1-8 おまかせできますか?


「ハァイっ、みなさま? ごきげんよんよんっ、ハルコン★テュポン! ルカコのチャットパーティーへ、ようこそっ!」

「は!? ちょっ、ルカぁ!?」


 氷柱ステージを見おろせる位置の透明足場に移動した琉鹿子るかこたちが騒いでいる。どこから出したのか、琉鹿子はスマホを先につけた自撮り棒を持って、画面に向かってウインクを投げていた。画面内はどこかの動画サイトで、プレイヤーには完全にストリーミング生配信状態の琉鹿子と、あわてふためく薄緑色のミニドラゴンが映っている。その背景に、黒黄のギターを抱えた青紫の魔法少女も。


「この時間じゃ見るやついなくないか?」と、キッカのかげで同じかたちの白ドラゴン・ヨサクもげんなり野次やじを飛ばす。


「だいだいほかの魔法少女になんか、みんな興味ないだろ? その機能も意味ねーよな」

「あらあら。これだからおじさんマスコットは」


 おおげさに落胆顔らくたんがおをした琉鹿子は、カメラに向かって笑顔とまで作ってみせた。


「同じことをしてる人間に熱心な女の子は多いんですのよ? マジカル★ネットでルカコがひと声かければ、ほらこのとおり」


 配信画面上にテキストチャット参加者からポコポコとコメントが投下され始める。「ルカ様♡」「ルカさまぁ~!♡」「よんよんっ♡」と意味のない声援ばかりだがなかなか途切れない。ちなみに配信タイトルは『極貧コミューンに新入り最弱魔法少女!? 逆境デビュー生配信!!』とあった。ヨサクは「げ」とうめいて、マスコットにあるまじきいかつい表情を余儀よぎなくされる。


 そんな琉鹿子たちの喧騒けんそうをよそに――


 ステージ上の雀夜は、上体をひねってなにかを探していた。


 腰のそばで浮遊している金属板。厚みのあるそのふちに、小さな穴があいている。

 その穴に、シールドケーブルの端子をさし込む。

 途端、元から折りたたまれていたかのように、金属板がパタパタと広がり始めた。両腰、肩のそばに浮いていたものも一様に。


 すべての金属板が巨大な手のひらのように広がり終えたとき、ィィィィン、と耳ざわりな高音がステージを渡った。琉鹿子のステージにもあった、魔法少女の浮遊パーツは、見かけによらずスピーカーの役割を果たすらしい。


接続完了コネクト、よし。今度は、首のチャームをさわって」


 手もとの黄色いギターが声を出して指示を与えてくる。雀夜はぎこちなくそれを抱え直しながら、片手であごの下を探った。ガントレットの指先はとがっているが、肌も衣装の布地部分もふしぎと傷つけずになでていける。が、雀夜は一度手を止めた。


「……ユウキさん」

「ん、なに? 慌てなくてだいじょうぶだよ?」

「いえ……」


 見おろす。ユウキは巨体の天使たちに周りを囲まれていることを言ったのだろう。だが、その体が変異したギターのさおの部分は、やはり鋭利なガントレットに握られていた。


「……痛くないですか?」

「へ? あ、うん……やっ、でも、ちょっとね?」

「すみません。気がつかなくて……」

「さ、雀夜ちゃんのせいじゃないからっ。気にしないで? そのまま続けて?」


 雀夜はまだ少しためらったが、いま以上にうまい抱え方も思いつかなかったので、あきらめてまた手を動かす。


 首元からはチョーカーが消え、ハイネック化した衣装の襟に濃いあいいろの石が貼りついていた。それを見つけて雀夜がツメの先で小突くと、目の中に淡い光が散った。


 見る間に光は線を描き、大きな枠と、その端に謎の記号やゲージのようなものを並べていく。視界全体がインターフェースの散らばるゲーム画面のようになる。

 その中央にさらに小枠がひらき、なにかのリストのように文字列が並んでいた。文字はアルファベットも多いが、『音響設定』『楽曲選択』などの日本語も見える。


「見えたかな? 音響はそのままでいいよ。マジカル★アンプも自動調節だから」

「アンプとは?」

「えぇと、知らない人的には、スピーカー、みたいなものかな。音の出方を細かく変えられるんだ。興味ある?」

「いえ。いまは」

「そ、そうだねっ。えと、じゃあ、『HYPERハイパー・ FULLフル・ AUTOオート』を」


 指示を聞いて、雀夜は直感的に文字列に指を伸ばしていた。なんとなくの距離感ぴったりに手ごたえがあり、新しくより大きな枠が出現する。今度は本当によくわからない言葉と記号のれつ。自分で動かせるスライダーらしきものも並んでいる。


「そこもいじらなくていいよ。ハイパーオートなら、雀夜ちゃんの記憶からチョーカーが曲を選んでくれる。雀夜ちゃんが歌いやすいアレンジも自動でしてくれるんだ」

「わたしの記憶……」

「もちろん、自分で選んでもいいけど……」


 雀夜は首を横に振った。

 これがいいと言える曲など雀夜にはない。テレビや街角から流れてきても、歌手や作曲家が誰かとすら意識したことがなかった。


「ここを?」


 自ら枠の角の大きいアイコンを指す。ユウキが「あ、うんっ」と慌てて答えるのを待って、『OK』と記されたそれをガントレットのツメで突く。


 出ていた枠がすべて消え、代わりにひとつ、小さな円が現れた。

 円の中には、ひとつの角が真右を向いた正三角形がひとつだけ。


「いよいよだ。雀夜ちゃん」

「はい」

「そのボタンをタップしたら、演奏が始まる。音楽が出る。ただの振動でも電気信号でもない、きみのキラメキが、音になって流れだすよ」

「はい」

「……怖くはない?」

「いいえ」

「じゃあ、ワクワクは?」

「わく……?」


 よどみなく答えていた雀夜は、不意につまずいたように呆然として、耳を疑う顔で腕の中のギターを見おろした。楽器の姿の使い魔は、あくまで使われるのを待つようにじっとしながら、いまにも踊りだしたくてたまらないかのようにも見えて。


「たとえおまかせの自動演奏でも、魔法はから作られるもの。きみの魔法、きみの音楽だ」

「わた、しの……?」

「そうだよ。そしてボクは、きみのマスコット。きみのためのパートナー。きみの覚悟きもちは、ボクが支える。きみの不足は、ボクがめる。いまはない不安が顔をのぞかせても、必ずボクが引き受ける。おそれも、気負いも、あきらめも、全部。……だからいまは、思いっきり、ゼロで感じて」


 魔法を。


 音楽を。


 きみのキラメキを。



 ――ワン、



 ――トゥ、



 ――スリー、



 ――フォー、



「行くよ? マジカル★ライブ、スタートッ」



 気がつけば、甲手こてのツメ先が『再生ボタン』に触れていた。


 光がはじけ、虹色の風になる。


 うねる風の中へ飛びこむように、ユウキのげん旋律せんりつを放つ。


 開幕からねばり強く引き裂くような激しいリフ。雀夜はたちまちピンと来た。

 唯一の遊び道具として持っているポータブルゲーム機。それでずっとむかしにプレイしたことのある、RPGソフトの主題歌だ。


 そして音楽とともに、別のものが頭に流れこんでくる。

 この曲がこの世にある意味を伝えようとするかのような、言の葉の群れ。


(歌詞が……)


 歌いだしを思い出す。前奏ぜんそうが早くも転調する。

 異なるビートで、同じメロディを、二回。


 そして、合図をいた。


「歌って! 雀夜ちゃんッ!」

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