏している。

 だが、曲の二番を歌っていない。顔をせ、ギターの演奏に集中している。かと思えば、旋律と歌声の重なる部分でだけ、控えめな声を当てていた。音程の微妙に異なる、リードボーカルを下支えするような歌い方で。


主旋律リードゆずった? 自分からハモリに……!?)


 雀夜の声量が増す。ユウキのネックにいら立ちが伝わる。


 ライブ・デュエルの勝敗の分け目はリードを取れるかにある。すべてと言っても過言ではない。琉鹿子もキャベリコ☆キトゥンズの三人組トリオを相手に、全パートを握るという強引な手段でリードをもぎ取っていた。


 そのリードを譲るというのは、実質負けを認めるも同じ。

 ステージに動きはまだないが、赤緒側が落ちはじめるのも時間の問題だった。


(動揺させて、ミスを誘ってる? でも、それは赤緒さんらしくない……)


 琉鹿子をせさせた赤緒のマジョ狩りが、決して狡猾こうかつでなかったわけではない。だがそれは手堅さの裏返しでもあった。根拠もなく相手の揺らぎに期待するなど、腕一本に自信のない人間のやることではないか。


(ハモリに意味のない曲じゃない。ソロ曲だけど、デュオにも対応できる作りにはなってる。……いや、むしろこれが完成形?)


 ふと過ぎった可能性。

 手抜きは許さないと、赤緒は言った。魔楽器のピアノを取り入れたのは、その言葉を自分にも当てはめてのことと、ユウキは考えていた。


 だが、この曲はそもそもがピアノに主旋律メロディを預ける曲だ。ギターは遊軍的に彩りと華を添える。それは決してくてもいいという意味ではないが、実物リアルの楽器にこだわる赤緒にしては思い切った作曲と言える。

 その自虐じぎゃく的な選択が、なによりも曲の完成度のためだったとすれば、どうか。


 雀夜の声質のほうがマッチする歌。ハモリはリードを邪魔しない効果的な引き立て役となるために、特異なテクニックを要するものだ。習熟した赤緒がそちらに回るほうが、ライブ全体にとって得策。


 ユウキは確かにふたりのユニゾン・ライブが見たいと思った。きっととてもいいライブになると思ったからだ。

 赤緒もそう考えていたとしたら? ふたりのバンドがうまくいくことを、思い知らせようとしているとしたら?


 雀夜を連れていくために。


(いや……落ち着け、ボク。リードと言っても、まだボーカルだけなんだ。いまのうちにギターも取れなければ、いつでも巻き返されて……)


 ユウキは再度演奏に集中する。踊るようなカッティングを要求するBメロを乗り切り、一番目と同じメロディの二番サビへ飛びこむ。


 と、音が飛んだ気がした。


(――あれ?)


 とっさに立て直そうとして、どこをミスしたのか理解できない自分に戸惑う。


(ボク、どこを弾いて……)


 その自問を知覚した瞬間、ゾクリとした。

 空洞のボディの中身が冷えこむ。自分の弦が正確な音をたどっている自覚があった。


 ミスはしていない。なにも起きていない。自分で自分を理解している。なのに、


 自分の音だけが見つからない――


(鳴ってない……? なんで……)


 弦のゆれを感じる。

 雀夜の背後に浮かぶがいこうを模したスピーカーからも、リズミカルな空気の振動が伝わってくる。それらは確かに連動し、自分の演奏が存在することを証明してくる。


 にもかかわらず、あるはずの音の実物が見つからなかった。どこにも。


(なんだこれ。音が……吸われてる?)


 雀夜は気づいていない。あてがわれた役目ボーカルを全力でこなしている。

 おそらく彼女には聞こえているだろう。ふたり分の演奏。まったく同じに重なりあった、ひとつの旋律だとしても。


(まさか……)


 赤緒を見る。小柄な全身でビートを刻みながら、めんどおりのギターとハモリにてっしている。

 赤緒の音は聞こえる。ギターは赤緒の音しか聞こえない。


 互いにミスはなく、同列のはず。なのに、同じ旋律を弾いているのに、ユウキだけが一方的に喰われている。

 雀夜の歌と、ピアノの主旋律と、赤緒のギター。

 それだけがライブに存在している。なぜかそうなったのはわからない。わからないが、ユウキはひとつだけ理解した。


(ボクは……いらない。ここにいなくていいのは……ボクのほう?)


 まだ弦はゆれている。ミスはない。けれど、音として存在できない。


(そうだ……そうだった。彼女が憎んでいたのは、最初から、魔法少女さくやちゃんじゃなくて……!)


 赤緒と目が合う。ユウキの目線などわからないはずなのに、ふしぎと見合っていることを理解した目を、赤緒がして――


 獣のように笑んだ。


(獲られるッ……!?)


 ユウキは縮みあがった。


(獲られる! 雀夜ちゃんを!? 雀夜ちゃんを、持っていかれるッ!)


 下支えに回ったにもかかわらず、赤緒のステージは落ちていかなかった。

 拮抗きっこうしつづけるふたつのステージ。そこに赤緒と雀夜はいても、ユウキはいない。雀夜の腕に抱かれているはずなのに、自分だけが遠い場所に置いていかれるように感じる。


(これは……進化しているッ!? 赤緒さんの演奏が! 演奏しながら、原曲のまま、よりあざやかに、より力強く洗練されてきてる! どれだけ似せても〝ホンモノ〟とボクを飲みこんで、ホンモノ以上に……!)


 遠目にかんしたかのように、ユウキはすべてを悟っていた。

 ニセモノにとってのゴールは、百点満点のホンモノと同じになること。けれどホンモノにとっては、ホンモノであることがスタートライン。


 追いつけるはずがない。なすすべがない。そう脱力しかけ――踏みとどまる。


(それでも、ダメだッ。いまボクが投げ出して、彼女が歌うのをやめたら!)


 最後まで支える。そう決めていた。


 パートナーだから。契約者だから。


 ボクが選べなくとも、選んでくれたのだから――


(歌って……どこでもいい。どんなかたちでもいい。歌いつづけて! 雀夜ちゃんッ!!)




「……ユウキさん?」







 歌が途切れる。


 歌詞が飛ぶ。


 二度目のサビの最後の歌詞は、ハモリに回っていたハイトーンの歌声がさらっていった。

 目を閉じた雀夜が、武骨なガントレットで黄色いギターを抱きしめる。


 小さくなっていくその群青と黄色を見おろし、エコーに続くピアノソロの間奏に浸りながら、赤緒はめた溜め息をついた。


「根性ねぇな」

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