3-9 まだ、いていいのですか?

 間鋼雀夜は、第一級規定違反と判断された。


 ペナルティは、前一カ月間のライブによる魔力回収益の返上。そして一カ月間の活動停止、および謹慎きんしん。活動と就学が奨学金でひもづいているため、いもづる式に休学処理がされる。

 パートナーのユウキ、コミューンリーダーのヨサクにも、連帯的にさらにひと月ずつの減給処分。それでも第一級にしては異例の軽さだと、ヨサクは胸をなでおろしていた。


「ま、あのあかしろ嬢ちゃんが天使どもをなだめてくれたおかげだろうな。まだ三日目だが、近隣きんりんエリアで一様にライブが振るわなくなったとか、天使の数が極端に減ったって話も出てこねえわけだ」


 リゾートホテルのような広々としたラウンジで、ヨサクは一人用のソファに身を沈め、両腕を枕にしていた。昼どきのせいか、高層マンションの一階にほかに人影はない。いまこの場にいて唯一この拠点ネストの住人であるキッカは、いつものようにベージュ色のスーツ姿で、柱に寄りかかって缶コーヒーを手にしていた。


激昂げっこうした天使たちを一瞬で……そんなにすごかったの?」

「そりゃあもう。華灯並みにちっこいクセに、横から下からプルンップルン揺れて」

「それは見たから知ってる……じゃなくてっ」


 深刻そうに落ちていた細眉が途端に跳ねる。ヨサクは歯を見せて「にひひっ」と肩を揺らした。


「魔法少女の衣装ってのは、人によっちゃどうしてああキワドイのかねぇ? 華灯はお腹で風邪ひきそうだし、サクちゃんなんかもうしろから見るとほぼハダカだぜ? ありゃ水着か? 下着か?」

「そういうものなんでしょう? 性格をイメージ化してるらしいけど、そもそも天使たちの設計した自動生成だもの。人間がどう思うかなんて念頭にないのよ。別にまあ、当人が嫌ならこっちでもいじれるんだし」

「ルカちゃんは最初スッケスケでブチキレてたな」

「話がれすぎ」


 なんとなく当人らがいる場所でも同じ話をしそうに感じたのか、キッカはいっそう刺すような視線をヨサクに向けた。ヨサクはまた明朗に笑う。


「こうやって俺らがバカしてんのも、見てて楽しかったとよ」

「……」


 キッカはまた眉を落とした。いつもなら、「ちょっと。いっしょにしないで」などとひとこと入れたところだろう。そんな気にもなれず、手の中の缶についた水滴を指で払う。


「居場所、か……」溜め息代わりのように、思い出した言葉が自然にもれた。「たとえ自分の居場所でなくなっても……そんなこと思うのね」


「おどかしすぎたかねえ」ヨサクはひじかけに乗せた自分のぶんの缶コーヒーを、ずっと指でたたいていた。


「未登録魔法少女でマジョ狩りってのは、確かに前代未聞で厄介だが、それで魔法少女全体がどうこうなるわけじゃねえ。サクちゃんが思いつめるようなことじゃなかったんだ」

「そういう問題かしら?」

「ん?」


 ヨサクは色眼鏡しにキッカを見る。

 キッカは遠慮がちに視線をさまよわせながらも、拾えるようなものを拾っていく。


「あの子、最初《消灯ロスト》寸前だった。なにかあるって、わたしたちずっと思ってたはずなのに……復讐ふくしゅうじゃない、『守りたかった』って、あの子がはっきり教えてくれたいまも、あの子、雀夜がなにを求めてるのか、わたしたちは本当に理解できてるのか、って……」


 拾える花びらを拾うように。

 曖昧あいまいな違和感をひとつにつないでみる。それはやはり曖昧なままだったが、うまく言えないなどと言いえたくなるわけではなかった。


「……どうかね」相づちを打つヨサクは、視線をはずしていた。


「マジカル★ライブは義務じゃない。奨学金にしたって、利子付きなら契約してるだけで出る。最低限の活動支援もな。ライブ一切やめて人間のバイトしてたっていい。カネに困ってるんじゃなきゃ、勉強や普通の部活を優先するのもアリだ。魔法少女やってましたは内申や就活の材料にもなりゃしねえ。人間のファンすら作れねえと来てる。結局俺らの『契約』は、〝未来の可能性〟なんてものを直接けさせてんのに、不自由しないほどのすべては与えてやれねえ。そういうがわからねえ子でもなかったはずだろ?」

