1-10 ここにいていいですか?
「ルカー……?」
「帰るわよ? もう……」
「ぐふ……ぶ、ぶぶ……っ!」
琉鹿子は動かず、しきりに薄気味悪い声を
「いやー、ご満足いただけたようでなにより」
すぐ近くで、壁を背にして腰をおろしていたヨサクがのんきにおどけてみせる。
キッカは色眼鏡をかけたその白髪男を軽くにらんだが、すぐにきまずい顔になって視線を落とした。黒のジャケパンスタイルなヨサクの
「……
「なーンだよ、気にしなくていーって。一応収支プラスだぜ? ルカ姫様のおかげで」
「こっちのケジメよ。さすがに今日のはやりすぎ」
「ひぇー。ママはこえーなぁ?」
にやけながら、ヨサクは膝の上の無防備な顔から唇につきかけている髪を払ってやる。その様子を盗み見て、キッカは自然と頬がゆるむのを感じながら深く息をついた。
「次にママって呼んだらアックスボンバーね?」
「うぅ!? 埋め合わせは……」
「それはそれ」
――ヨサクたちのやり取りをしり目に、ユウキと雀夜は
アパートの裏手は広い路地で、その向こうは屋根の低い民家ばかりが並んでいる。街灯が明るく星は見えないが、このアパートまで来た道と同じく、欠けた月が明るく照らしていた。
「落ち着いた……かな?」
白いスーツ姿のユウキが、ぎこちなく沈黙を破った。気にしていたのは、居間にいる連中のことだ。そうことさらわかりやすいよう、おおげさに体をひねるようにして言った。そうして
「えと、じゃあ……先輩も言ったとおり、初ライブ成功、おめでとう」
初ライブ――
ステージの機能をオフにすると、上空のキラメキ・クリスタルが縮みながら雀夜の手もとに降りてきた。ビー玉のようなサイズになってしまったが、クリスタルのそばにはなん
ヨサクいわく、天使たちはアクシデントをサプライズとして好意的にとらえることもあるのだという。運がよければだが。
「……ありがとうございます」
雀夜は特に変化なく、平静に答えた。ブレザーの制服からリボンをはずし、汗ばんだ
契約前にユウキから受け取ったリボンタイプのチョーカー。受け取ったときは純白だったのに、いまは漆黒に近い
「えっと……
「……はい」
「それ、持っててね? 要は変身アイテム。地味だって、だいぶ不評なんだけど……」
「……そうですか」
「へ、変身コスチュームはでも、似合ってたねっ。なんか、強そうっていうか」
「……そうですね」
「あ! でもでもっ、気に入らなかったらいつでも変えられるからねっ? あれも自動生成だけど、アルゴリズムにクセがあるから、ほんとっ……」
「……わかりました」
「う、うんっ」
「……」
「…………」
「……………………」
「……きょ、今日はっ、疲れたよね? 空き部屋を用意してって頼んでおいたから、そっちに――」
「ユウキさん」
チョーカーのふちを指でなぞっていた雀夜が、ついと、その顔をユウキに向けていた。メタルフレームのレンズ越しに、見透かせない色の目が
「マスコットはライブに出ない。それが原則……ですね?」
無色のリップが乗った唇を見おろし、ユウキは息を飲んだ。
うわの空でいるようだった雀夜が、あいかわらずの、少女にしては低い声で
彼女は話をしたがっている。ユウキにもそれがわかった。いいかげん、彼女の目に安いごまかしが通じないこともわかりかけている。
だがなにより、答えるべきだと、ふしぎな自覚とともにユウキは感じていた。彼女の問いに。そして、少し疑ってしまっていた覚悟に。
「……出ちゃ、いけないって決まりはないよ?」
ユウキはしかし、なだめるような言葉を選んで言った。
「ただ、ボクらの魔力は、いわば支給制、お給料みたいなもので、それ以外の方法で回復できないことにも決まってる。そのくせ、ボクらの体は魔力で直接できているから、
「だとしても、積極的にやるようなマスコットはいない。ですか?」
途中からただの言いわけのようにまくしたて始めたユウキに、雀夜はそっとたずね直した。ユウキはそれで、しばらく黙りこんでしまう。ただ、唇に固さはなく。
「……やりたかったんだ、ボクが。ライブで、演奏してみたかった。養成所時代から、成績はガタガタだったんだけど、魔楽器だけは得意で。人間の音楽も、たくさん
「そんなボクじゃ、やっと契約してくれたキミにも、きっとこれからたくさん
――できなければ、未来はない。
雀夜がそんなふうに言ったことを、ユウキは思いだした。
養成所を卒業し、公式魔法生物としてコミューンに所属し、半年余りスカウトの成果をあげられなかったユウキも、このまま行けば管理局まで戻されるとおどかされていた。雀夜を見つけたのも自分ではなく、泣きついたヨサクの
「……すみません」雀夜が膝を抱えながら、不意にささやいた。
「演奏、台無しにしてしまって」
「そんなことっ!?」ユウキはさすがに
「しかも痛かったですよね?」
「そ、それは、まぁ……」
思わず目をそらして首をさする。散々引っかかれたあとが、確かにまだヒリヒリしている。しかしまたすぐ
「で、でもっ、キラメキだって黒字だったわけだ……し?」
向き直ろうとしたとき、おもむろに黒い頭が寄ってきて、ジャケットの肩に触れた。
ほんの少し汗が香る。ホテルで浴びたシャワーはとっくに乾いていたけれど、
「……歌詞が頭に入ってきたとき、歌い方の指示も入ってきました」
「あ……うん。ライブに必要な情報は、リアルタイムでダウンロードされるから。ごめん、言ってなかった」
「いえ、助かりました。ただ、『声を大きくする』という指示を、『思いっきり』と解釈してしまって……」
「え……」
『思いっきり』『声を大きくする』――。
雀夜は自分が暴走した理由を説明していた。要は、指示どおりに全力を出そうとした結果、熱くなりすぎてしまった、ということなのだろう。
そう推察しながら、ユウキはライブ直前に自分が言ったことも思いだす。
『思いっきり、ゼロで感じて』――。
その後の指示が、曲がって伝わったのは……、
(ボクのせいか……!?)
「あれ? じゃあ、前半声が小さかったのも、もしかして?」
「小さい? はい。前半は『声を
「や、まぁ、その……ウーン?」
どう答えたものか。ごまかしは通じないと先ほど考えたばかりなのに、ユウキはためらい、口ごもってしまった。
いま伝えるのは、なにか違うような気がする。
なにが? と自分にたずねて、「あ、」ユウキはすぐに気がついた。
「でも、それって、たの――」
不意に、肩に当たる重みが増す。
ふしぎに思って
ユウキは少し戸惑った。けれど、この子が自分の魔法少女だと、やがて思いかえす。
「……じゃあ、楽しかったんだね?」
ささやきかけ、唇につきそうな彼女の髪をそっと払う。力をなくした細い手と、指先からこぼれ落ちそうだったチョーカーを、いっしょに拾いあげて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます