3-6 今日がその日……ですか?


 外は薄っすら茜色あかねいろ


 焼けに焼けた畳の上で肩を並べ、ユウキとヨサクは青紙の通知書を共にのぞきこんでいる。一字一句もらさず読みこむにしても長すぎる間があった。


「……サクちゃん、だよな、これ?」


 沈黙を破ったのはヨサクだ。長いマスコット歴にしては頼りない言いぐさ。


 となりのひよこ色の頭がじわりと動きはじめる。緩慢かんまんに振り向いたその顔は、メイクのない人形のように生気が薄い。


「見てなくていいって言いましたよね、先輩?」

「ウッ……」


 息詰まるヨサク。が、詰まるような言いわけも特にない。


「いや、それは悪かった。俺が悪かった。だが、はなるか?」


 観念したように目を伏せて、伏せついでに読める高さまでふたたび書面を持ちあげる。


 あっていいわけではないが、中身はよくある懲戒ペナルティの通知書だ。マスコットにものが少ないだけに、一時的な減給はめずらしい処分でない。ただ、処分の〝事由〟には違和感が立ちこめていた。


「デュエルというか、あのトリオとのユニゾン★ライブは、あっちのトサカピンクが承認から監督までやってくれてたはずだ。報告は来てたろ? となれば、こいつはボロ負けしまくったぶんを取り返すためにやった自主的なソロライブ……だとして、このたった一週間で『規定をいちじるしく逸脱いつだつするひん』? そんなに焦るようなロスはなかったろ? なにより、ここやあのトリオのエリア散らしてやる必要があるか?」


 事由の項の次には、問題のライブがおこなわれたエリア名が列挙されていた。

 キャベリコ☆キトゥンズ・トリオの所属エリアだけでない。このエリアと隣接りんせつしているエリアのほとんどすべて。さらにはひと駅ほど離れたエリアの名まであがっていた。


 キラメキを集める魔法少女のライブ活動は、漁業と似ている。

 天使たちはじんぞうにキラメキを作りだすことができる。しかしそれは能力の話であって、熱しやすく冷めやすい彼らは、一度興奮が収まるとしばらくのあいだ反応がにぶる。


 このために管理局はコミューンごとにエリアを割り振り、ライブの行われる場所がなるべくかぶらないよう調整している。それを無視して派手な遠征えんせいをすれば、遠征先全体のキラメキの収量にまで影響が出かねない。

 実態はそれほどシビアではなく、通知書の文面も『節度を守り素行をつつしめば容認される』と読み替えられる。だが、だからこそ、警告も飛び越えていきなり懲戒ちょうかいが出る事態は異常でもある。ユウキたちも気づかないほど短期で広範こうはんにやってのけた雀夜の〝荒稼ぎ〟は、あらゆる意味で常軌じょうきいっしていた。


「ユウキ。これはなんかよくねえ。よくねえっつーか危ねえ。おまえが枯れちまうってだけの話じゃねえ。ルールも教え直さなきゃだが、確かめるべきことを確かめるのが最優先だ。場合によっちゃ、ガチの説教タイムもありうるぞ?」

「怖いですね」

「俺だって、なるべく甘やかしてやりてえと思ってるさ。だが、シメるときはシメねえと。確か、今日も遅くなるって?」

「はい。余計な荷物を置きに戻りました」

「そっか。GPSもまだ持たせられてねえよなぁ。とりあえずトサカピンクに連絡入れて、それで捕まらなかったら、キッカにも探してくれって頼むか……」

「手伝いましょうか?」

「あー、悪いな、サクちゃん。荷物置きに来ただけなのに」

「おかまいなく。で、誰をお探しで?」

「ああ。実はサクちゃん――」


 目が合う。

 ヨサク自身の色眼鏡と、メタルフレームのレンズ越しに。

 いつも低調そうな半びらきで、けれどまっすぐに相手を見る目。


 ヨサクとユウキのすぐうしろで、雀夜は膝に手をつく中腰でふたりの顔のあいだを覗いていた。

 振り向いて絶句しているふたりを見比べ、目をしばたき、自分を指さす。


 直後に、そのすぼみ気味で小さな唇がかすかにうごめく。


 と、不意に雀夜の姿はその場から消えた。マスコットふたりは鳥肌を立てた。


「む、無詠唱むえいしょうフィールド展開!? いつの間にそんな魔力コントロールを――」

「違うッ、いまのは『すげえ早口』だ! いやどっちでもいい!」


 ヨサクはかぶりを振って、跳ねるように居間を出た。玄関をあけ、外廊下の手すりに身を乗り出す。


「いた!」


 フィールド内での追跡は飛行できるマスコットに分がある。雀夜は早々にフィールドを解除し、アパート前の通りに出現していた。ヨサクの声は聞こえただろうが、振り向かず走りだす。


