2-9 あなたは〝ホンモノ〟ですか?
深海じみた亜空間で、ふたつのクリスタルが回る。
金にも似た黄色と、赤より燃えるような朱色。
漆黒の
落ちつづけるほうのステージで、黄金の
(なにが……なにが起きているのッ!?)
だが、またたく間にリードを
だが、追いつけない。音楽が加速している。
単にテンポがあがっているのではない。ただ加速としか言いようのないなにか。どれだけ合わせようとしても指先をすり抜けていく。足がかりを探そうにも、曲の原形ごとどこかへ逃げ去っていき見失う。
「あれは……アレンジ?」
あからさまで乱暴な転調をくり返す演奏に目をみはりながら、ステージ外の黄色いマスコット、ユウキがこぼした。
「そんなカワイイもんじゃねえ……なんかの偶然で持ちネタがかぶったってんじゃなきゃ、あのルカちゃんが引き離されるまで曲をいじくれるわけがねえ。演奏追従用の解析魔法も追いつけねえ、原曲ベースでもほぼガン無視の
「
「わかってるッ! だが……現に目の前で起きてるッ」
「あっ!?」
誰か叫んだ。ユウキだったか、より前列で見守るキッカだったか、ステージ上の琉鹿子自身だったか。
原曲の主旋律を担っていたはずのパイプオルガンが、裂けて砕け散っていた。
魔法制御の致命的
「そんな……!」
今度ははっきりと琉鹿子の絶望する声だった。
自壊など、起こしたことがない。
三つ首の
めまいを覚えるようなメドレーの中、知らない歌声がどこか遠くに聞こえる。琉鹿子はもはや演奏者でさえなくなりかけていた。
(負ける……このルカコが?)
マリンバの音板が爆ぜた気がする。タクトを握る手に力が入らない。
(
「あ? いやマズいッ」
ヨサクの取り乱す声がした。
「キッカッ!」と、らしくもない怒気を孕んで後輩を呼ぶ。
「終わりだッ、勝負はついた! 止めさせろッ!」
「で、でも、ルカは……」
うぐいす色のマスコットは、見たことのない光景に凍りつき、震えていたのだろう。冷静に反応できず、うわごとのようなものをくり返す。
(終わり? ……終わりですって?)
二匹のやり取りが
出ていった母親のうしろ姿。見送ったはずもない玄関に立つ彼女が、振り返って琉鹿子に告げる。
――あんたも終わってんのよ。
「……ちがう」
マリンバが砕ける。飛びかうコンガがヴィオラの柱に激突する。
「終わらない……ルカコ……あたしは……ッ」
「いいから早く! 琉鹿子を失いてぇかッ!?」
怒号が鳴る。力強く響き渡る歌声のさなか。
タクトを、振りかぶった。
「まだッ、あたしはちがうッッッッ!!」
黄金があふれ出す。
ステージいっぱいに、新たな魔楽器たちが続々と湧き出てくる。
テューバ、マリンバ、ヴィオラにパイプオルガン。同じ楽器が何台も。先にはなかったバイオリンやファゴットまで。
ステージからあふれる大楽団を、外にいるキッカは呆然とながめていた。
「
「キッカァァ!!」
ヨサクの吠える声は、しかし一斉に動く黄金の爆音にかき消された。
その音の荒波を突き破り、ひずんだ音色と朱色の熱風がおどり出る。
その奥に、金色はなかった。
「あ……」
曲が終わる。
黄金の楽団が、
はるか上空の赤い星を見あげる琉鹿子に、小さな石が落ちてきた。
砕けたタクトに代わり手に収まったのは、小指の先ほどの黄色い宝石。光はなく、その奥は黒ずんでいる。
「
震えが止まらない手で、縮みきった〝自分の未来〟を
そして深海を満たしはじめた
「始まってもねぇだろ……ニセモノ」
Chapter 2――end
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