4-7 待ったはなしですか?

 水のない深海をあいまいな光源が照らす。あるいは、月だけの夜空。


 無限の無にそびえ立つのは、二重らせんの氷の柱。

 頂上で分かれ、つぶれた先端はそれぞれ小さな舞台となる。


 一方に立つのは、あかき熱風に白い上衣をなびかせる魔法少女『スカーレット★コワレ』――よぶあか


 向かいあうのは、はや稲妻いなずまを群青色の鎧甲手ガントレットに従えた魔法少女『ジャギー★ロッダー』――間鋼まはがねさく


 ステージ外には子竜のぬいぐるみのようなマスコットが三体浮かび、ふたりを見守っている。雀夜の背後に白と黄色。赤緒の背後には、雀夜から赤緒に返された四角いギターケースをいったん預かっている、薄緑色の一体。


「先に言っとくが」と、男の低い声で沈黙を破ったのは、白いマスコットのヨサクだ。


「公式試合だ。マトモな承認デュエル扱いにするために、キッカの仮パートナーってことにさせてもらうぜ、呼子赤緒チャン?」

「はあっ?」腕組みをして足をひらき気味に立っていた赤緒はやにわに目を吊りあげた。


「ざけんな! オマエらの管理下に戻れってことじゃねぇか! 聞いてねえぞッ」

「まぁまぁ、一時的だって。コミューン同士の交流試合なら、うっかりじかパンチしちまったとき、所属と相手と両コミューンに迷惑がかかる。踏みとどまりやすそうだろ?」

「なんだそりゃ。もう電気が流れる首輪でもつけとけよ」

「また噛みつかれたいですか?」


 涼しげに立っていた雀夜が口をひらく。赤緒は「オマエの話してんだけどな」といったん投げやりにはね返したが、


「まぁいい。思い知るまでほざかせてやる。どのみちオマエのステージなんざあっという間に急降下で、キバもツメも届きゃしねえけどな。オラ、黄色ッ! 気が変わんねぇうちに魔法化インストール終わらせろ! まだか!?」

「も、もうちょっと!」雀夜をまたぎ越えて急かされ、ホログラムのモニター付きパネルからひよこ色のマスコットが顔をあげる。「で、でも赤緒さん、これ……」


 戸惑いを隠せないユウキの声に、赤緒は夜の駐車場で話した相手の顔を思い出していた。無意味に毒気を抜かれそうないら立ちに、思わず軽く目を伏せる。


「いーんだよ。オレがオレの曲で鳴らすなら、なんだって〝ホンモノ〟だ」

「…………」


 涼やかな表情のまま、雀夜の息づかいがかすかに変わる。なんとなくそれに気づいた赤緒は視線をあげ、目が合うと自然な動きで不敵に笑んだ。


「もっとうれしそうにしろよな? お待ちかねの新曲だぞ」

「うれしいですよ? ほっぺが落ちそう」

「クッソ。これが終わったらかわいくなるまでかわいがってやる……ッ」

「できたよ! 準備できた!」


 ユウキが叫んだ。同時に赤緒はむっとした顔のまま、背中に吊るしていた黒いギターを前に回した。


「先攻もらうぜ? けど、始めるのはオマエらも構えてからだ」


 魔力で涙滴型ティアドロップのピックを生成し、指のあいだで浅く握る。そして対戦デュエル相手をにらみ直したところで、赤緒は威勢よく逆ハの字にしていた眉を崩すようにひそめた。


「……なにしてんだ? 魔力カスの眼鏡じゃひとりでやれねえだろ?」


 いだままの雀夜の向こう、その相棒の黄色いマスコットが依然としてステージ外に浮かんでいる。不要なデバイスを消してはいたが、緊張した面持ちでなぜか雀夜のほうを見つめていた。