「おいおい、心あたりありまくりかよ!」


 ヨサクは手すりをそのまま乗り越えて下に飛びおりた。難なく着地したところに「先輩!?」と声が降ってくる。


「急げユウキ! 消えたらなげぇぞああいうのは!」


 後輩を待たず通りに出て、ポニーテールの消えた角へ全力疾走する。


 そしてかどのところで力尽きた。


「だはーっ、はーっ、ダメだぁ、やっぱチカラ足りねぇ……」

「早ぁッ!?」追ってきたユウキががく然とする。「カツカツなのはボクもですよ!?」

「年寄りに走らせんなっ! 追いつくから、行け!」


 後輩の腕をつかみ、投げるように角の先へ押しやる。たたらを踏みつつユウキも戸惑わずに走りだす。


 距離は離されていたが、長い歩幅を活かしてユウキは雀夜を視界にとどめつづけた。しかしなかなか縮まらない。向こうも長身で、しかも姿勢フォームがきれいなためか。


 住宅街を抜け、商店の多い通りに出る。帰宅ラッシュの時間帯で人通りもそれなりだ。互いに長身でなければ見失っていたかもしれない。人をよけながら走らなければいけない点では先導する雀夜が不利。


「待って! 雀夜ちゃん!」


 うなじのおくれ毛が見えるほどまで距離が縮んで、ユウキは思いきり手を伸ばした。


 腕が倍に伸びれば届いていたかもしれない。しかし、途上に歩み出てきたにぶつかりそうになって急ブレーキをかけた。


「わっ!? ったった、っと!?」

「ッだ!? コラッ、あっぶねえだろ!」


 ギリギリで体をひねってよけたユウキに容赦ない怒声が飛ぶ。反射的に「ご、ごめん!」と言ってしまってから、自分がなぜか『なさい』をつけなかったことにハッとした。


 そのアーミーグリーンのギターケースに、足が生えていたように見えたのも無理からぬこと。

 それを背負っていたのは、ユウキの肩ほども身長のなさそうな子供だった。


 ジャンパーと短パンのスタイル。内に着たパーカーのフードをかぶってはいるが、明るいオレンジに染めた髪と、その合間から覗く鋭い眼光に目を引かれる。少し色黒で一瞬男の子にも見えたが、そでから覗く手のかたちや、小柄なわりに主張している胸もとを見て、声の高さに合点がいった。


「どこ見てんだテメエ?」

「あぁいやっ……ギター、当たらなかった? と思って……」

「当たってたらタダじゃ済まさねえッ。ったく。ンな通りでなに必死に追いかけて――」


 ユウキの耳に入ったのはそこまでだ。

 異様な視線を感じて、勢いよく振り向く。


 ついさっきまで自分の進行方向だった先に、眼鏡をかけたポニーテールの少女が立っていた。


 仁王立ちで、走っても、歩いてもいない。肩で息をしているが、姿勢は崩れない。

 いつもまっすぐなその目で、ユウキと、そのかたわらの少女を、やはりまっすぐに見ている。


 手があがり、人差し指がギターケースを向いた。

 すうと、細く長く息を吸いこむ。歌いはじめのときのように。




「ギターどろぼぉ――――――――――――――――ッッッッ!!」




 自慢の声量。唯一の取り

 帰宅時間で人けの多い通りにわんわんと響き渡る。


 歩く人は足を止め、スマホから顔をあげ、向かい合う少女ふたりと青年を見やる。

 パーカーの少女は雀夜を見て、元々つり気味の目をわんとひらいて余計につりあげた。


「……ああ?」


 声は少女らしく高い。だが、密林でうなる獣のように、聞く者を底冷えさせる響き。


「誰が誰のなにを盗んだって?」

「届きませんよ、そんなかわいらしい声では」


 雀夜が言った。元より自分は冷えきっているとばかりに、涼しい顔で立ち。


 次第に辺りがざわつき始める。「泥棒?」「ギターって?」「え? あれのこと?」突然一度聞かされたに過ぎないがゆえの疑問形。しかし視線と指をさされる気配が集まってくる。ギターの正当な持ち主である少女は顔をゆがめた。


「チッ……」

「逃げてはどうです? ステージ・フィールドへ」

「!?」


 少女がまた目をき、改めて雀夜を見る。

 今度は純粋に驚いている目だ。ユウキも戸惑い耳を疑う中、雀夜だけがあくまでいで。


「簡単なことですよ、の魔法少女になら――ですか、マジョ狩りさん?」

「え……?」


 声をもらしたのはユウキ。

 すぐそばにいる小柄な少女をもう一度見おろす。目深にかぶったフード。オレンジの髪。アーミーグリーンのギターケース。


 なにひとつ見覚えなどはない。見覚えはないが。

 予感が結びきる前に、少女が「ハッ」と鼻を鳴らした。


「上等だ」


 口角を引きあげ、八重歯やえばを覗かせる。ついでにパーカーのファスナーを軽くさげれば、そこに現れるあかいチョーカー。


「付き合ってくれんだろうな、眼鏡の委員長さんよぉ?」

「保健室でもお手洗いでも」


 雀夜も首に手をわせる。漆黒のチョーカーはいつもそこに。


「今日はとても気分がいいので」


 氷海に溶けていくようなその声に、ユウキは感じたことのない震えを知った。

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