Chapter 4 Black Dust Box

4-1-a 信じてるんですか?


 パッ! パッ! パラッパ!



 ベースギターとドラムと軽快な〝スキャット〟。

 まとめて同時に途切れ、クリアで陽気なギターのイントロが流れ出す。色とりどりの光でできた星型が降りそそぐ。


 氷柱のステージには三台のエレキギター、ベース、ドラムセット。さらに独立したクラッシュ・シンバルがひとつに、原曲にはないスレイベルが四つとウインドチャイム、アコースティックギターが一台ずつ。全七種十二個の楽器たちがぐるりと並び、そのどれもに紐のような〝手〟と〝足〟が生えて演奏している。


 活き活き飛びはねる魔楽器たちに囲まれ、真ん中で歌うのは小さな魔法使いの女の子。


 帯のように幅広なリボンでできたとんがり帽子。パステルピンクに水色の交じる、長い長い珊瑚さんごのようなツインテール。

 非対称アシメラペルとおなかの大きなスリットが特徴的なオフショルダーの釣鐘型ベルラインドレス。たっぷりふくらむ三段パニエを揺らして踊り、ステッキ片手にくるくる回る。ステップに合わせて星が降り、はじけた星くずは小さな馬や魚になって走りだす。


 魔法少女『ステイブリー★コメット』のマジカル★ライブ。十台以上の魔楽器を同時に操り、光のミニチュアとたわむれるのが玉虫たまむしはなの王道だ。今日はめずらしく独唱ソロ曲で、コーラスを入れないぶん視覚系のエフェクトを派手にもしている。

 琉鹿子のライブにも雀夜のライブにもない、彩りと音色の入り乱れるにぎやかなパフォーマンス。それをステージ外から、群がる天使たちよりも遠巻きに眺めて、ひよこ色のぬいぐるみ姿のユウキはただ黙々と浮かんでいた。


 雀夜がマジョ狩りの魔法少女、『スカーレット★コワレ』をライブ中に強襲する事件を起こしてから、もう三日になる。雀夜と言葉を交わしたのは、ライブからの強制退去直後が最後。自分の契約者ジャギー★ロッダーが雀夜でなくてはいけない理由はある――と力強く告げておきながら、以来まともに目も合わせられずにいた。


(ヨサク先輩や華灯ちゃんにも、気を使わせてしまってる。先輩は焦るなって言ってくれたけど、雀夜ちゃんのそばにいると、なにかしなくちゃってずっと考えちゃうし……)


 昼食や夕食の用意ができたと、部屋まで雀夜を呼びに行ったりはする。しかし、ノックをして声をかけているに過ぎない。会話とは呼べない。


(いや……なにかはしなくちゃいけないんだ。誰よりも、雀夜ちゃんのために)


 ステージ上ではじけた星のかけらが、すぐ近くまで飛んできた。視覚系のエフェクトに使われる魔法は、星や火花がそこにあると信じこませるだけのもの。実体はないのでどれだけ派手にやっても害はないし、天使たちも怒らない。魔楽器でない魔道具に短期間で実体を持たせるに至った雀夜は、それが魔法の才能だったにしろ執念だったにしろ、間違いなく明確な意志を持っていた。




 ――殺してやろうと思ったんです。




(あのとき聞いた言葉は、全部ウソじゃない。ボクになにができる? ボクが雀夜ちゃんにいてほしい理由が、ちゃんと伝わるような、なにか……)

「ユウキちゃん?」


 耳もとで声を聞いて、首を跳ねあげた。

 やわらかいピンクに涼やかな水色の混じる髪が揺れている。まっすぐ切りそろえた前髪の下にはあどけない印象の顔があって、そこでふしぎそうに見ひらかれていた空色の目と目が合った。


「華灯、ちゃ……?」

「終わったよ?」

「え?」


 音楽が消えている。

 ユウキは辺りを見回した。


 目の前の氷柱ステージ上にはなにもない。天使たちの群れは三々五々になって、深海のような果てしないフィールドに散り始めている。そしてユウキはライブの冒頭以外ほとんど覚えていないことに思い至り、さっと血の気が引いた。


「ご……ごめんっ、華灯ちゃん!」

「もー、ユウキちゃんたら」

「本当にごめん! ボク――」

「そんなによかったぁ?」

「へっ?」


 真っ赤なむくれ顔を見たはずが、華灯の目と口はこの上ないくらいにほころんでいた。締まりがなくなりすぎた頬を落ちそうだとばかりに両手で押さえ、珊瑚のような髪を揺らしてくりくりと頭を振る。


「へへぇー、今日のハナビぜっこぉちょー。キラメキもいぃぃーっぱいだもんねーっ」


 ユウキは上空をあおぎ見た。


 たゆまず輝くさくら色のキラメキ・クリスタル。その周りを、けぶるくらいに厚く虹色の泡が取り囲んでいる。華灯のライブはムラが激しく、稼ぐときは大量に稼ぐのは知っているが、今日ほど盛況なのはユウキも初めて見る気がした。


「す、すごい……」

「ふふーん。言葉をなくすほどのハナビの勇姿、見てたのがユウキちゃんだけだなんてねー? ヨサクちゃんかわいそー。でも女の子のとこへ遊びに行っちゃったんだもんねー?」

「え、えぇと、はは……」

(女の子って、キッカさんじゃないのかな……)


 今日ヨサクは不在だ。雀夜の件で管理局や関係各所に顔を見せに行くと言っていた。それなら自分が行くべきではとユウキは引きとめたが、リーダー権限で華灯の監督代理を任されてしまった。他人ひとのライブを見て気づくこともあるだろう、というのがヨサクの言い分だったが、気晴らしをすすめられているのも見えいていた。


「しかーも、今日はソロ曲ぅー!」

「そういえば、めずらしいね」


 先ほどからただ上機嫌なだけではなさそうな華灯をいぶかりつつたずねる。

 華灯はソロライブではソロ曲という定石にはまらず、合唱曲やかけ合いのある曲、つまりは複数人で歌うことを得意としている。自分の分身である歌手人形マジカル★ボーカリストを魔楽器として召喚し、パートを振り分ける単独合唱ワンマン・コーラス。《多奏特性・極特化型》だけに可能な、独りユニゾン・ライブの演じ手だ。


「ヨサクちゃん、ひどいんだよ? 『特化型は確かにめずらしいしすげえ。けどナ? 本来魔法少女はメイン以外の《特性》もちょびーっとずつあわせ持ってるもんダー。ほとんど《多奏特性》オンリーのハナビさまはユニゾンがすぅーぐ崩れるよナー? だから歌はできるだけ人形ボーカリストに任せて、魔法操作に集中したほうがいいんだゼー』だって。ハナビが自分で歌うの好きなの知ってて言うんだよ? もー」

「え? じゃあ、ヨサク先輩の前では、いつも合唱?」

「そーなの。今日はユウキちゃんが代わりって聞いたから、やっちゃえーって。やっぱり好きにやるのが一番だよ。ねー?」

「そう、だねー?」


 得意げな顔のわりにトゲというか毒というか、今日はやたら黒いものが小さな口から出てくると思っていたら、実際かなりご不満だったらしい。一方で、いま現在苦労をかけている先輩がマスコットとして至ってマジメかつ合理的にくだした判断をいっしょになってけなすのもはばかられ、ユウキは曖昧あいまいに笑い返しつつ、首をかしげておくほかなかった。

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