2-8 どちら様ですか?

 フィールドの上空で、キラメキ・クリスタルたちの動きが止まる。

 その旋回せんかいどうの内側に、巨大な虹の泡が浮かんでいた。天使たちの吐きだした魔力を集めた泡だ。


 その泡が半分ずつに割れ、黄色と水色のクリスタルへそれぞれ吸いこまれる。

 現れたときより少しだけ大きくなったそのふたつと、逆に小さくなった緑と白は、ゆっくりと持ち主たちのもとへ落ちていく。と同時に、バラバラに動いていた氷柱の枝たちも、元のように高さをそろえ始めていた。


「まっはが~ねさぁ~んっ!」


 降下する小さなステージから、シンプルなボディスーツだけになった琉鹿子が陽気に手を振る。


 同じ高さに戻ってきたほかのステージには、水色、白、緑の、ネコ耳の魔法少女たちが三者三様でへたりこんでいた。口をあけて放心している者、突っして微動だにしない者、小さな子どものように泣きじゃくっている者。


「いかがでしたぁー? ルカコのデュエルぅー!」


 惨憺さんたんたる敗北者たちの有り様を背にしながら、ルカコは屈託くったくなくほがらかに肩を揺らしていた。雀夜も不可視の足場の上から、ステージで揺れる黄色い花飾りを静かに見おろす。


「はい。全然参考になりませんでした」

「ふぅん、正直ぃ~……」


 カクン、と首をかたむけながら、しかし琉鹿子は気を悪くする気配もなく笑顔のままだった。元から雀夜にレクチャーしようなどと殊勝しゅしょうなことは考えていなかったのだろう。あるいは単に機嫌がいいだけか。


「ルぅぅぅカぁぁぁぁ……?」


 この場で機嫌がいいのは琉鹿子だけ。

 呆然自失のネコ耳トリオよりずっと憤懣ふんまんをあらわにした声が、琉鹿子の背後からにじり寄る。ライブ機能をオフにしたステージの真ん中で、うぐいす色のマスコットが腕組みをしていざ怒鳴らんと息を吸いこんでいた。


「やりすぎないでって言ったでしょう! ちょっと!?」


 振り向いた琉鹿子は、しかし眉をひそめてどこかあわれむような目をしてみせた。


「もう、キッカ。それを大声で言わないほうがいいですわよ?」

「ぅぐっ……!?」


 キッカの苦言がたちどころに詰まる。ただしトリオに耳を立てる余裕はないようだ。それを見てか、見ずとも承知でか、琉鹿子の目から温度が失せる。


「だいたい、わざわざ1パートほうり出してつけ入る隙を与えようだなんて愚の骨頂ですわ。琉鹿子を倒すための布陣? 未完成の曲で挑むようなふざけた方々には、わからせてさしあげないと」

「ゥグウ……!?」


 わからされた者が喉の詰まった声をあげる。ヨサクだった。


 雀夜のそばで大げさにもだえているその白いマスコットに、琉鹿子は変わらず白い目を向ける。


「だいたい情報が古いんですわ。ルカコが四重奏者カルテッター? いまのルカコは……」


 ルカコは片手を真横に振った。まるで袖飾りのように金のクラリネットが腕の下に並ぶ。

 その数、六本。


六重奏者セクステッター


 琉鹿子は腕を戻した。宙に整列していた管楽器たちが、砂のように流れて消える。ルカコは頬をゆるめ、ふたたび熱を帯びた目で雀夜を見た。


「相手に取って不足なしですわよね、間鋼さん?」

「いや、闘う必要ねえし」


 ヨサクがしれっと口をはさむ。琉鹿子は「えぇーっ!?」と急に子どもじみた悲鳴。


「もったいなぁい! 楽しいのにぃ……」

「ルカは勝てるから楽しいんでしょう?」


 背後でキッカが抑揚よくようのない声を出す。


「今日は引き分けですわよー」

「わざとのクセに……」

「ふうんっ。チョロい天使たちばかり相手にしていても飽きますわっ。青春には刺激がなくては。あなたもそう思いますわよね、?」


 音が去る。

 その場の誰もが、耳鳴りのような無音を感じた。


 キッカが振り向く。ヨサクが、ユウキが、そして雀夜が見あげる。

 いまだステージを囲んでゆらゆらと群がっている天使たちが、一点、場所をあけていた。


 そこにある、白とあか

 ステージ・フィールド特有の、見えない床。その上に、二色の衣装をまとった小柄な影がある。


 白は、大きく突き出す乳房を隠すに心もとない短丈たんたけの上衣。袖は逆に着物のようにたもとが長く、床につきそうなほど垂れている。

 あかいのは下衣。長いのれんのような布が腰の前後をおおって、二本のベルトでとめられている。脚にはこげ茶のパンストと、また赤白ツートンな厚底のパンプス。


 少女はまた、白からあかへグラデーションする長い髪を、両肩から前に垂らしていた。頭に近いほど白いようだが、上衣についたフードで前髪はおろか目もとまで深くおおっている。広く高い立ち襟で口もとも見えない。少し日に焼けた鼻が覗くだけ。


