3-2 お口に合いましたか?

 夕食のあと、キッカは片づけを買って出た。琉鹿子の夕食は遅い時間なので問題はない。そう習慣づいたのも、琉鹿子が夕食前の自主練レッスンを欠かさなかったからこそだが。


「食事、毎日してるのね?」


 ひととおり汚れた食器を流し終えたところだ。キッカはとなりに立つ、自分より背の高い少女にたずねていた。

 雀夜は翌日用に仕込むつもりの半玉カボチャと向き合っている。チラと横目にキッカの顔を見てから、いつもどおりの平然とした視線をまな板に戻した。


「華灯の希望だそうです」


 言われれば、キッカはふたりの同族と少女のいる居間に意識を向ける。確か、自宅学習用の課題を終わらせると言っていた。明らかに遊んでいそうな声はするものの。


 魔法生物であるマスコットは本来、人間のような食事を必要としない。

 ただ、食べること自体は問題なくできるし、味覚も人間と変わらない。問題は食費だ。


 マスコットへ支給されるのは魔力だけではない。コミューン単位で運営費が配られ、拠点ネストの維持費から住み込みを選択している魔法少女たちの生活費までそれでまかなわれる。コミューンの規模や人数、さらにライブの実績も加味して支給額が決まるが、いずれにせよ『マスコットの食費』は計算外だ。キッカのところのような大きいコミューンならまだしも、ヨサクたちの零細コミューンでは露骨にしわ寄せが出るはずだった。


「ヨサクさんは華灯にやさしいです」


 雀夜がひとりでつぶやくように言った。スプーンでカボチャのわたをくり抜き、小さいボウルの中に落とす。その手を止めずに「ユウキさんはわたしに」とも続ける。


「キッカ。あなたも」


 蛇口の水が落ちて、シンクを打つ。

 キッカは濡れたままの手を前に重ね、雀夜に正面を向けて、深く頭をさげた。


「ごめんなさい」

「……」


 雀夜は少し手を止めて、スプーンを置いた。そのまま、なにごともなかったようにラップを取り出し、実と皮だけになったカボチャにふわりとかける。


「……味。やはり濃かったですか?」


 キッカは顔をあげない。


 雀夜は耐熱皿にカボチャを乗せると、冷蔵庫の上の小さな電子レンジに入れた。自動のあたためボタンを押す。ぶぅぅぅんと音を立て、庫内でオレンジ色のライトがつく。


「――あなたもあの場所にいた」


 キッカが腰を折ったまま言った。雀夜はレンジの窓越しに、回るカボチャだけをながめている。


「あの場所にいて、琉鹿子のあの姿を見ていた。琉鹿子の誘いで。華灯にも、なにがあったか話さずにおいてくれてた。なのに、今日まで声もかけずに……」

「そいつはユウキの仕事だ」


 キッカがようやく少し顔をあげる。雀夜も振り向いた先、居間との境に背中を預けて、着古したタンクトップ姿で白髪の男が立っていた。


「事故はある。わかりづらくても危ねぇ橋だってことは、最初から口をすっぱくして話してきたんだ。パートナーが心配性だからな」


 色眼鏡をはずし、あらわにしていた冷たい赤紫色の目を、ヨサクは言い終えてからやわらげた。キッカは彼が揺らしているたま暖簾のれんの向こうに、白いスーツの背中とひよこ色の髪を見る。畳に座ってその一番若い魔法生物は、横たわって寝息を立てる小さな頭を膝に乗せているようだった。


「……でも、わたしは」キッカはふたたびうつむいた。


「ルカを見てくれる人が、増えてほしいと思っていた。あの子、出たがりのくせに不器用だから、人と距離があって……」


 切れ切れに語る。電子レンジが、ピピピピ、と鳴って止まった。


「わたしは琉鹿子さんが好きですよ?」


 キッカは体を起こしきった。目の前のポニーテールは、根元のゴムを見せたままでいる。


「……本当に?」

「はい。かわいいですし」

「アレがかわいいか……」

「先輩っ」


 余計な茶々には居間から𠮟責しっせきが飛ぶ。雀夜はまた平然としてキッカに目を向けた。


「なので、気にしてはいません。そのうち立ち直るとも、信じています」

「本当? 本当に? つらかったり、不安だったりはしない? ユウキくんに先に言うべきでも、わたしにもなにか……」


 くどいとわかってはいても、キッカは詰め寄らずにいられなかった。まるで雀夜が悩んでいたほうが救われると言っているみたいだ。そう自覚してもいた。


 当の雀夜は律儀に考えこみ始める。うつむき加減で唇に指を当て、間もなくまたキッカと目を合わせた。


「ニセモノ……とは、なんでしょう?」

「……?」


 キッカは首をかしげた。ヨサクも片眉をあげたようだった。


「デュエルの最後、あのマジョ狩りが琉鹿子さんに、そう言ったように聞こえました。ニセモノ。その意味に心あたりは?」


 キッカは思い出せない。おそらく聞きのがしていた。

 ヨサクやユウキの口からその言葉が出てこなかったあたり、聞いていたのは雀夜だけだったのだろう。現に目配せをすると、ヨサクも首を横に振ってみせた。


「ごめんなさい。それは、わからない……」


 力なくまたうつむきかける。しかし、確かに雀夜から話を振られたのだと思いだし、ぐっと背すじを伸ばした。


「でも、ありがとう。一度、よく考えてみるわ。もしかしたら、マジョ狩りを追う手がかりになるかもしれない」

「お願いします」


 覇気はきを取り戻したキッカに、雀夜も素直な相づちを打つ。


 光明かどうかはまだわからない。とはいえ、足がかりを見つけたつもりにはなれたらしい後輩の視界の外で、ヨサクはしかし、あごに手を当てていた。


「ニセモノ、ねぇ……」


 雀夜がレンジをあける。やわらかくなったカボチャの匂いがあたりに立ちこめる。秋も深まりつつあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る