3-8-b 行かせてもらえますか?
話をしている人間の顔を見る。どうもそう育てられてきた節のある、背の高い少女。
その彼女が、らしくもなく人のいない場所を凝視してつっ立っている。
「……で、次はどうすんだ? 誰かをオトリにやり合わせて、横殴りでカチコミか?」
ポニーテールが揺れる。
無言のまま、どこへともなく歩きはじめる。
ユウキが口をあけて手を伸ばしかけたが、うまく声が出ず、手もためらいがちに浮きあがっただけだった。雀夜は足取りは重いが、迷いなく遠ざかろうとしていた。
「また逃げんのか」
立ち止まる。
ヨサクはあぐらをかき、
「マジョ狩りを見つけてなんとかしようっていう、俺たちから逃げた。ネコミミの
ユウキはハッとしてヨサクを見た。ヨサクが
「そんで並行して、いろんなエリアで荒稼ぎみたいなことをして、マジョ狩りの気を引こうとした。誘い出せれば御の字。そういかなくても遭遇率はあがる、か」
ヨサクの推理に違和感はない。ただ、それがなんだというのか。
一番大事な一点に、ヨサクは触れないようだった。触れないが、しかし待っていた。
どこがで遠雷がする。湿った匂いが重くなる。
待ち受けるようにたたずんで、やがて雀夜は、雨雲をあおいだ。
「……殺してやろうと思ったんです」
落ちてきた、
息をのむユウキを横目に、ヨサクは細く息をつく。
「軽はずみだな」
「……ですね。でも――」
雀夜が横顔を見せる。「ほかにできそうなことも、思いつかなかったので」
垂れた横髪に隠れ、目の色はうかがえなかった。
「琉鹿子ちゃんのことは、気にしてないって……」
たまらず問いかけたのはユウキだ。
雀夜はふたたびふたりにうなじを向けた。
「気にしていませんよ。琉鹿子さんの敗北は必然でした。慢心と過信から、マジョ狩りの力量を見誤った。バーンアウトは純粋に琉鹿子さんの自滅。彼女に必要なのは
思いがけず
ただ、言い終えて雀夜は、不自然に深く息を吸いこんだ。「でも……」通りの先を遠くまで眺める角度で、「そう。だから――」なぞるように吐いていく。
「守りたいと、思ったんです」
ユウキは、彼女が振り返るのを見た気がした。
「魔法少女という――居場所を」
重ねたのは、出会った夜のその朝に見た、満ち足りた笑み。
「短いあいだでしたが、とても楽しかったんです。本当に」
あの朝の笑顔を、いま回りこめば、そこに見られる気がして。
「こんなにいいことがあるだなんて、考えもしなかったくらいに」
動かない背中を見つめ、ユウキはそう願っていた。
「わからねえな」とヨサク。
「天使どものことはいい。怒らせたらどうなるかは教えてなかった。だがまず、あんなことしたら、自分の居場所じゃなくなっちまうんじゃねえか?」
雀夜は首を振った。
「わたしはいいんです。もう――」手を胸に置き、「もう、十分」
「大事なのは、場所なんです。ユウキさんがいて、ヨサクさんがいて、華灯がいて、キッカと琉鹿子さんがいる。魔法少女と、あなたたちマスコットのいる場所。誰かが笑っていて、安心して、自分にできることをできる場所。あなたたちが、必ず次の誰かへつなげてくれる場所。――それを守ろうって、決めたんです。たとえ、わたしが……」
わたしがそこにいなくても――。
雀夜は前を向いていた。いつかひとりぼっちで眺めた夜とおなじ、
「……楽器が弾けないんです、わたし。歌も歌わない。音楽も
ほんの端っこ。それでも風船の
「あるよ」
かすれた声で、強く告げる。
背後で「ユウキ……」と、我を失ったような声がする。
「ある……あるよ」
「……」
動かない雀夜に、ぽつり、ぽつりと、何度もそうくり返す。
やがて降りだす夕立に、音の数で追いつかれるまで。
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