 しかし、見えない顔よりも目を引くものがある。

 胸部の下端まで露出した腹部の前に吊りさがる、漆黒のエレキギター。銀の縁取りがまぶしいそれを眺めて、琉鹿子は嬉々と目を細めた。


「やっぱり、出ましたわね」

「な!?」キッカは目をいて振り向いた。「やっぱりって、ルカ、まさかこのために!?」


 琉鹿子は答えず、朱髪あかがみの魔法少女のほうへ歩み出る。

 す、とゆうな所作で両腕を左右に広げると、背後に黄とだいだいの花びらのようなマントが浮かびあがった。


「キッカ。デュエルの承認を」

「ルカ!」

「間鋼さん」


 キッカの非難じみた制止も無視し、琉鹿子は雀夜に水を向けた。


「ふしぎがっていましたわよね? 狩られた魔法少女たちが、なぜ情報提供をしぶるのか……単純なことですわ」


 ボディースーツの包む白い手に、銀のタクトがすべりこむ。その鋭利な先端を、琉鹿子は上空の少女へ躊躇ちゅうちょなく向ける。


「受けて立った――デュエルは未承認でもできますけど、不同意ではおこなえない。勝てそうもないデュエルを受ける者は奇特。『勝てる』、そう思ってしか敗者は生まれ得ない」


 雀夜も改めてマジョ狩りの少女を見た。どうやら琉鹿子よりもまだ小さいらしいうわぜいと、比していっそう大きく見える黒いギターとを。


「あれ、リアルギターだ」


 ユウキの声がした。雀夜が意識を向けるそばで、ヨサクが「マジか?」と驚く声も。


「ええ。ロゴが見えますし。レスポールの……記念モデルアニバーサリー?」

「魔楽器ではない、ということですか?」


 雀夜はたずねた。少し距離のあるものを読み取ろうと、ユウキは体を伸ばしている。


「うん……だと思う。魔力付与マジカル★チューンはされてるけど、えっと……」


 自信がなさそうにうなずいたユウキは、視線をそばのヨサクに流した。ヨサクは引き受けるように真剣な目をして、先ほどのユウキたちと同じように黒いギターを見やる。


「天使どもに、人間と同じ耳や目なんてものは本当はねえ。魔力百パーな生き物に伝わるのは魔法だけだ。音や光に魔力を乗せたとき生まれる魔力の揺らぎみてえなもの、そいつに反応して天使どもは興奮する」


 ヨサクはユウキをチラリと見た。ユウキもどう言えばいいのか思い出したらしく、今度こそはっきりとうなずく。


「マジカル★ライブは、魔法のライブ。あくまで魔法だけなんだ。だからリアル楽器ガジェットを使いたければ、出した音に逐一ちくいち魔力をあと付けするしかない。その点、魔楽器マジカル★ガジェットは元々魔力でできてるから、出る音も魔力そのもの、魔法そのものになる。おまけに完全自動演奏の可不可。リアルタイムのアレンジ予測みたいな補助魔法は使えるけど、魔力キラメキの運用効率を考えれば、リアル楽器はとにかく不利。それをわざわざ使うっていうのは――」

傲慢ごうまん


 ユウキの話をさえぎり、琉鹿子が重く言いはなった。愛想もまとわず、心から冷たくさげすむよう。


「よほどご自分の素の演奏力スキルに自信がおあり……なのでしょう? だとして、協奏セッションに誘うならまだしも、競争デュエル? カチンと来る魔法少女なら、鼻をへし折ってやりたいと考えるのも至極当然」


 不意に琉鹿子はタクトをさげた。日焼け肌のあかしろ少女へ向けて、慇懃いんぎんに、愛おしむような笑みを浮かべてみせた。


「でも……あなたは〝返り討ち〟にした」


 生き生きと。巣で眠るひなを盗るように。


 タクトをかざす。


 金色の鍵盤けんばんが、無数の弓が、先の丸いバチマレットが姿を現す。


 三つ首の金管楽器テューバ

 ほむらをかたどる大弦楽器コントラバス

 たわみきった大鍵盤木琴マリンバ

 弦楽器ヴィオラの群れの溶けた柱。

 泳ぎまわる樽太鼓コンガ

 パイプのおり気鳴鍵盤楽器パイプオルガン


 六重奏者セクステッター、魔法少女ハルコン★テュポン、さかき琉鹿子のフルセット。ゴールデン・自力セルフマイクロ・オーケストラ。


 ひとそろい、顕現けんげんののち、宣言した。


「全力で、お相手いたしますわ」

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