2-9 あなたは〝ホンモノ〟ですか?

 深海じみた亜空間で、ふたつのクリスタルが回る。

 金にも似た黄色と、赤より燃えるような朱色。


 拮抗きっこうするキラメキが、真下の氷柱へと降りそそぐ。いまは枝をふたつに減らしたいただきへ。しかしひとつあたり二畳ほどに広がったステージは、すでに高低差を広げていた。


 漆黒の撥弦楽器エレキギターをかき鳴らし、たける歌声を放つ朱白の魔法少女は、ひたすらうえに。

 落ちつづけるほうのステージで、黄金の六重奏団セクステットを率いながら、さかき鹿愕然がくぜんとしていた。


(なにが……なにが起きているのッ!?)


 容赦ようしゃなく先攻は取った。選曲も琉鹿子。得意なクラシックフューチャーのポップス曲。

 だが、またたく間にリードをられた。強引に押しあげるようなしゅ旋律せんりつへの介入。それだけならどうとでも取り返せる自信があった。


 だが、追いつけない。音楽がしている。


 単にテンポがあがっているのではない。ただ加速としか言いようのないなにか。どれだけ合わせようとしても指先をすり抜けていく。足がかりを探そうにも、曲の原形ごとどこかへ逃げ去っていき見失う。


「あれは……アレンジ?」


 あからさまで乱暴な転調をくり返す演奏に目をみはりながら、ステージ外の黄色いマスコット、ユウキがこぼした。となりで息を飲んでいたヨサクもいっそう眉根を寄せる。


「そんなカワイイもんじゃねえ……なんかの偶然で持ちネタがかぶったってんじゃなきゃ、あのルカちゃんが引き離されるまで曲をいじくれるわけがねえ。演奏追従用の解析魔法も追いつけねえ、原曲ベースでもほぼガン無視の完全創作オリジナル。こいつは作曲リミックスだ……!」

即興そっきょうの!? でもあれは、自動生成魔法なしリアル・プレイですよ!?」

「わかってるッ! だが……現に目の前で起きてるッ」

「あっ!?」


 誰か叫んだ。ユウキだったか、より前列で見守るキッカだったか、ステージ上の琉鹿子自身だったか。


 原曲の主旋律を担っていたはずのパイプオルガンが、裂けて砕け散っていた。

 魔法制御の致命的失敗エラーで起こる魔楽器の自壊。指揮者の集中力の限界。


「そんな……!」


 今度ははっきりと琉鹿子の絶望する声だった。


 自壊など、起こしたことがない。六重奏者セクステッターは見栄や付け焼き刃ではない。地道な努力と研鑽けんさんの末、ようやくつかんだ……。


 三つ首の金管楽器テューバがきしんでいる。異形の大弦楽器コントラバスがねじれそうだ。

 主旋律メロディーが目まぐるしく変わる。すでにAメロもBメロもサビの区別もない。


 めまいを覚えるようなメドレーの中、知らない歌声がどこか遠くに聞こえる。琉鹿子はもはや演奏者でさえなくなりかけていた。


(負ける……このルカコが?)


 マリンバの音板が爆ぜた気がする。タクトを握る手に力が入らない。


り負け、ですらない……まるで、勘違いしてステージにあがった素人……こんな負け方……)


「あ? いやマズいッ」


 ヨサクの取り乱す声がした。

「キッカッ!」と、らしくもない怒気を孕んで後輩を呼ぶ。


「終わりだッ、勝負はついた! 止めさせろッ!」

「で、でも、ルカは……」


 うぐいす色のマスコットは、見たことのない光景に凍りつき、震えていたのだろう。冷静に反応できず、うわごとのようなものをくり返す。


(終わり? ……終わりですって?)


 二匹のやり取りがまくに触れて、琉鹿子の胸中にねばついたものがにじみ出る。


 出ていった母親のうしろ姿。見送ったはずもない玄関に立つ彼女が、振り返って琉鹿子に告げる。




 ――あんたも終わってんのよ。




「……ちがう」


 マリンバが砕ける。飛びかうコンガがヴィオラの柱に激突する。


「終わらない……ルカコ……あたしは……ッ」

「いいから早く! 琉鹿子を失いてぇかッ!?」


 怒号が鳴る。力強く響き渡る歌声のさなか。

 タクトを、振りかぶった。


「まだッ、あたしはちがうッッッッ!!」


 黄金があふれ出す。

 ステージいっぱいに、新たな魔楽器たちが続々と湧き出てくる。


 テューバ、マリンバ、ヴィオラにパイプオルガン。同じ楽器が何台も。先にはなかったバイオリンやファゴットまで。


 ステージからあふれる大楽団を、外にいるキッカは呆然とながめていた。


無制限交響魔楽大隊セルフ・フルテット・オーケストラ――……ルカ?」

「キッカァァ!!」


 ヨサクの吠える声は、しかし一斉に動く黄金の爆音にかき消された。

 濁流だくりゅうのような旋律が、天使たちを、そして天上近くまでのぼった朱白の魔法少女をステージごと飲みこむ。華やかとは形容しがたい、世界にたたきつけるような荒ぶる協奏曲コンチェルト


 その音の荒波を突き破り、ひずんだ音色と朱色の熱風がおどり出る。

 あかく焦がすようなキラメキを背負い、白くたなびくころもが天をける。


 その奥に、金色はなかった。


「あ……」


 曲が終わる。

 黄金の楽団が、ちるように消えていく。


 はるか上空の赤い星を見あげる琉鹿子に、小さな石が落ちてきた。

 砕けたタクトに代わり手に収まったのは、小指の先ほどの黄色い宝石。光はなく、その奥は黒ずんでいる。


全量燃焼バーンアウト……」男の声で、誰かがつぶやく。「最悪だ……ッ」


 震えが止まらない手で、縮みきった〝自分の未来〟をささげ持ったまま、魔法少女がひざを折る。


 そして深海を満たしはじめた慟哭どうこくを、雀夜もまた、動けずに見ていた。ただ、はるか高みかららくのステージに送られた声を、そのとき確かに耳にしながら。



「始まってもねぇだろ……ニセモノ」





Chapter 2――end

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