3-8-b 行かせてもらえますか?


 話をしている人間の顔を見る。どうもそう育てられてきた節のある、背の高い少女。

 その彼女が、らしくもなく人のいない場所を凝視してつっ立っている。


「……で、次はどうすんだ? 誰かをオトリにやり合わせて、横殴りでカチコミか?」


 ポニーテールが揺れる。

 無言のまま、どこへともなく歩きはじめる。


 ユウキが口をあけて手を伸ばしかけたが、うまく声が出ず、手もためらいがちに浮きあがっただけだった。雀夜は足取りは重いが、迷いなく遠ざかろうとしていた。


「また逃げんのか」


 立ち止まる。


 ヨサクはあぐらをかき、頬杖ほおづえをついて、ポニーテールを乗せるせた背中を眺めていた。にらむ、というほど強くもなく、ただ、いつものように色眼鏡しではない、赤紫色の冷たい目で。


「マジョ狩りを見つけてなんとかしようっていう、俺たちから逃げた。ネコミミの三人組トリオにデュエルを持ちかけたのは、魔楽器の練習に見せかけて、攻撃用魔法具の召還しょうかん方法を探るため。魔法化済みプリインストールの魔法にはないが、元々戦争用の魔法少女って話を覚えてたんだから、かしこいよな」


 ユウキはハッとしてヨサクを見た。ヨサクが激昂げっこうする予感がしたからだ。しかし白髪の古参兵は、腰を落ち着けたままだった。


「そんで並行して、いろんなエリアで荒稼ぎみたいなことをして、マジョ狩りの気を引こうとした。誘い出せれば御の字。そういかなくても遭遇率はあがる、か」


 ヨサクの推理に違和感はない。ただ、それがなんだというのか。

 一番大事な一点に、ヨサクは触れないようだった。触れないが、しかし待っていた。


 どこがで遠雷がする。湿った匂いが重くなる。

 待ち受けるようにたたずんで、やがて雀夜は、雨雲をあおいだ。


「……殺してやろうと思ったんです」


 落ちてきた、しずくのような声だった。

 息をのむユウキを横目に、ヨサクは細く息をつく。


「軽はずみだな」

「……ですね。でも――」

 雀夜が横顔を見せる。「ほかにできそうなことも、思いつかなかったので」


 垂れた横髪に隠れ、目の色はうかがえなかった。


「琉鹿子ちゃんのことは、気にしてないって……」


 たまらず問いかけたのはユウキだ。

 雀夜はふたたびふたりにうなじを向けた。


「気にしていませんよ。琉鹿子さんの敗北は必然でした。慢心と過信から、マジョ狩りの力量を見誤った。バーンアウトは純粋に琉鹿子さんの自滅。彼女に必要なのは復讐ふくしゅうではなく、敗因を自覚し、自分の力で立ち直ることです。なら、わたしが気にしたってしかたないじゃありませんか」


 思いがけず辛辣しんらつな見立てを聞き、ユウキは肩をこわばらせる。


 ただ、言い終えて雀夜は、不自然に深く息を吸いこんだ。「でも……」通りの先を遠くまで眺める角度で、「そう。だから――」なぞるように吐いていく。


「守りたいと、思ったんです」


 ユウキは、彼女が振り返るのを見た気がした。


「魔法少女という――居場所を」


 重ねたのは、出会った夜のその朝に見た、満ち足りた笑み。


「短いあいだでしたが、とても楽しかったんです。本当に」


 あの朝の笑顔を、いま回りこめば、そこに見られる気がして。


「こんなにいいことがあるだなんて、考えもしなかったくらいに」


 動かない背中を見つめ、ユウキはそう願っていた。


「わからねえな」とヨサク。

「天使どものことはいい。怒らせたらどうなるかは教えてなかった。だがまず、あんなことしたら、自分の居場所じゃなくなっちまうんじゃねえか?」


 雀夜は首を振った。


「わたしはいいんです。もう――」手を胸に置き、「もう、十分」


「大事なのは、場所なんです。ユウキさんがいて、ヨサクさんがいて、華灯がいて、キッカと琉鹿子さんがいる。魔法少女と、あなたたちマスコットのいる場所。誰かが笑っていて、安心して、自分にできることをできる場所。あなたたちが、必ず次の誰かへつなげてくれる場所。――それを守ろうって、決めたんです。たとえ、わたしが……」




 わたしがそこにいなくても――。




 雀夜は前を向いていた。いつかひとりぼっちで眺めた夜とおなじ、未来さきがあるとは思えない曇天どんてんの空。あの日すくんだ足も、いまは震えていない。


「……楽器が弾けないんです、わたし。歌も歌わない。音楽もかない。そんなわたしでも、その場所にはいられた……だったら、わたしじゃなければいけない理由なんて、ないじゃありませんか。わたし以外の誰かが、そこで笑ってちゃいけない理由なんて……」


 そでを引かなければ、飛んでいったかもしれない。

 ほんの端っこ。それでも風船のひもを捕まえるように、ユウキは手を伸ばし、握りしめていた。


「あるよ」


 かすれた声で、強く告げる。

 背後で「ユウキ……」と、我を失ったような声がする。


「ある……あるよ」

「……」


 動かない雀夜に、ぽつり、ぽつりと、何度もそうくり返す。

 やがて降りだす夕立に、音の数で追いつかれるまで。

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