「だからこそよ。なにをあきらめて、代わりになにを望んだのか、わたしたちこそ知っていないと。あなたの言う〝すべて〟を雀夜はなげうとうとした。わたしたちが直接与えてあげられる以上のものまでということよ? それも、自分は満足だからだなんて……」

「……自分か」


 ヨサクはそこで、あからさまに自嘲じちょうと読める息をもらした。少しくたびれたように。


「そいつを手離さなくてもいいように、はがんばったんだけどな」

「がんばってよ」


 キッカが言った。強く。その自分の声に戸惑って肩をすぼめつつも、「まだ……きっと、ずっとだけど」


 ヨサクは無言で赤い髪の後輩を眺めた。その視線から、まるで自分のほうが責められた子供かのように目をそむける彼女の姿に、ほどなくして苦笑した。


「わぁーってるよ」


 陽気に肩をすくめてみせたあと、うつむき、頬を引きしめる。


「悪い。愚痴ぐちった」

「……いいわよ。頭痛いでしょう? 前代未聞だらけで」

「まあなぁ。めちゃくちゃいい子でスキがねえのに謎のタイミングでジョーク飛ばすとびきり油断ならねえ子が、恩返しのつもりで爆破テロと暴行すいだ。計画犯も前例なし。この前代未聞娘が狙ってるのも正体不明の前代未聞ギタリストちゃんと来てる。目ぇ回ってクラクラすっぞ?」

「おじさんだから立てない?」

「立ぁーつ」


 キッカの頬が少しゆるむ。ヨサクも得意げにほほ笑むと、握った両手を前に突き出し、膝の力だけで立ちあがってみせた。軽く肩を回しながら、呼吸を整えるように息をつく。


「ユウキは契約を解かなかった」

「……知ってる」


 ヨサクは脈絡もなく言った。キッカはよどまず、ほほ笑み返しただけだった。


「そうは言いつつギクシャクしてんのは? マジで目も当てられねえくらいに」

「それも知ってる」

「ふたりいっしょのとこにいるといたたまれねえぞぉ?」

「お金取るわよ? 愚痴グチおじさん」

「いーや、ごっそさん」


 肘かけから缶を取り、フタをあける。口をつける際に腰に手を当てるヨサクを、キッカはしかたなさそうに見ていた。


「おまえも思いつめんなよ?」苦い水をひと口飲んで、ヨサクは缶を持つ手の人差し指を立ててみせた。


「ものごとは受け皿次第だ。自分が皿のとき、なんでも受け止めきれるなんてのは、受け止めきれるよう手加減してもらえるって信じたいように信じてるのと変わりねえ。まして俺たちは、自活もままならねえ小動物。一線引いて壁作ったっておかしなことはなにもねえんだ。ま、おまえはそういうの忘れないだろうけど」


 キッカは笑んだまま、少しだけ寂しそうに目を伏せた。


「ルカはわたしの特別じゃない。それでも、ルカにとってわたしは特別」

「マスコットは衝撃体験か?」

「誰かの特別になるのはね。思いつめないほうが難しいわよ」

「ちげーねぇ」


 コーヒーを飲みほす。缶をおろす動作でそのまま足もとの床に置いて、ヨサクはキッカに背中を向けた。


「帰るの?」

「んや。ちっと野暮用」

「そう」


 片手を黒いジーンズのポケットにしこんで、もう片方の手をヒラヒラさせたり、白い頭をかいたり、シャツで指を拭いたりしながら、ラウンジの出口へ去っていく。わざわざ近況を伝えるためだけにやって来たそのうしろ姿を、キッカはじっと眺めていた。


「受け皿次第……あなたがそう言うのね、先輩」


 おごりついでに買った自分の缶が、手の中で乾いていく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る