Reverb/残響

 雀夜の部屋は二階の奥だ。


 まずヨサクコミューンの拠点ネストたるアパートは二階建てで、部屋数は八。主に使われているのは二階側で、建物わきの外階段から数えて最初が備品倉庫兼ユウキの部屋。二番目が事務所兼会議室兼談話室、兼、一応ヨサクの部屋だ。火はここでしか使えない。

 三番目は華灯の部屋。ということになっているが、極力ひとりでいたくない華灯は寝るときも含めてヨサクやユウキの部屋に入りびたっており、自室は実質専用の物置になっている。おかげで物音を気にしなくていい奥の部屋は、ひとり粛々しゅくしゅく謹慎きんしんをこなすにはうってつけだった。


『ユーが好きデース!』


 手もとの小さな液晶画面から、金髪碧眼へきがんそばかす顔で身長198センチの留学生による刺激的な愛の告白を、雀夜は普段どおりのいだ顔で受けとめた。


 正座をした膝の上に乗せているのは、ようやく支給してもらえたスマートフォン……ではなく、実家から唯一持ち出せたとも言えるポータブルのゲーム機だ。元は父の持ち物で、ソフトは雀夜が中学一年生のときに中古屋で見つけ198円で買ったもの。以来ディスクは入れっぱなしで、周回数はとうに三桁を越えてわからなくなっているが、雀夜はいまだその他の暇つぶしに関心がなかった。


 エンドロールを眺め終わり、充電を確認して電源を落とす。軽い運動のあとのようにほっと息をついて顔をあげると、キッチンの窓の外が茜色あかねいろに色づいているのが見えた。


(夕飯の支度……)


 そわそわと立ちあがりかけて、止まった。


(そうだった。謹慎中は、いいって……)


 畳に座りなおす。奇妙なもので、実家をなくしてネカフェ暮らしを始めたときは、習慣だった家事をしなくていいことに半日ほどで慣れてしまった。しかし、謹慎はもう三日目になるというのに、いまだに朝夕、炊事やその他のために体が動こうとする。


 しかたなくゲーム機に再度電源を入れようとするが、そんな気にもならず、雀夜は倒れるように畳の上に転がった。ほどいていた髪が耳にからむ。いつもなら、眼鏡のフレームがゆがまないよう気をつけるところだが、いまはズレるに任せてしまう。


 八畳間は閑散かんさんとしている。制服をかけたハンガーとスクールバッグ、実家から持ってきたリュックが壁につるしてあるほか、自分の持ち物と呼べるものがない。最初からあった折り畳み式のローテーブルに、青い座布団が一枚。色が抜けすぎて隠れ北欧ほくおうがらになっている薄いカーテン。床の隅に、ヨサクが一階の物置から引っぱり出してきた扇風機と、華灯に恵んでもらった変な顔の魚のぬいぐるみと、ユウキがくれた三毛猫柄のマグカップと、ユウキが貸してくれる音楽雑誌と――。


 焦点の合いづらくなった視界で、もう一度茜色をながめてみる。


 北側の外廊下に面したりガラスの窓。夕食を知らせに来るのが華灯でないなら、ひよこ色があそこを通る。


「……ゆーが好きでーす」


 かすれた声でつぶやいてみて、しばらく歌っていないことを思いだした。しばらく? と自分で考えたことの奇妙さにも気がつく。実家にいた頃の雀夜は、鼻歌さえ歌わなかったというのに。




 パーン ポーン




 チャイムの音。

 まぶたをあげる。


 思わず眠りに落ちかけていたことに気づき、急いで立ちあがる。


 いつもはチャイムでなくノックだが、返事がないので鳴らしてみたのかもしれない。廊下を誰が通ったかも見のがした。雀夜は眼鏡を直しつつ、軽くせき払いをしてから「はい、いま」と声をかけ、玄関を押しあけた。


「おっ、と!?」


 勢いよくあけすぎた。来客が扉をよける声がする。

 雀夜はとっさに謝ろうとしたが、期待した目の高さに顔はなかった。


「不用心だな。誰だって聞くだろ、普通は?」


 視界の下端に、揺れる髪の気配と声がする。


 高い声。だが、かすれ気味ハスキー。華灯ではない。


 さっとおろした視界には、夕日を受けてより明るく色づくオレンジ色。

 切りつめない前髪の分け目からは、少し吊り気味のパッチリとした片目がのぞく。今日はなぜか、黒くて太くて四角いフレーム越しに。


 日焼けというより地黒気味な頬を持ちあげ、マジョ狩りの少女は雀夜に気安い笑みを投げかけた。


「よぉ、犯罪者。ツラ貸せよ」






 Chapter 3――終

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