1-10-ex★ よく眠れましたか?


 朝だ。


 目を覚ましたときにはすでに、雀夜さくやはそれを知っていた。いつもこの時間に起きようと決めた時間に、目覚ましなしで起きられるのが特技のひとつだ。

 ただ、寝具の違和感に気づくのには時間がかかった。ぼやけた視界に見える朝らしい天井が、知らない景色であることも。


 なにが変なのかもよくわからないまま、布団の上に体を起こす。布団……そんなもので寝たこと自体久方ひさかたぶりだ。

 服も自分のものではない、ピンクのパーカーに変わっている。髪もほどかれ、やはり誰かの黄色いシュシュで肩にまとめられていた。


 枕元に眼鏡と、きれいにたたまれた制服を見つける。ちょうどその眼鏡を拾ってかけたところで、部屋の入り口に垂れさがる古くさい玉暖簾たまのれんれた。


「あ、起きたね」


 暖簾のれんをかき分けてのぞいた愛嬌あいきょうのある顔と目が合う。ひよこ色の髪をした背の高い青年。雀夜の顔を見るや、パッと華やいだ。


「眠れたかな? ゴメンね、人の集まる部屋で休ませちゃって」


 やや申しわけなさそうに笑んだ青年の向こうから、かんせんと、焼けた油のはねる音が聞こえてくる。「台所、ここしか使えなくて」と申しひらきを続けた青年は、昨晩と同じ白いスーツの上に、ネコの足あとがらの青いエプロンを着ていた。


「服は、キッカさんが持ってきてくれたんだ。着替えもさせてくれて。琉鹿子るかこちゃんも手伝ってくれて。ほら、一応、ボクらは男性型だから……」


 ガスコンロのほうを気にかけながら、手短に事情を教えてくれる。すでになにか焼き始めているのだろう。「まだゆっくりしてて? ごはんはもうすぐできるよ」と言い置いて、あわただしく引っ込んでいく。


「あっ、そうだ」と、すぐ戻ってきた。「オムレツには、なにを、つけ、て……?」


 ユウキは、菜箸さいばしかかげた状態で動かなくなった。

 日の出とともに山頂を訪れ、言葉をなくして目に見えるものを焼きつけるときのように。


 呆然とする彼の黒い目の中で、少女がほほ笑んでいた。

 抱えたひざの上に頬を乗せ、黒い髪をたらしながら。


 甘くうるむ目で見返し、満ち足りたようにほほ笑んでいた。








「……ジャム、ありますか?」

「へっ? ……え? パン?」

「いえ、オムレツ」

「へっ!? ……ある、よ?」



 Chapter 1――end

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