3-7 見ていてもらえますか?


「コード:『スカーレット★コワレ』ッ、グローリー・アウト!」

「コード:『ジャギー★ロッダー』……グローリィ・アウト」




「「ウィアー・オン・ステージッ!」」




 景色が沈む。深海へ――


 ギター少女のジャンパーが吹き飛び、白く長いたもとを吹き流す立ちえりの上衣に変わる。

 雀夜の制服のニットがほどけ、刃をまとう藍色の手甲鎧ガントレットとして手に巻きつく。


 ハーフパンツは焦げ茶のパンストと暖簾のれん状の下衣に。

 プリーツスカートは膝に巻きつくような薄衣うすぎぬと、竜脚めいたかた足鎧あしよろいに。


 オレンジの短い髪は白く色が飛び、長く伸びたぶんだけ朱色に染まる。頭にはピンと立つケモノの耳が。

 同じく伸びたポニーテールは先端に行くほど青く輝く。そして左耳の上に、ねじくれた黒いツノが。


 片や、あかき熱風、

 片や、あお稲妻いなづまをまとい、


 二股の氷柱のいただき、隣り合う平たい舞台ステージに、ふたりの魔法少女は降り立った。


 氷柱の周りには、すでに巨大なクリオネに似た天使たちがひしめいていた。ただよっていた彼らの群れの中に魔法少女たちは出たらしい。群れは驚き、一斉に止まる。


「ふざけやがって……」


 あかしろの魔法少女、スカーレット★コワレはギターケースを前に持つ。軽く指を鳴らせばケースは散り散りになり、ふちに銀をあしらう漆黒のエレキギターが現れる。


「もうあの通りで弾けねえじゃねえかッ。いいかせぎ場だったのによぉ」


 ギターの握り方を決めながら、コワレは口をゆがめてジャギー★ロッダー……間鋼雀夜をにらんだ。当の雀夜は雷雲のような重い気をまといながら、不気味に静か。


「もうそんな必要ありませんよ。身柄を魔法生物管理局に引き渡せば、あとはチューブにつながれ夢見心地のまま養分を吸われつづける人生です」

「そんなバケモンじゃねえだろあいつら……」


 やや気遅れ気味に反論してしまってから、思わずようするかたちになったことに気づいてムッとなる。「いや、似たようなもんか」ステージ外をただよう半透明の巨体たちをチラと見つつ、コワレは雀夜に向けてニヤリと八重歯を見せつけた。


「どうあれ、つながれてやるつもりはねぇよ。チューチュー吸いたきゃ腕ずくで来やがれ」

わいですね」

「なんでだよ……」


 ふたたび顔をゆがめたコワレの胸もとに雀夜は視線を注ぐ。


 コワレの上衣はおおげさなそでに比してごろが短く、また脇があいているためほとんど首から布が垂れているにすぎないつくりだ。ギターを抱えているのでわかりづらいが、首や肩を動かすたび布はヒラヒラと動き、裏に隠してあるだけで特にホールドされていないふくらみがはみ出しそうにタプンと揺れる。そもそもコワレ自身の小柄さに似合わず、ふくらみの大きさが破格である。


 雀夜は目の下のしわを濃くした。


「卑猥ですね」

「なんで言い直した?」

「雀夜ちゃん!」


 ステージ外。若い男の声。

 雀夜は少し首を動かし、横目に見た。コワレを正面として自分のステージの真横、そこに、子竜を模したようなひよこ色が浮かんでいる。


「デュエル……する気?」

「……ユウキさん、これは――」

「ボクは、承認できない……ッ」


 雀夜はもう少し首を動かす。


 あの青年の髪と同じ色のマスコットにはめずらしく、黒豆のような目の端をつりあげ、奥歯を噛むように小さな口をゆがめていた。憤り。けれどどこか、心細さを訴える不安げな表情。

 雀夜は口をひらきかけ、彼のその顔をしばらくながめて、そして、鼻先を前へ戻した。


「ユウキさん」声は、いたわるようだったかもしれない。


「このライブは、承認しないでください」

「え……」


 いつものようにぐあの子。風もないのに、ちぎれて消える雲があるのだろうか。


 ユウキには、問い返しさえできなかった。


「いーのかよ?」コワレが無表情で問う。「オマエ、知ってるぞ? 初ライブでマスコットにギター任せてた〝下駄げたき〟だ。まだ背が低いんじゃねぇか?」

「低いほうがモテるんですよ、男の子には」

「ンな理由で来るやつゴミだろ」

「そう思うなら差別抜きで」


 雀夜は片手を差し出す。握り返す手を切るようなガントレットを。


「先攻をどうぞ」

「ざけんな」

「ふざけていませんよ。泥棒呼ばわりしたおびです。先攻でなければイカサマができないということであれば、無理にとは言いませんが」

「……」


 無言で雀夜を射るコワレの背後に、突如炎熱がうずまいた。炎の中から現れたのは、火山の岩場のように赤熱する土の柱。よく見れば、所々のれつにスピーカーの振動板コーンのようなものが覗いている。コワレはそのうちで一番手近な一本に、ギターのシールドケーブルを突き刺した。