「――雀夜ちゃん。秘策って、まだ、その……」

「はい」

「は、はぁあああ!?」


 会話の意味が読めた瞬間、赤緒の口から水っぽいものが飛んだ。


「ざっけんな! 共有しとけっつっただろうが! 手抜きじゃやらねぇぞコラァ!?」

「おかまいなく。こちらの都合です。申しわけありませんが、ユウキさんも」

「う、うん、わかった……」

「チッ。ンだそりゃ……」


 そろそろとステージ内に入ってきた黄色いマスコットとそのパートナーをながめ、赤緒はこれ以上なく苦りきった顔をする。「マジで手加減しねえからな?」


 黄色いマスコットの姿が揺らぎ、黒縁黄色塗装サンバースト・カラー一本ヅノ型シングルカッタウェイのエレキギターに置きかわる。弦の数は六。

 そのことと、雀夜の手に収まるのだけを確認し、赤緒は自分のギターに手をえた。


 魔力アンプなしで弦をひとなで。ニッケル線のふるえがネックを握る指に伝わる。

 背中が熱を帯びる感覚。朱色の光の尾が、腰から六条うしろに伸びる。


 氷でできているはずのステージから、赤く焼けた土が盛りあがってきた。増幅器スピーカーの埋まった溶岩の柱。無限長のケーブルが飛び出し、自動でギターに接続する。


 赤緒と土柱の並ぶ背後に、さらに別の溶岩が噴き出してきていた。テーブルのように広く平坦な岩塊がんかいがステージからせり出し、灼熱の外殻がいかくがボロボロとはがれ落ちていく。


 現れたのは、りのように朱々あかあかとしてつやを帯びたグランドピアノ。

 魔力で自律する自動演奏楽器マジカル★ガジェットを従え、赤緒は自前のギターのスイッチを入れた。


「やろうか?」


 上空に朱色のクリスタルが出現する。周辺を泳いでいた天使たちの注意がステージへ向く。

 赤緒は音の浅いリフから始めた。


 高音でシャープに、しかしさざ波のように力の抜けたフレーズ。音程をあげ、そして戻しながらくり返す。

 四小節ののち、無音ブレイク


 ばかっとをあげたグランドピアノから、明るく粒の丸い旋律せんりつが勢いよく流れだす。

 マーチのような活気。赤緒はしかし素知らぬ様子で冒頭と同じリフを練りこんでいく。ピアノが主、自分がかげ


 軽快なイントロが空気を温め終えたとき、赤緒はようやく旋律にギターを合わせてかき鳴らし、そして歌いはじめた。


(さすがだ……!)


 イントロの前振りからすでにどうがしていたユウキは、隣接するステージとギターの姿で向き合いながら圧倒されていた。あかい魔法少女は白いイヌ耳をピンと立ててはいても棒立ちで派手な演奏はしておらず、歌声に至ってはまだ出だしとはいえ抑制的。にもかかわらず、グイグイと引っ張っていく力強さと疾走感が、編曲の完成度と自信を暗示してくる。


すきが見えない……あれだけけなしていた魔楽器の制御も、完璧。オリジナル曲だから完全に彼女のテリトリーだ! ニセモノと呼んだものまで内側に取り入れた、〝本物〟の彼女の覚悟……!)


 挑発するような余裕も見せてこず、赤緒は一心不乱に自分のライブを続けていた。すでにステージ外には巨大な金銀のクリオネたちがひしめき、すき間を埋めつくしつつある。虹色の泡もうずを巻き始めていた。


(気圧されてちゃダメだ。こっちから飛びこまないと、本当に逃げ切られる!)

「雀夜ちゃん」

「はい」

「サビから伴唱コーラス。タイミングが合えば重唱ハモリ。行ける?」

「いつでも」

「よしっ。じゃあ――」

「いま来いよ」


 歌っていたはずの声。


 白から朱へ、グラデーションする髪のすき間をって、いろの目が雀夜たちを映している。曲の進行に合わせ、そでについた長いたもとがはらりとゆれる。

 Aメロにあたる部分が終わり、イントロと同じメロディがしこまれる。Bメロ前の短い間奏。一度で終わるはずのそれが違和感なくループしていることに、ユウキは気がつく。


 自分のネックを支える雀夜のガントレット。固く冷たいはずのその触れている部分が熱を帯びたように感じ、ユウキは心を決めた。


「雀夜ちゃん。ハモ――」言いよどむ。けれど、ためらいでなく、「いや……主旋律リードを!」

「喜んで」


 赤緒から受け取った楽譜と歌詞は、事前に雀夜の自動演奏魔法プリインストールに組みこんだ。

 そうでなくても口ずさめそうなほど耳に焼きついてきた旋律を、ユウキは自分自身の弦で忠実にたどり始める。


 濃紺の小さな星が天上に生まれる。間奏が終わり、大胆だいたんに転調するBメロへ。

 同じ歌詞、同じ旋律で、ふたりの魔法少女が鏡合わせに歌いだす。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る