2-7-b いつがいいですか?

おんずらし……はは」


 ひとり乾いた笑い声を立てたのは、ステージのどこにもいないヨサクだ。

 不可視の足場に立つ雀夜が、狂騒きょうそうにある魔法少女たちからとなりの彼へ目を移す。解説をうながす視線を受け、ヨサクはふぅと息をつく。


せんりつと和音ってのは相乗の関係にある。ってわかりづれぇよな? おおざっな言い方だが、音を連ねるのが旋律メロディで、重ねるのが和音コードだと思えばいい。基本、このふたつの相性がよくなるように組み合わせて作るのが音楽だ。ただせんりつに合うおんは、一種類とは限らねえ」

「和音をすり替えたんですか?」


 ユウキが信じられないといった声をあげた。


「同じメロディを通せる和音をしこむのは、確かに気づかれづらい。段階的にくり返して曲調まで引っ張れれば、がくを書き変えるにも等しい。理論上は、可能ですけど……」

「やってんのさ、あのお姫サマ。リアルタイム楽曲解析と仕込みの自動生成。魔法の精度はセンスだが、ラグなしが可能なのは当人にくっきりしたアイディアとイメージあってこそだ。勉強キライだって言ってたクセに。ったく……」


 いまいましげにヨサクが舌を鳴らす。フリではなく本気でくさしたようだった。恐ろしいものを見たように。


「魔法少女のマジカル★ライブは、百点満点で当たり前。だが百点の在り方はひとつじゃねえ。自分の在り方に持ちこむことがデュエルの真髄しんずい。だからって、強引にずらしてってもキレイにはいかねえ……」ヨサクは自分の言葉の信憑性しんぴょうせいぎんするように目を細め、ステージをにらんだ。


「だからまず、忠実な追従コピーを演じてみせたんだろ。個性を消して、表のミスさえカバーする完璧な裏方。トリオは自分たちの調子がいつもよりいいと思いこんだだろうな。錯覚さっかくさせ、依存させた。裏で別の仕事してんのに誰も気づかねえぐらい」

「そこで鍵盤打楽器グロッケン……できますか?」

としか言えねえ。俺も気づかなかったが、あのミニ鉄琴てっきん遊ばせてるフリして転調誘導用の和音コードせっせと打ちこんでやがった。表でイイ顔しながらな。マジ性格わりぃぞ?」

「あの……」


 それまで黙っていた雀夜が、遠慮えんりょがちに口をひらいた。


「理解が追いつきませんが、要はつまり、もう琉鹿子さんは……」

「ああ」ヨサクは率直にうなずいた。


「もうとっくに、主導権リードに手をかけてる。こっからは、ただの〝狩り〟だッ」

「速くなりますわよ?」


 琉鹿子がささやいた。


 ライブは続いている。トリオが歌わなくなり演奏が乱れても、ふしぎと曲は壊れない。ただ三人と琉鹿子のステージの高度差だけが、こつに縮んでいく。


「なんで!? どうして戻らないの!?」


 黒髪を振り乱し、褐色かっしょく肌の魔法少女が長すぎる前髪の下でドラムとバイオリンの制御にやっになる。曲に音程を合わせればテンポがずれ、テンポを合わせれば音がはずれる。逃げる魚のように曲が


「ふわのッ! 付き合ったらあかん! ウチに合わせ――」

「あっ……」


 突然、力が抜けたように声をもらし、黒髪が両腕をおろした。浮遊するバイオリンのボディがゴム製だったかのようにねじれている。ドラムセットも紙のようにちぎれて飛び散り、絶句した紫髪がなにか言う前に黒髪のステージだけが高速で下降を始めた。


「ふわ……くっ!」

「こはりッ!」

「絽々!?」


 仲間の脱落を見送れもしないまま悲鳴で呼ばれる。紫髪が振り向いた先で、くり色巻き毛が顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら必死にバイオリンを弾いている。


「助けてっ、助けてこはり! 出られない! つぶされちゃう! わたしッ!!」

「絽々! 落ち着けぇッ! ちっと壊してでもかまん! 仕切り直しや!」

「こはり! あああっ、こはりぃ!?」

「絽々ぉぉッ!」


 自分の声が届いていない。そのことに気づいて紫髪が手を伸ばした瞬間、くり色巻き毛の背後でグランドハープがどろりと溶けた。バイオリンも若草色の水になって流れ落ちる。崩れ落ちる魔法少女とともにステージが落ちていく。


「なんや……なんやこれ?」


 紫髪が立ちつくす。

 自分はもはや弾いていない。魔法のピアノが頼りない自動演奏をつづけるだけ。


 なのに、曲は止まらない。欠けることなく五重奏クインテットのまま、クライマックスへなだれこむ。


「こんなん、ウチらのライブやない……こんな……」


 ぽきん、ぽきんと、はかない音が耳を打つ。

 吸い寄せられるように振り向き、凍りついた。


 黄色い花のようなマントが波打ち、白いタクトがゆうれる。猫足のピアノがふるえ、ドラムが回転し、ハープとバイオリンの木が踊る。そして子どもが歌うように鳴るグロッケンシュピール。


 せりあがってくる黄金の楽団。そのさなかで笑う白黄の魔法少女と目が合ったとき、紫髪の少女は無意識にあとずさった。


「やめろ……んな、来んなやっ……くんな、くんなっ、くんなくんなくんなああああああああああ!?」


 来る。

 そして、んだ。


 ふと気がつくと、曲が終わっていた。


「あら?」


 同じ高さになったステージで、キョトンとした琉鹿子が小首をかしげる。「ああ。引き分けですわね」肩をすくめ、タクトを投げると、楽団もマントもどこかへ消え去る。


「じゃ、またやりましょうね、?」


 まばたきも忘れ、口もあけたままへたりこんだ紫髪の少女。その目の奥深くまで映りこんで、魔法少女は晴れやかに笑った。

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