「後悔すんな?」

「しませんよ」


 前振りなし。

 振りあげたコワレの左手、赤いハーフグローブをはめた指のあいだに、涙滴型ティアドロップの白いピック。


 振りおろせば、始まる。


 溶岩のアンプは揺れるような和音を九度放った。別のアンプがドラムとベースのばんそうを流し始め、漆黒のギターが唄いだす。


 オープニングから重いビート。うなりのコーラスとひずみの強いチョークサウンド。

 一見して不穏なハードロック調とわかる曲。コワレは白から朱へグラデーションする髪を振り乱し、しぼり出すような声をあげる。


 その熱波の届く場所で、ユウキは一音目から瞠目どうもくしていた。


(すごい……ッ!?)


 聞き覚えのある曲だ。洋楽調で歌詞も英語だが、海外にルーツを持つほうバンドのヒットソング。確か男性グループだったはずだが、コワレは曲調を微妙にアレンジし、熱っぽくややねばるように歌いあげることで女声の違和感を消していた。それ以外は怖いくらいに完璧なコピー。いや――


(ただのコピーじゃない……声はもちろん、演奏のクセや音選びはあの子のオリジナルだ。を残したままにできる最小限のアレンジで、曲を完全に自分のモノにしている! 一度すべてをバラバラにして、ひとつに組み直したみたいにッ)


 天使たちの反応も早かった。激しく羽ばたいて自分が出した泡をかき混ぜるのは興奮している証拠。ジワジワと温度をあげていく曲調にもかかわらず、すでに天使たちを捕まえている。


(こんなステージ、音楽にとことん、本気で向き合ってこなくちゃ……)


 ユウキはハッとして、まだ動かない雀夜を見た。


 差し出したままでいる彼女の武骨な手のひらには、ようやく子供のこぶしほどまで育ったこんいろのクリスタルが浮いている。キラメキの結晶。魔法のみなもと。ユウキは不意に、雀夜がマジョ狩りから聞いたと語った言葉を思い出す。


(ニセモノ……それはつまり――)

「ユウキさん」


 雀夜は動かない。

 演奏を始める気配もないまま、共にステージの外にいるときのように。


「すごい人なのでしょう、彼女?」


 曲はサビに入ろうとしている。元々激しい曲だ。デュエルだと思うと好戦的ですらあり、対戦相手の雀夜を誘っているかのよう。

 歌声でないものはかき消される。それでも、ユウキにだけは届く。


「わたしの勝率は、どのぐらいですか?」


 問う。答えはない。

 誰であれ戸惑うだろう。しかし、ユウキのつぐんだ口の中には、明らかな答えがあった。


「そうですか」雀夜はひとりうなずく。どこか、なぜかうれしそうに。「いいんです。これでいい」


 雀夜の手から、クリスタルが浮きあがる。しかし天上には行かず、少し見あげる高さで止まる。


 紫紺色の四角い石は、ほのかに稲妻をまとっていた。不穏に輝きながら頭上にあれば、いまにもあおいかずちで地を焼きつぶさんとする雷雲のよう。


 雀夜の左耳の上で、黒いねじれヅノが光を帯びる。「ユウキさん」と、歪んだ避雷針ジャギー・ロッダーは、こんの雲の真下に立ち――




「楽しかったです。ありがとうございました」




 雷鳴。

 閃光せんこうが青白く落ちけ、紫紺の水晶が変形する。


 いったんは、逆さまのギターのかたちを成したように見えた。しかし溶けたように棹部ネックが伸び、黒い泥のようなものを尾に引いてボディが天高く舞いあがる。

 尾は途切れず、筆で引いたような一本の線に。やがて、コワレの朱いクリスタルのすぐ近くまで伸びきると、先端から五線のような枝が真横に突きだし、長く弧を張った。


 音符はない。濡れてかすれた白紙の楽譜。

 硬質化したその黒い柄を、雀夜は歌うことなく握りこむ。


 神がかる朱色しゅいろの巫女に振りおろされた〝大鎌〟は、奏でるには向かないあい甲手こてにもよく映えた。

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